第三章 椿⑪
お店の上階。
真一さんの部屋の前で、立ち尽くしていた。
インターフォンを押そうとしては指先が止まり、深呼吸をしては押そうとする。
まるで不審者だ。
何故こんなことになったかと言うと、十分程前のことだ。
一旦、客足が途切れた。
京ちゃんと二人、入口でお客さんを見送った。
深々と一緒にお辞儀をする隣で「最近、来ないですね」と京ちゃんがぽつり。
誰のことかは言わずもがなだ。
私もずっと気になっていた。
「そっ、そうね。言われてみれば」
言った瞬間、肘で小突かれた。
「そういうのいいから」
目が怖い。
「店は少しくらい大丈夫だから、上なんでしょ。無事か見ておいでよ」
「でも、ちょっと顔を出さないからって家まで行くのはおかしくな、ひゃっ!」
今度はお尻を叩かれてしまった。
「口実よ、こ・う・じ・つ。それにホントに倒れてるかもよ」
——倒れてるかもの言葉に、不安が膨らんだ。
鉄階段を駆け足で登ると、そのヒールの足音が心臓とリンクした。
そうして文字通り尻を叩かれて、玄関のドアの前に居た。
あれだけ膨らんだ不安も、心臓の早鐘もドアの前に立つと霧散してしまった。
インターフォンなんて指先で少し押すだけなのに、それが出来なかった。
郵便受けには何もない。
新聞が溜まってる訳でもない。
私の正常化バイアスが、異常は無いと告げている。
真一さんが、新聞を取っていないという可能性を排して。
踵を返そうとした時、スマホが鳴った。
京ちゃんからのLINEだ。
『どう?』の短い問いに『まだ』と返すと電話が鳴った。
「藤さん、怒るわよ」
私が「もしもし」という前に怒られてしまった。
「押した、今押した」
私がそう言うと電話が切れた。
インターフォンは応答が無い。
不思議なもので、一度押してしまえばもう平気だった。
二度目——
三度目——
応答が無いので戻ろうと思ったところで、なんとなくドアノブを回した。
軽く小さなカチャリと言う金属音。
——開いた。
「真一さん、藤です。いらっしゃいますか?」
暗い部屋に向かって、未だ躊躇する声が響いた。
玄関には靴が一足。
いつもの革靴が揃えてあった。
「真一さん、入りますよ」
私は再び呼びかけると、スマホのライトを付けて電気のスイッチを探した。
しかし入口の壁に、定番の位置にスイッチは無かった。
そうだ、この建物は昭和後期の建物。
紐を直接引くタイプの照明かもしれない。
私はスイッチ探しを早々に諦めて、スマホのライトを頼りに部屋に上がった。
入ってすぐだった。
ライトの頼りない明かりに、靴下を履いたままの倒れた足が浮かび上がった。
(倒れてる!)
「真一さん」
名前を呼んで駆け寄ると身体が熱かった。
服装は、最後にお店に来た時のまま。
(もう四日も経ってるじゃない)
119番——
あれほど迷った指先は、躊躇なく画面をタップしていた。




