狩人の隠れ家
午前1時。車に揺られ、生真は合歓らと共に海岸沿いを移動していた。月を写した海を見つめる生真と、寝ている合歓。まるで小一時間前の戦闘が無かったかのように、平然と振舞っていた。
「合歓さんはまだしも...俺は少しズレてるのかもしれないな...。」
それは生真自身も感じていたようで、寂しさとほんの少しの優越感を感じていた。
「...あの、寝かせてもらいます。」
「...。」
運転席の女性、リューカは一言も発さなかった。だが、生真はそれを了承と捉えた。
シートを合歓と同じ位まで倒し、瞳を閉じて考えるのをやめた。次第に感覚はぼやけていき、いずれ眠りについた。
「...合歓にはガソリン代をたんまり請求してやるんだから......。」
合歓への小声を言いながら、リューカは運転を続けた。
◇
「...きろ...しょう.........起きろ......生真。」
「...ぅあ......えぇ?」
合歓の声で生真は目を覚ました。
時刻は午前6時。神社での戦闘から5時間が経過していた。
「着いたぞ。ここの先に"樫狩衆"本部がある。」
指を刺す先は一面の森。道もあるにはあるが、ほぼ獣道に近かった。
「...この先にですか?」
生真は少し不安そうに尋ねる。
「そうだな...。廃墟とかじゃないから安心しろよな。」
「お話中悪いけど合歓、ガソリン代は払ってよね。」
リューカが合歓に突っかかる。
「......。」
「いや、寝たフリが通用するわけないでしょ!?」
リューカは合歓の頭を軽く叩くと、足早に歩いていった。
「はぁ......。生真、着いてこい。あぁ、ガソリン代は後でキッチリ払うよ。」
「は、はい...」
一抹の不安を抱えながら、2人は森の奥へ進んでいった。
◇
10分ほど歩き続け、2人は巨大な日本家屋へ辿り着いた。その風貌はまるで江戸時代の武家屋敷のようであり、周りは塀で囲まれていた。瓦屋根にいくつもの木漏れ日が当たり、輝く。生真はその幻想的な光景に見とれていた。するとその時、合歓が叫ぶ。
「まずい、今日は朝の定例会議があるんだった。ほら生真走れ!」
「え?あ、はい!」
訳も分からぬまま促された生真は門をくぐり抜け、玄関口に上がった。その内装も、正しく由緒ある日本の屋敷といった印象を受けた。
「すまん急ごう!」
「は、はい!」
合歓に急かされながら、生真は廊下を駆け抜ける。
「はいそこ右、左。...次真っ直ぐ!あ、やっぱ右のが近い!」
曖昧な指示に戸惑いながらも、どこに向かっているかも分からない。ストレスで思わず叫びそうになったその時、合歓が叫ぶ。
「その襖の先!」
スパァン!!!
生真は勢い良く襖を開けた。その先には広々とした畳の間が広がっており、中にいた100人を優に超えるであろう人々が、一斉にこちらに振り向いた。
その中から1人の少女が立ち上がる。
「コラーーーーーーッ!! 定例会議に遅刻した上、襖を思い切り開いてうるさくするなんて!! 寝坊助の合歓! それに...あんた誰?」
中学生程度であろう彼女は、メイド服に身を包み、メガネとカチューシャを着用していた。物静かな風体とは裏腹に、その怒声には並々ならぬ気迫がこもっており、生真は思わずたじろいだ。
群衆からのヤジが飛び交う中、その先から1人、明らかに他とは違う雰囲気をまとった男が近づいてくる。
髭を生やし、髪はオールバック。そしてジョッキを片手に持った大柄な男。
「...名前は?」
「卯月、生真です。」
「何のために来た?」
「俺を仲間に入れてください。」
徐々に辺りが静まり返る。
「...ふむ、そうか......。それは何故?」
「...分かりません。」
「...。」
10秒以上、無音が続く。
「...OK。君を迎え入れよう。」
「...え?」
予想外の返事に、生真は驚きを隠せなかった。
「な...!おじいちゃ...ッ鳴瀬さん!!なんでこんなやつを!? 定例会議を邪魔して、しかも加入理由さえ曖昧じゃない!!」
メイド服の少女が声を上げる。
「まぁまぁキキョウ。いいじゃないか。襖を思い切り開けるのは良く無かったが...あくまでも合歓君の監督不行き届だからな。」
「...え?」
後方で油断し切って寝かけていた合歓は、驚いたような声を出す。
「何故こんなにも遅れたのかと、生真君の事、会議の後でじっくり聞かせてもらおうか?」
「いやぁ...はい...。」
合歓は肩を落とし、みんなに軽く謝罪をした。
「...まぁとりあえず、合歓君。いつもの席に座って。生真君は...キキョウの隣が空いてるかな?」
「嫌がらせ?」
不満気な顔でキキョウは言う。
「我慢しなさい。」
鳴瀬はそう言うと、生真をキキョウの隣へ案内した。
「あはは......どう...も。」
「...。」
キキョウに睨まれながら座布団へ座る。
そこから20分、定例会議は続いた。理解し難い専門用語が飛び交い、周囲からは好奇の目を浴びせられ、隣のキキョウからは明らかに嫌悪感が滲み出ている中、生真は何もすることなく、ただただその居心地の悪さを耐え延びたのだった。
◇
「...ねぇアンタ。」
「え?」
定例会議終了直後、生真はキキョウに話しかけられる。
「何ですか...? キキョウ...さん。」
「アンタ、アラカシ狩り舐めない方がいいわよ。あと合歓なんか信用しない方がいいわ。見栄はってるだけよ。」
キキョウは立て続けにそう言い放った。
「でも...合歓さん、助けに来てくれた時は格好良かった、ですよ?」
「だから見栄はってんだって。」
キキョウは生真を軽く小突くと、廊下を歩いていった。
「なんなんだよ...」
突然の出来事に生真が戸惑っていると、誰かが肩に手を置いた。
「お疲れ様。生真君。私の孫がすまない。」
振り返るとそこには朗らかな顔の鳴瀬が居た。
「あぁいえ...お孫さん?なぜメイド服を着てらっしゃるのですか?」
「いや...分からん。趣味だろう。...あぁそうだ。合歓くんから粗方の話は聞いたよ。8年前、君のお姉さんがアラカシの犠牲になったそうだね。」
「正直...それは僕がここに来た訳とはあまり関係ないんです。」
「...というと?」
「僕は...姉を失ってからの8年間、姉だけを想い、姉だけの為に生きたと思っています。だけど...それは昨日で終わったんです。俺は、生きる理由を無くしてしまったんです。」
「...だからそれをここで見つけたい、という訳かな?」
しばらく間を置いて、鳴瀬はこう言った。
「樫狩衆がどんな組織か、まず話す必要があるね。合歓君からも、詳しくは教わってないだろう。」
「はい。」
「なら着いてきなさい。頭領室で話そう。」




