第四章 ブーケ④
「あれは書けないな」
取材が終わっての帰り道、私はそう独りごちた。
きっと彼女は——
いや、間違いなく散る瞬間まで花だったのだと思う。
それは、言葉にして留めて良い一瞬ではないように思えた。
「カメラで——フィルムに焼き付けてはいけない一瞬はあるものかい?」
不意に問い掛けられた上田さんは、一瞬驚いたあとに「ありますよ」と静かに答えた。
それが何かを確認す必要はない。
矜恃の存在が分かれば良かった。
「明日、良寛寺に行きましょう。北浦さんのお墓と住職に挨拶をして、寺の写真も許可を頂きましょう」
そう言って上田さんを降ろした。
今日は直帰だそうだ。
ミラーの中、小さくなる上田さんを迎える影が映った。
(あれは藤さんか......)
今夜は京子ママの店に顔を出そうと、なんとなく思った。
デスクで取材メモを見ながら、北浦将吉という人物像を思い浮かべていた。
(足りないな)
ピースの足りないジグソーパズル。
でも芯だけは見えていた。
紫陽花は椿の頃から通っている馴染みのスナックだ。
京子ママの反応が楽しみだった。
「今日、藤さんを見たよ」
カウンターの隅で、ローゼスの中の氷越しに呟いた。
「あら、藤さんは元気にしてた?」
京子ママは懐かしむように言った。
「いや、バックミラー越しの影なんだ」
「詩人みたいな言い方するのね、遠藤さん」
「見たままさ」
私の言葉に小首を傾げた。
「旦那さんが同僚でね、家の前で降ろしたのさ」
そう言うと「真一さん!」とママの目が大きく開かれた。
「真一さんね、この上に住んでたの」
「本当に!?」
「私がキューピッドよ」
自慢げなママに「私も上に住んでたらチャンスが......」と言いかけたところで「ナイナイ」と横に手を振られた。
「今度連れてきてくださいよ。出来れば夫婦で」
「藤さん時代には何回かしか来てないからなぁ。ボトルも入れなかったし」
急に居心地が悪くなった。
「まぁ、その頃は入用だったのでしょう。これもご縁よ」
ママはそう言って笑うと、新規の卓に挨拶に行った。
あの頃は息子の進学で本当に入用だった。
退職金と借金で進学費用を賄った。
一時の大金の用立ては何とかなった。
だが子会社のタウン誌の給料は、日々の暮らしには厳しいものだった。
そんな息子は就職が決まると独立して家を出ていった。
妻も離婚届を置いて一緒に出て行った。
そして皮肉にも寡暮らしには十分な給料となった。
こうして安酒を煽れるくらいには。




