第三章 椿⑤
本当に偶然だった。
地方都市だもの、日常として有り得る偶然。
街中で真一さんと出会った。
こういう時は目礼か会釈で済ますようにしている。
お客様が他の方といらした際への配慮だ。
場合によっては気付かないふりもする。
「藤さん!」
声を掛けられた時は、これら配慮は無用ということだ。
「こんにちは、真一さん」
私はそれら配慮を建前に、人混みに紛れる算段をしていた。
きっとお店の照明と太陽の下では、その違いに落胆されてしまう。
でも、見つかった私は観念して挨拶をするしかなかった。
ああ、今見せた笑顔。
目尻の皺とか大丈夫だったかしら。
「真一さんは、今日はどうされたのですか?」
不安を気取られないように尋ねた。
「散策です。帯壁市って、近代史の史跡が多くて好きなんですよ」
「ああ、分かります。明治や大正時代の建物が結構残ってますよね」
私がそう言うと、真一さんはスマホの写真ホルダーを開いて見せてくれた。
「この柘植紡績の屋敷なんて、大正浪漫を凝縮した外観だと思いません?」
柘植紡績——
その言葉に私は心の中で口許を緩ませた。
この屈託なく嬉しそうに語る青年を驚かせようと思った。
「真一さん、ちょっと待っててくださいね」
私は背を向けて二、三歩離れるとスマホを取り出した。
「あ、圭子。元気してた?あのね……」
悪い笑みが零れた。
振り向いた私は真一さんに「柘植家の中、ルームツアーしませんか?」と提案した。
「えっ、見れるんですか?」
驚く真一さんに「実は友人が郷土資料館の館長をしているんです」と告げると、更に驚いてくれた。
「館長の湯浅圭子です」
圭子は名刺を差し出すと真一さんにお辞儀をした。
「上田真一です」
真一さんも「お世話になります」と続けて頭を下げた。
圭子は受付のバイトから職員、館長へと登りつめた叩き上げだ。
その間に苗字が時任に変わったが、仕事は旧姓のままで続けていた。
「秀美ぃ」
年単位での再会に突然のハグをされた。
「秀美さん?」
私を怪訝そうに見ながら「ああ、そうか」と真一さんは納得していた。
そう、藤は源氏名だ。
私は真一さんに圭子との関係を説明すると「司書さんだったのですか」と驚かれてしまった。
「あまりの安さに一念発起したのが私で、薄給に耐え抜き館長に登り詰めたのが圭子なの」と冗談めかして私が言うと「今も薄給よ」と圭子は口を尖らせた。
「あ、ひとつだけごめんなさい。中の撮影はNGで。市長の許可が必要になるの」
圭子は屋敷の扉に前に立つと振り向いてそう言った。




