第三章 椿⑥
「ここが柘植家のご息女の」
真一さんは部屋の中を見回すと感嘆した。
天蓋の付いたベッドをしげしげと眺めていた。
「こちらは英国から取り寄せた物だそうです。真鍮のフレームが冬は冷たくて苦手だったと、お嬢様が仰ってました」
圭子がそう言うと真一さんは驚いた顔で振り向くと「ご存命なのですか?」と言った。
「ええ。直接伺ったお話ですよ」
圭子はそう言って目尻に皺を寄せた。
「失礼な言い方ですが、歴史とお話されたのですね」と真一さんは再び感嘆を漏らした。
「上田さんは、本当に歴史がお好きなのですね」
「実は休職中で名刺を刷っていないのですが——」
真一さんはバツが悪そうに頭を搔くと「歴史的建造物や史跡を専門に撮るカメラマンをしていたんです」と言った。
そして「撮影NGと聞いてちょっと残念でした」と笑った。
その隣で【上田真一】と検索した私のスマホが、沢山のレトロな画像で溢れた。
「素敵な写真!」
思わず声を出した。
真一さんは恥ずかしそうに、益々頭を搔いた。
「あっ」
フリックする指が止まった。
【ノスタルジア】
「真一さん、司書時代にこの写真集を見たことありますよ!」
都内にある歴史のエアポケットのような場所や建物を収めた写真集。
度重なる再開発を逃れたような奇跡の町や路地裏。
ビル群に囲まれた下町の商店。
人々が紡いできた想い——
そういったものが封じられたような、幻想的な写真集だった。
「在学中に出した写真集ですね。青臭くて顔から火が出そうですよ」
本当に照れているのだろう。
頬が紅潮していた。
「市長に話してみましょうか、館内撮影?」
「嬉しいですけど、今は休職中で出版社との契約もしていないんですよ」
真一さんは、圭子の提案を申し訳なさそうに断った。
「それは残念です。もしもいつか機会があれば」
圭子はそう言うと、館内の案内を続けた。
「なるほど。その、菫子さんのお孫さんとお知り合いになったご縁で」
真一さんは圭子と菫子さんの交流のきっかけを、興味深そうに耳を傾けていた。
「このボストンで、ケーキセットを食べながらね」
そう言って私は、あの日と同じセミフレッドにフォークを入れた。
「美味しい!」
私が食べる前に声が上がった。
驚いて辺りを見ると知った顔があった。
「四葩!」
高校時代の親友だ。
圭子とは大学に入ってからだから、初対面になる。
「久しぶりじゃないの」
四葩が席を立ってこちらに来た。
「開店祝いに駆けつけてくれて以来ね」
「そんなになるかぁ。主婦って夜遊びしにくいのよね。仕事辞めなきゃ良かった」
四葩はそう言って、学生時代のような屈託の無い笑顔を見せた。
「篠原四葩です。秀美とは高校からの親友です。それで、あっちに座ってるのは妹の美禰子です。未婚なので柊美禰子です」
四葩は圭子と真一さんに、一気に自己紹介をするとお辞儀をした。
そして「お邪魔してゴメンね。美禰子、今度結婚するんだ。今日はその打ち合わせに来たの」と言って席に戻って行った。
「今度お店に行くね」と言い残して。
帰り道、少しだけ真一さんと歩いた。
川沿いの堤防。
ここからも柘植家の屋敷がよく見えた。
「この木は?」
二本の桜が混じり合い交差して一本になった桜。
「連理桜ですね。地元の女の子の間では恋愛成就のパワースポットなんですよ」
「そうなんですか」
「初デートでここへ来ると結ばれるって噂です」
少しドキドキした。
真一さんはどんな反応をするだろう。
「藤さんも来ましたか?」
肩透かし——
「未だ独身ですからね」
拗ねた声。
「デートで来るなら満開の時期でしょうかね」
真一さんが笑う背中に、薄桃色に染まる連理桜が見えた気がした。




