第三章 椿⑲
ガチャリ。
ドアノブが回る金属音に、右肩が沈んだ。
手を繋いで入店する新郎新婦に、祝いの言葉と花びらのシャワーが降り注いだ。
指笛が鳴り、新郎がそれに手を挙げて応えた。
シャッターを切る音が幾度も鳴った。
真一さんのレンズは、狩りをする隼の目のようだった。
そして真一さんの目も。
あの目で見られたら逃れられないかも。
でも、見て欲しい。
「あれ?」
私はあることに気付いた。
「ねぇ、京ちゃん。真一さん、フラッシュ焚いてないよ」
「ホントだ。失敗じゃないの、撮影」
「デジカメはフラッシュ光るね」
私がそう言うと「三年のブランクのせい?」と京ちゃんは首を傾げた。
「あのう、真一さん?」
私はそっと近付くと小声で話しかけた。
「どうしました」
凄い汗だ。
額から伝う汗を拭いもせずに瞬間を狙う。
真剣そのものだった。
「フラッシュって焚かないのですか?」
遠慮しがちに言う私の顔を見て、真一さんはカメラを下ろすと「大丈夫ですよ」と目を細めた。
そして幾つものポケットの付いたベストから、フィルムの箱をひとつ取り出して見せてくれた。
「高感度フィルムです。その中でもこれはタングステンフィルムになります」
初めて聞く言葉だった。
「タングステンフィルムって何ですか?」
「このお店の照明はアンバーじゃないですか。こういった光の下で普通のフィルムを使うと、実際とは違う色になるんです」
——驚いた。
「プロって、そんな事まで考えて撮影するんですか!?」
「藤さんだって、フラワーシャワーを思い付いたじゃないですか。私も、出来る最善を尽くしているだけですよ」
真一さんはそう言うと、屈託の無い笑みで私を見た。
それは、いつか見せてくれた笑みと同じものだった。
カウンターに座った四葩は、高砂席を見ながらビールを飲んでいた。
「秀美、ありがとうね」
「なぁに、突然」
四葩はそれに答えずに、つまんだ花びらを嬉しそうに光に透かした。
高砂席の横に置かれたウェルカムサインには、参加者たちの写真とメッセージ。
テーブルの無いこの席を、参加者達が代わる代わる訪れ談笑を交わしていた。
「秀美が高砂にはテーブルを置かないって言った時は驚いたけど、こんなにも人が集まるのね」
「テーブルって、便利だけど境界になるのよ」
そう言うと四葩は私の手を握って「秀美にお願いして本当に良かった」と、泣きながら笑った。
「ちょっと、四葩の結婚式みたいよ」
私がそう茶化すと「亡くなった母の望みがね、少しずつ叶えられていくのが嬉しいの」と言った。
「紫陽花?」
「嘘っ、覚えてたの?」
驚く四葩に、私はゆっくりと頷いた。




