第三章 椿㉕
アフターは嘘だ。
同伴は信頼できる数人の常連さんに頼み込んで演じて貰った。
でも、真一さん以外の男性と夜を過ごすのは、例えそれがバーやラウンジでの話だとしても嫌だった。
だから、アフターと嘘をついて店に居た。
もう、減らなくなった真一さんのジャックダニエルを眺めて夜明けを待った。
店を出る前に、度数の強いお酒を数杯あおった。
そして帰宅すると捨て台詞を吐いた。
差し伸べられた手を振り払うと、乱暴にドアを閉めて再び家を出た。
こんな風にしても優しい真一さん。
涙を見られてしまったら全てが無駄になってしまう。
「藤さん、アンタのやっていることは椿姫だよ」
同伴をお願いした社長にそう言われた。
「彼女は最期を愛しい人の腕の中で迎えたわね」
「なんだ、知ってたのかい」
社長は鼻白んだ表情を見せた。
「私の最期はきっとひとりよ」
もう、真一さんは戻らないから。
これは予感ではない。
——確信だ。
「賭けてもいい。ヴィオレッタにはなれないよ、藤さんは」
店のドアに手を掛けた背中に、社長の言葉が投げられた。
「いらっしゃいませー」
ボックス席のお客さんに手を振りながら、予約席に社長を通した。
カウンターへ向かうと、京ちゃんの白けた視線が私を迎えた。
「真一さん、帰りましたよ」
「あ、そう」
心臓が痛みと拍動を繰り返した。
「何か、話があったみたいですけど」
「ふーん」
無関心を装うほど苦しくなる。
「それと藤さん。店終わったら、話いいです?」
京ちゃんの声は、とても冷えて聞こえた。
最後のお客さんを見送った。
いつの間にか雨がアスファルトを濡らしていた。
ドアが閉まると間髪入れずに京ちゃんが口をひらいた。
「今月いっぱいで辞めますね、私」
「そう、残念」
理由は——聞くまでもないだろう。
私は無言で蛇口捻ると、グラスを洗い始めた。
「最後にひとつ、教えてください」
「なぁに?」
余裕ぶった言い方。
完全に虚勢だった。
「本当に、こんなやり方しか無いのですか?」
京ちゃんはもう、一線を引いた口調だ。
まるで初めて務めた頃のような。
「意味が分からないわね」
「笹島さん。最近よく来るんですよね」
「ご新規様?有り難いわ」
「惚けないで!」
京ちゃんの怒声が空気を揺らした。
「彼の幸せの為に身を引く、いい女気取り?」
「そんなつもり——」
「真一さんを傷付けて、藤さん自身も傷付けて、これで誰が幸せになれるの?」
「......」
「もう、上に真一さんは居ないわ」
覚悟していたのに、そう仕向けた筈なのに、心臓が握りつぶされたように感じた。
もうこれで全部終わったんだ——




