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花物語  作者: 浅見カフカ


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第三章 椿㉔

秀美の化粧が変わった。

『人前では藤って呼んで下さい』

お店では藤さんと呼んでいたが、改めてそう言われた。

何か気に障ることでもしただろうか。


「ごめんなさい、その日は同伴になったの。夕食はまた今度にしましょう」

アフターと言って、明け方帰ってくる日も増えた。

鍵が開く冷たい金属音が響いた。

玄関に向かうと、泥酔した秀美が酒の匂いを撒き散らすように荒い呼吸をしていた。

「秀美、大丈夫かい。立てる?」

私が秀美の背中に手を回すと「うるさい」と振り払われた。

「アンタに稼ぎが無いから、私が、この藤さんが、こうして稼いでるんじゃないの!」

秀美はそう言って立ち上がると「気分悪いわ。飲み直してくる」と言い捨てて出て行った。


そんな日々が続いたある日、笹島さんが柴田オーナーを連れて現れた。

「上田さんの写真をまた見たいのですよ」

柴田オーナーはそう言って私の手を取った。

笹島さんは「後日、柴田様のレストランで会食の機会を持ちたいのです」と言った。

「弊社の社長は上田さんの都合に合わせると申してまして......」

柴田オーナーに、社長、そして笹島さんの懇願するような目。

「分かりました」

私は諦めて、会食の席に出ることを約束した。


「柴田オーナーから上田さんのお名前を聞いた時、運命だと思いました」

風月堂出版の社長、久能さんはそう言ってノスタルジアを鞄から取り出した。

お世辞にも保存状態は良いとは言えない。

でも——ノスタルジアを、私の写真を穴が空くほど見てくれたと感じた。

それはどんな賛辞よりも雄弁に語っていた。

「昨年、弊社の社長となる前は旅行代理店にいたのです。風月堂出版からお声が掛かった時には二つ返事でしたよ。だってノスタルジアを刊行した出版社ですよ。そして今日こうして上田さんに会えた」

久能社長はビジネスの話は、一切しなかった。

ただ食べて、ノスタルジアの撮影話をして会食を終えた。


最後、全員が椅子から立ち上がった。

私は久能社長の元へ歩みよると、固く握手を交わした。

長い旅の始まり——

きっと、この街にはもう帰らないかもしれない。

そんな予感も共に握り締めた。




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