第三章 椿⑭
熱く紅潮する顔とは裏腹に、心の奥には冷たい痛みがあった。
私を口づけの余韻から醒ましたのは、胸元に見えたペンダントだった。
「んー」
ソファーの座面に顔を押し当てて喚いた。
手足もばたつかせて暴れた。
そして仰向けになった。
額に手の甲を乗せて——
私は途方に暮れた。
不意にドアが叩かれた。
息を殺して気配を消した。
「こんにちは、宅配便です!」
あ、なんという自意識過剰。
私は慌ててドアを開けた。
ああ、ジャックダニエルだ。
そろそろ無くなる頃だったから......
梱包されたジャックダニエルを抱えて踵を返した背中に、私が最も望む声が触れた。
「藤さん」
ピクンと全身が跳ねるように止まった。
「はい」
首が固まったように動かなかった。
声が裏返らなかったことだけは幸いだった。
「うどん、ご馳走様でした」
(それ、今言うの?)
「あ、はい。お口に合って良かったです」
(私も言うべきことはそれじゃない)
油の切れた機械のよう足取りで、店に向かって歩を進めた。
「食事を——今度、一緒に食事に行きましょう。それと今夜、お店に行きます」
何故だろう。
真一さんが今どんな顔しているのか、分かるような気がした。
「ダメです」
私は振り向かずに言った。
「今夜はまだ静養して下さい。お食事は、ありがとうございます。楽しみにしていますね」
振り向かない。
絶対に——
だってクシャクシャな顔してるもの。
それはきっと真一さんも同じ。
そっとドアを閉じて膝から崩れた。
私たちはお互い、自身の枷で縛り付けている。
彼は過去の愛に、私は現在の暮らしに。
それは決して捨て去ることの出来ないもの。
私はそっと唇に触れた。
これは無意識じゃない。
私の意思で触れた唇は、先を求めていた。
それは行為?
それとも関係?
真一さんはどう思っているのだろうか。
私は——
彼が望むのなら、どちらでもいいとさえ思う。
たとえ、この物語の先に結末が無くても。
私——
あなたが好きです。




