第三章 椿⑫
担架で運ばれる真一さんを、回転灯が無遠慮に照らしていた。
店から飛び出して来た京ちゃんが「身内の方です」と私を救急車に押し込んだ。
車内では救急隊員の方々から持病の有無や、かかりつけの病院を聞かれた。
「違うんです」と経緯を話すと、軽い失望と強い叱責を賜った。
京ちゃんの顔を恨めしげに思い浮かべたが、真一さんの運ばれる病院を知る唯一の方法がこれだった。
何回目の受け入れ拒否を、無線から聞いただろうか。
救急車は徐々に速度を落として、遂には走るのをやめてしまった。
(どうして)
顔を上げた私に「これ以上走ると、受け入れの可能性のある病院から離れてしまうんです」と、隊員さんの一人が教えてくれた。
きっと数分も停まってはいなかったと思う。
でも『受け入れ可能』の言葉を聞くまでのその時間は、永遠よりも長く感じた。
再びサイレンが鳴り響き、救急車が静かな加速を始めた時の喜びは、今まで感じたことのないものだった。
ハッチが開いた。
真一さんを乗せたストレッチャーが運び出され、急患用の入口から滑り込むように入っていった。
一緒に追った私は、入ってすぐの受付前のベンチに留められた。
身内でない私は、この先には入れては貰えなかった。
廊下の空気が寒々としていたのは、空調のせいだけではないと思う。
心細く待つ心境が、そう感じさせるのだろう。
そしてもうひとつ——
手のひらの中のペンダント。
救急車の中で、隊員さんから渡された真一さんの......
心の奥の芯が暗く冷えていくようだった。
でも何故だろう。
私はペンダントを両手で胸に抱きしめていた。
祈るように——
しばらくして、看護師さんが受付前まで来てくれた。
「お身内の方ですか?」
「いえ、その......発見者で知人です」
そう答えるしか無かった。
看護師さんは困った様子で「連絡の取れる親族とかはご存じでは....」
私は首を振った。
「ひとつだけ教えて下さい。真一さんは今夜は入院ですか?」
「まずは一晩泊まって頂いて、様子見ですね」
「そうですか。では私は出直します」
このまま居ても身内ではない以上、何も教えてはもらえない。
私は面会時間だけ確認すると、タクシーを呼んだ。
「真一さん、どうでした?」
京ちゃんの開口一番。
それも当然だ。
お店を開けて待ってくれていた、京ちゃんの顔を見ると泣けてきた。
情けないのか悔しいのか、安心したのか。
凍った心が溶けだしたように、頬を雫が伝うのが分かった。
午後一時。
面会時間に合わせて病院に向かった。
三階の六人部屋。
部屋にはカーテンが閉まったベッドが二つ。
見回した所、どちらかが真一さんのようだった。
私がキョロキョロしていると「新入りならそこのベッドだよ」と、入院歴の長そうなおじさんが教えてくれた。
そっとカーテンを開いて覗くと、ヘッドボードに『上田真一』の名札を見つけた。
そっと近付いたつもりだったけど、真一さんは目を覚ましてしまった。
「ごめんなさい、起こしてしまいました」
私がそう謝ると「藤さんが見つけて暮れたんですね。ありがとう」と弱々しく微笑んでくれた。
「真一さん、これ——」
ハンカチで包んだペンダントを差し出した。
真一さんはそれを見て胸元に手をやると「ありがとうございます」と言って受け取った。
「救急車の中で渡されて、だけど病院の中には入れて貰えなくて」
私の言い訳のような弁明を遮って、真一さんが静かに話し始めた。
「ここには亡くなった婚約者が居ます」
真一さんの胸元に戻ったペンダント。
それを右手で包むように触れて、真一さんは言葉を続けた。




