第1話「罪と罰とハテナ」
『主文、被告人を終身刑に処す』
私に突き付けられた罪状を、もう一度口に出してみる。
高校生の私でも、さすがに終身刑という言葉の指す意味は分かるが、念のため振り返っておくと『一生牢屋で償ってろ』ということ。
死刑よりワンランク下の刑ではあるが、『私のような人間』には死刑を科すことができないという法律がある。よって実質、最も重い罰が課せられた、ということである。
天井を仰いで、昨日の出来事を思い出す。自分の将来を考えることすらままならない状況だが、明日の命が保証されているだけで満足だ。熱湯をかけられ、死を覚悟したあの日から、生きることに精いっぱいだったからこそ、楽に生きることができる喜びは誰よりもわかっているはず。
真っ白な天井は、私を認めているようにも、けなしているようにも感じた。どうせ、無感情だとわかっているのに。
周りの目を気にしすぎた弊害がこういうところに表れる。
「で、どうして私はここにいるんでしたっけ?」
妄想に浸るのもほどほどに、私は再び正面に目を向け、ちょうど目と鼻の先に座る髭面男にそう投げかけた。昨日、初めて会った男だ。
「そもそもここ、どこなんでしたっけ?」
私は再び、見知らぬ天井を眺めて、それから首ごと視線を動かし、壁、床、再び天井と部屋の全容を把握する。もう何度も確認しているが、それでも暇なときはこの動きが自然と生じてしまう。
そして、最後に『扉』に目が留まった。出入口で、ノブがあって、鍵もかかっていない、出入り用の扉がそこにはあった。
ここは、刑務所ではない。牢屋でもない。昨日、いきなり連れてこられた謎の施設だ。
「面談のとき言ったよね? ここは【内的能力社会適合センター】だって。国の公的機関で……」
「そういうことじゃないんですってば。私はてっきり、終身刑として人生最後の楽園を謳歌できると思っていたのに」
「そんなの知らないよ。よかったじゃない。少なくともここは、刑務所よりは自由が担保されている場所だと思うよ、多分」
髭面は初めて会ったとき、もとい昨日と比べて、明らかに清潔感がなくなっていた。低い身長は癖のついた髪で盛られ、目の下には大きなクマが出来、そして極めつけには、髭が濃くなり、白髪ならぬ白髭が生え、そしてフケが舞っているのだ。
きっと、昨日から一睡もしていないのだろう。自分の身なりに気を遣っている余裕すら残っていないようだ。
「文句なら、ここの施設長に言ってよ」
「あなたが施設長だって、面談のときに言われました」
「なんだ、覚えてんじゃん」
「覚えてるから戸惑っているんです。大体なんで急に私を連れてきたんですか。殺されるのかと思いましたよ」
牢屋に投げ込まれ、不安を凌駕する期待に胸を躍らせていたら、いきなりこいつに呼ばれたのだ。
この施設長は、私のことを見るなりこう言った。
――初めまして、僕ねぇ、内的能力社会適合センターってところを仕切らせてもらってるんだけど、君には明日から、そこで暮らしてもらうことになったんだ。
『え、ちょっと待ってください、どういうことですか?』
――言葉の通りだよ。君は今日から、センターの一員だ。
『いや、でも、私終身刑ですし、そもそも殺人鬼ですよ?』
――まぁ、仕方ないよね。
『それに、私、下等能力者だし……』
――だーかーらー、内的能力の社会適合センターっていってるでしょ?
