第四章 ブーケ⑦
キャプテンアメリカが撃たれた。
爆発したバイクが旅の終わりを告げる。
何度観ても心地好い虚無感。
人生は純文学であり、ニューシネマだ。
救いなど無い。
——だが、美しい。
北浦将吉は何故に愛を貫けたのだろう。
柘植菫子は日下菫子となって尚——
誠実に二人を愛せたのだろうか。
(深夜に観るものではないな。思春期に好きだった映画なんて)
——青臭い。
自然と笑みが零れた。
零れた笑みをもう一度、水で割った琥珀と共に喉の奥へ流し込んだ。
「遠藤さん。その、北浦将吉って人についてはどうでしたか」
谷口くんが私のデスクにコーヒーを置いた。
「聖人すぎてイメージすら掴めんよ」
「聖人ですか」
「ああ、眩しすぎるよ」
「聖人君子なんて、ホントに居るんですかね」
谷口くんはそう言ってデスクに戻って行った。
「人は醜くさを隠して生きているだけだよ。——特に愛しい人には」
助手席の上田さんは、私のそんな愚痴にも近い話を呆れもしないで聞いていた。
信号が青に変わった。
「そうですね。でも、醜くさも晒け出せるのが家族なんじゃないですか。菫子さんにそれを見せられなかった北浦さんは、きっと孤独だったんじゃないですかね」
クラクションが鳴った。
上田さんの言葉に、私はブレーキから足を離すのを忘れていた。
「福寿楼のお礼がファストフードで申し訳ない」
ハンバーガーのセットを前に頭を下げた。
「私は電話しただけですよ」
上田さんはそう言うと「頂きます」と続けてポテトをつまんだ。
「北浦氏は晩年、菫子さんと共にあっても孤独だったと?」
私は車中での話を再開した。
「分かりません。ただ、醜さを晒け出せないのは辛いでしょうね」
「花は散る瞬間まで花——」
「人はどうなのでしょう」
上田さんの独り言のような問い掛けに、私は答えを持ち合わせてはいなかった。
ようやく見つけた北浦将吉の戦友は、既に鬼籍に入っていた。
復員後にも交流は無かったようだが、部隊の記念写真に精悍な顔つきの在りし日の姿があった。
裏面には戦友達の名前と、終焉の地が書かれていた。
「この写真、収骨事業の資料にも使われたんですよ」
写真の主、石川一蔵さんによく似た息子さんがそう話してくれた。
「では生前の一蔵さんも、インパールへ収骨に行かれたのですか?」
「いいえ。父は二度と行きたくないと言っていました」
息子さんは首を振ってそう言った。
「何かエピソードでもあれば良かったのですが——」
息子さんは恐縮していたが、十分有難かった。
菫子お嬢様の心に生涯生き続けた男。
彼の若い頃の姿は貴重だった。
それでもまだ、北浦将吉という人物は朧にすら見えていなかった。
お借りした写真を見詰めた。
同様にこちらを見詰め返す北浦将吉は、未だ沈黙のままだった。
「それ、香織さんに見てもらったらどうですか?」
上田さんの言葉に(何故?)という表情を向けた。
「香織さんは生前の北浦将吉と会って話をしているんですよ。若い頃の写真を見せたところで......」
「若い頃だからですよ」
聞き上手な印象の上田さんが、珍しく言葉を遮った。
「写真には感情を揺らす力があります」
それは上田さんにしか言えない言葉だった。




