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花物語  作者: 浅見カフカ


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第一章 紫陽花②

「…うさん、お父さん」

美禰子の声に我に返った。

「ああ、ごめん。考え事をしてた。昔ママも美禰子と同じことを言ってたんだ」

「紫陽花?」

「紫陽花は家族みたいだって」

その言葉に花が咲いたような笑顔を見せた。

「私、ママに似てる?」

美禰子には写真の小夜子の記憶しかなかった。

「ああ、似てるよ。みぃ子と同じ16歳の頃のママそっくりだ」

「聞きたいな、ママのこと。ね、お姉ちゃんの支度が終わるまででいいから聞かせてパパ」

前かがみで私の顔を下から覗き込む姿は本当に小夜子に似ていた。

私はよくそうねだられて、断れずに言うことを聞いていたものだった。


「拓兄ちゃん、約束覚えてる?」

小夜子がいつものお願いの姿勢で覗き込んできた。

もちろん覚えていた。

だから今年は工場長に連休をもらって戻ってきた。


私は中学を卒業すると、北関東の紡績工場に就職をして施設を出て行った。

その出発の前日。

荷造りも終わり、柄にもなく感慨に耽りながら施設の中を歩いていた。


ここで転んで大怪我をしたな。

里親が決まって出ていったアイツは元気だろうか。

あの日の紫陽花はまだ持っているのだろうか…


集会室の窓から外を見た。

紫陽花の季節にはまだ遠い。

正門の向こうに梅の花が見えた。

「拓兄ちゃん」

不意に掛けられた声に振り向くと、小夜子が立っていた。

小夜子は腰を曲げで私を覗き込むと「私が中学を卒業したらお祝いをして」と言った。

「プレゼントが欲しいのかい?」

そう尋ねると「ブブーッ」と不満そうに口を尖らせた。

「私、定時制に行くから最初の夏休みにどこかに連れて行って!」と姿勢を戻して言うとくるりと翻って走って行った。


あれを約束と思っていたのは自分だけではないだろうかと思いながらも、私はこの年に施設に里帰りをした。

中古で買った小型車は軽自動車よりも安く、信号待ちでは随分と頼りなくエンジンが震えていた。

それでも小夜子を乗せる為に用意した愛車だった。


「覚えてるさ。どこにでも連れて行ってあげるよ」

私がそう答えると小夜子は花が咲いたような笑顔を見せた。

あまりの笑顔に車を見たらガッカリしないだろうかと急に不安になった。


そんな不安は杞憂だった。

小夜子はカーステレオを見ると一旦部屋に戻ってカセットテープを手にして助手席に乗り込んできた。

「これ」

渡されたカセットケースのレーベルには曲名の代わりに押し花があった。

「家族、か」

私がそう呟くと「覚えてたの!?」と小夜子が大きな声を上げた。

「ああ」

覚えていないわけが無い。

あの日の出来事は私の中の特別だった。

でもそれを悟られまいとぶっきらぼうに答えた。


小夜子は地元のスーパーのレジをしながら定時制高校に通っていた。

車内ではやたら読みにくいバーコードについて熱弁された。

きっと嫌なこともあっただろうが、小夜子は一言も触れなかった。

「学校は楽しいかい?」

緩い左カーブ。

私はハンドルを切りながら視線を小夜子に移した。

「楽しいわ。70歳のお婆ちゃんが同級生なの!!順子さんは40代のパートさんで、持久走で死にそうなくらい息切れしてるオジサンも居るわ。あと歳の近い人も居るけどチョット不良っぽくて苦手」