『……なんですか、その施設』
――まぁまぁ、君が何を訴えても、残念ながらこれは決定事項なので。
『は、はぁ』
そこから、説明は一切なし。知らない車の後部座席に乗せられて、自分の指紋を覚えてもなお、余りある時間を過ごしたと思えば、今度はこの部屋にぶち込まれ、眠ったり壁を見つめたり、やっぱり眠ったりして今に至る。
私はまだ、この男の本名すら知らないのだ。
「私、やっぱりこの施設が分からないんです。下等能力者なんかに優しくして、なんのメリットがあるんですか?」
「だーかーらー。内的能力者だって言ってるでしょ? 今どき面倒なんだよ。アビリティ・ハラスメントってやつ」
髭面は、眼鏡をかけつつおもむろに溜息をついた。溜息というにはあまりに大音量のそれは、私の苛立ちを募らせるばかりだった。
「いいんですよ。本人が下等って言ってるんですから。はやく、教えてください」
私は、力強くそう言った。本音というよりも、こいつの言う通りになってたまるか、という意地の側面が強かったのだと思うが、それでも、こう言ってのけた。
「ハイハイ。とは言っても、この施設の設立理由は単純明快。内的能力者が社会的に活動できるよう、研究を進めて、ついでにリハビリとか、社会貢献とかもしていこう、的なあれだよ。まぁ、国際的なまじめアピールだよ、アピール」
髭面はメガネの角度を調整しながら、一枚の紙を眺めている。片手間にそう説明した彼の視線の先には、私の写真が載っているような気がした。
「下等能力者への差別をなくそうとは、思わないんですね」
私の薄汚い、そして子供らしい意地は、適切な説明を受けてもなお収まることはなかった。そんな皮肉を、どうしても言いたくてしょうがなかったのだ。
『この下等能力者が!』
耳の奥で、母親の叫ぶ声がする。私はいまだに、あのヒトにとらわれたままなんだ。どうしようもない事実がどうしようもなく嫌になる。
「えぇ無理だよ。だって、犬はイヌだし、猫はネコ、猿はサルでしょ? そういうもんだよ」
髭面の言葉は、数秒間の沈黙を生んだ。
「うわ、親殺しかよ」
髭面は突然、そんな言葉を吐いた。道端で排泄物を見つけた時のような、とにかく不快で触れづらいものを見つけた時のような、憎悪にまみれた声でそう吐いた。
「仕方なかったんですよ、多分」
私は、とりあえず反論した。男の言っていることが何を指しているのか、身に覚えがあった、ありすぎたからだ。
「気づいたら、目の前に死体が転がってたんです」
「まぁ、否定はしないけどさ。君の名前を見れば、どれだけ忌み嫌われてたか、なんとなくわかっちゃうし」
「どうでも、良いですよ」
忘れようとしていた、実際、ほとんど忘れていた記憶が脳裏をまた走り抜ける。気が付けば、私の目の前には、母親の死体が転がっていたこと、何が起こったかわからず、下を向くと、私の服が汚れていたこと、地面に落ちていたナイフを取ろうとして、私の掌が真っ赤に染まっていたこと。
どうやら、家族全員が、何者かに殺されていたこと。
どうやら、家族全員が、私に殺されていたこと。
何が起こったかわからずに、でも、『私が殺した』という記憶だけははっきりと残っていて、とにかく、パニックになった。
そもそもどうして私は家族と顔を合わせているのだろうか。疑問は尽きないけれど、とにかく、どうにかしなくては、と思って……そこで気が付いた。
私が、一人で生きていくなんて不可能だ。下等能力者が、なんの支援も受けずに生きるなんて、できるわけがない。
だから、私は自首をしたのだ。自分と世界をあきらめ、次の生活を歩むために。
「おーい、生きてる?」
髭面の声で、目が覚めた。正確には、起きていて、目も開いているのに、意識だけがどこかとおくにいっていて、それがようやっと帰ってきた、という様子。
「とりあえず、事情は分かったから。改めて、ようこそ、内的能力社会適合センターへ! 歓迎するよ」
髭面は、面談でしか見せなかったような余所行きの笑顔とともに、そう言ってのけた。まるで、かわいそうな少女を引き取る老人のように。
「よろしく、無銘無銘さん!」
髭面は、飾り物の笑みを顔面に貼り付けて、そう言った。
むめい、むめい。
あの日の熱湯が、手のひらの上で蘇るような錯覚を覚えた。その文字列は……私の名前は……私が社会に歓迎されていないことを証明するには十分すぎるものである。
「私の罪状も知らなかったのに、歓迎してくれるんですね」
だからこそ、私は嫌味を言うことをやめられなかった。どうしても、何か抗いたかったのだ。あの髭面に、いや、社会というものに。
立ち上がった私を一瞥すると、髭面は扉を開いて、つぶやいた。
「これだから、前科持ちっていうのはな」
その声は、廊下にまで響き渡って、私の心にも同じように響いて、空虚な音を鳴らした。




