第三章 椿④
高い煙突から、たなびく煙を見ていた。
私を置いて風に紛れて消えていく。
妻になるはずだった女性だ。
袖を通した喪服に現実感が無かった。
白く咲く椿の美しさも、冷たく乾いた冬の風も、何もかも現実のものに思えない。
こうしている今も、これは誰かの物語で、本を閉じてしまえば日常に戻れるのではないかと思ってしまう。
そう——
私のこの物語を閉じてしまえば、隣で和美が微笑む日常に戻れるのではないかと。
そんな私の心の内を察したのだろう。
「御骨をください」と申し出た私に困惑しながらも「真一くんの支えになるなら」と後日、遺灰を戴けることになった。
以来、何処に行くにも和美は私の胸に居た。
今考えれば、私は和美のご両親に命を戴いたのだと思う。
ご両親はその後も、和美に因んだ近い未来の約束を重ねてくれた。
日々のささやかな約束。
記念日や思い出——
いつしか物語を閉じようなどと思うことは無くなっていた。
そうして二年の月日が流れた。
三回忌の後だった。
参列者を見送った後、別室に呼ばれた。
そこでご両親は正座をして私を迎えると、おもむろに頭を下げた。
ふたり揃って畳に深々と額づいた。
「これで和美はもう天の国の人になりました。真一くんも自分の人生を生きてください。私たちが会うのはこれが最後です。ありがとうございました」と、伏せながら言った。
突然の決別の口上だった。
驚いて子供のように『どうして』と言いかけたが飲み込んだ。
ご両親の声の震えに、そうするしかなかった。
私も畳に額を擦り付けるようにその場に伏した。
溢れ出た涙が額を伝って畳を濡らした。
「ありがとうございました」と言ったつもりだったが、嗚咽が酷くて上手く言えなかった。
もっと感謝も気持ちも伝えたいと思ったけれど、溢れすぎて言葉が出てこなかった。
いつまでそうしていただろうか。
にじり寄ったご両親が私を抱きしめて「ありがとう」と、何度も言いながら立たせてくれた。
ふたりの顔を覚えておきたくて一生懸命見詰めたが、滲む景色に何も見えなかった。
ペンダントに伝う私の涙が、まるで和美の流す一雫のように落ちた。
別れ際、握手を交わした手の上に。




