第四章 ブーケ③
一時間後、私たちはボストンで待ち合わせることになった。
香織さんより先に着いた私たちは、中ほどの席に案内された。
昼下がり——
ピーク帯を外したつもりだったが、店内は意外と混んでいた。
カウンター席よりもテーブル席を中心にした中規模店だ。
ボストンと言うよりもヨーロッパテイストの店内装飾。
創業時のオーナーとは違うのだろうか。
などとぼんやり考えていると、来客を告げるカウベルが鳴った。
入口を向いて座っていた館長は「香織!」と立ち上がると手招きをした。
その言葉に振り向いた私は、香織さんの姿に恐縮してしまった。
ゆったりとしたワンピースに踵の無い靴。
何よりも彼女の状況を雄弁に語っているのが、前にせり出すように膨らんだお腹だった。
「事情を知らなかったとは言え、お呼び立てして申し訳ありません」
私が頭を下げると、隣で上田さんも一緒に頭を下げていた。
「ああ、いいんですよ。もう安定期ですし、悪阻も終わったし、友人からの呼び出しだし、何よりセミフレッドが楽しみだし」
「本音はそこなの?」
館長が呆れ顔で、それでも優しい目で香織さんを見ていた。
席に着いた香織さんは「秀美も呼べば良かったのに」と残念そうに言った。
「上田さんは仕事だから」
館長がそう言うと「秀美には美味しかったと自慢しておきます」と上田さんが続けた。
そのおかげだと思う。
初対面の私と秀美さんの緊張は適度に緩んで、有意義な取材が出来た。
「それではその北浦氏が贈られた言葉だったのですね」
「ええ。祖母はその言葉をずっと大切にして生きました」
長い長いふたつの人生の話。
「祖母の名誉の為に」と全てを話しては頂けなかった。
それでも——
重なり合うことの無かった、このふたつの物語。
永遠の螺旋が脳裏に——
いや、幻のように目の奥に映った。
「祖母は——」
香織さんは視線を窓の外へ、ゆっくりと空へ移すと再び話し始めた。
祖母の生命の揺らぎを示す電子音が不快だった。
この不快な電子音を永遠に聞いていたいと、私は必死に願っていた。
彼らの声が消えた時、菫子の人生が終わる。
大好きなおばあちゃんを繋ぎ止める、唯一のように思えていた。
白く曇るマスクの隙間。
呼吸音に混じって弱々しく声が漏れた。
私はおばあちゃんの肩に触れて「香織よおばあちゃん」と、口元に耳を寄せた。
きっともう、目も耳も——
唯一聞き取れた言葉は、花びらが舞い散るように揺らいで聞こえた。
次......は戦......争のない時代に生ま......れま——
「北浦さんが、お迎えに来てくれたのかもしれませんね」
香織さんはそう言ってセミフレッドを口に運んだ。