小夜子はニコニコと本当に楽しそうに級友や学校のことを教えてくれた。


私の車を同年代の青年が大きな車で抜いて行った。

高級そうなシートや締め切った窓を見て劣等感が頭をもたげた。

ビニールシートの座席に全開の窓。

中古車屋では『クーラー付いてないけどいいのかい?』と聞かれたが私に出せる精一杯がこの車だった。

小夜子の額に薄らと滲む汗を見てもう少しメシ代を削れば良かったと思った。


そうして一瞬、私が無言になったのを見て小夜子が不安げに「楽しくない?」と言った。

私は慌てて否定すると「あっ、見えてきたよ」と遊園地の看板を指差して誤魔化した。


「ディズニーランドじゃなくて良かったの?」

入場口で係員に聞こえないよう小声で聞いた。

「順子さんが娘と行って並んだ記憶しか残ってないって」

小夜子は思い出し笑いをするように口を押さえた。

「拓兄ちゃん、行くよ!」

半券を受け取ると小夜子は私の手を掴んで子供のように走り出した。

急に掴まれたて走り出したことと、小夜子の手の柔らかさに心臓が早鐘を打ったように鳴り出した。

火元はここだと言わんばかりに頬も熱くなっているのが分かった。


メリーゴーランドは賑やかな音楽と装飾で彩られ、歓声を乗せて回っていた。

「懐かしい」

ふたり同時に言ってしまった。

施設では年に一度、小学生以下の入所者を遊園地に連れて行ってくれていた。

私はいつも小夜子にこのメリーゴーランドに連れて来られていた。

遠くで乗りたかったゴーカートのエンジン音が響いていたのを覚えている。

「ふたり乗れるかな?」

小夜子の提案で馬車ではなく馬に跨ることになった。

まさかふたりで乗るとは思ってもみなかったが。

ポールを掴む私の腰に手を回して自転車の後ろに横乗りをするような姿勢になると「いつもゴーカート我慢させてごめんね」と悪戯っぽく囁いた。


小さな頃は遊園地の広場で配られたおにぎりとおかずのセットでお昼を食べた。

サンドウィッチの年は妙に嬉しかった記憶がある。

「なぁに、拓兄ちゃん。そこで食べるの?」

私が懐かしそうに眺めていると小夜子は後ろ歩きでからかうように言った。

「サンドウィッチの年って嬉しくなかった?」

「うんうん。だってその時はほうじ茶じゃなくてコーヒー牛乳が付いてくるじゃない」

思い出したのか小夜子も嬉しそうだった。

「美味しかったね」

私がそう言うと「やっぱりそこで食べる?」と微笑んだ。

「敷物も持ってきてないし、第一、小夜子の白いスカートが汚れちゃうよ」

「そうね。なんか、そんなこと気にするくらいに大人になっちゃったね」

小夜子はスカートの裾を持って左右に振ると少し感傷的に言った。


陽が落ちる頃、私たちは観覧車に乗った。

オレンジ色の扉が金属の軋む音を立てて閉まった。

さっきかんぬきを掛けた係員がもうゴンドラの下に見えた。

小さな揺れが落ち着く頃には夕闇と夜の帳の間に私たちは二人きりだった。

青い闇がゆっくりと影を伸ばすと街に明かりが徐々に灯る。

夜光虫のようだと思った。

「綺麗」

小夜子が呟く。

気の利いた男ならここで何か言えたのだろうけど、私は「うん」としか言えなかった。

気が付くと空には白く輝く満月が昇っていた。

「小夜子、上を見てごらん」

「わぁ」

感嘆の声を上げた瞬間だった。

身体に響く大きな破裂音が鳴った。

小夜子は小さく悲鳴をあげてよろけた。

私が立ち上がって小夜子を支えた瞬間、満月の隣に大きな丸い花火が色とりどりに上がった。

牡丹という種類なのだろうけど「紫陽花みたい」ふたり揃って口にした。


ふたり並んで花火を見ていた。

花火の高さまで届きそうなくらいにゴンドラが上がる頃、私たちは指を絡めて手を握りあっていた。

「卒業したら…」

私は花火の音にかき消されないよう、小夜子の耳元に口を寄せて言った。

「結婚しよう」

次の瞬間、花火の音と同時に頬に柔らかいものが触れた。


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