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めぐり逢い➁

作者: 森本有介
掲載日:2026/02/26

前編では、亡くなった妻との出会いを語り始めたところで話が途切れてしまいました。

後編では、大学時代の小さなパン屋で始まった、私たちの巡り逢いを書いてみたいと思います。

「別に大した話じゃないけどな」


 僕はそう言ってから話し始めた。


「大学のときってさ、普通みんな学食で昼飯食べるやろ」


「そうだな」


「僕も毎日そうだったんだけどさ、知ってるやろ。僕、人付き合いあんまり好きじゃないやん」


「知っとる知っとる」


 そいつは少し笑った。


「だから週に一回くらいは、一人で昼飯食べたくなってさ」


 僕の住んでいたアパートは大学のすぐ横にあった。古い二階建てで、壁の色も褪せていたが、大学まで歩いて三分というのが唯一の取り柄だった。


 その向かいに、小さなパン屋があった。


 ガラス張りの扉を開けると、いつも焼き立てのパンの匂いが広がっていた。甘い匂いとバターの香りが混じり合って、空腹を容赦なく刺激してくる。


 昼どきには学生が何人か並んでいたが、店はどこか静かで、僕はその空気が好きだった。


「そこでパン買って、部屋で食べとったんよ」


「それで?」


 僕は少し笑った。


「そこにおったんよ」


「何が」


「うちの奥さんが」


 そいつは驚いたような顔をした。


「パン屋に?」


「レジに」


 僕はグラスを置いた。


「僕さ、優柔不断やろ」


「それは知ってる」


「パン屋に行くとさ、焼き立ての匂いにやられてしまって、あれも食べたいこれも食べたいってなって、なかなか決められんのよ」


 そいつは笑った。


「想像つく」


「迷いまくってるのを面白がって見てたらしくてさ」


 少し間を置いて続けた。


「そのうち話しかけてきたんよ。『これがおいしいですよ』とか『これ焼き立てですよ』とか」


 最初に話しかけられたとき、その魅惑的な笑顔に、思わず心がとろけそうになったのを今でも覚えている。


 柔らかな声だった。


 特別なことを言われたわけではない。

 ただ、なぜか印象に残った。


「それで、ちょこちょこ話すようになって」


 僕は言った。


「気がついたら付き合ってた」


 そいつはしばらく黙っていた。


 やがて言った。


「それ、めちゃくちゃ普通やな」


「普通やろ」


「でもさ」


 そいつは少し笑った。


「映画みたいやん」


 僕も笑った。


 でも本当は思っていた。


 あの日、パン屋に入らなければ出会うことはなかった。

 一人で昼飯を食べようと思わなければ話すこともなかった。


 焼き立てのパンの匂いに足を止めなければ、僕たちはきっと一生すれ違ったままだった。


 巡り逢いというものは、大きな出来事の中にあるのではなく、きっとこういう何でもない瞬間の中に潜んでいるのだと思う。


 その晩、僕たちは静かなバーで、久しぶりに遅くまで飲んだ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

この何気ない巡り逢いが、私の人生を大きく変えることになりました。

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