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09 本人がいない方が

 ――ともあれ、ラズト支部のなかには、実はそうしたことを危惧している者もいた。つまり、ここで何年も副理術士をやっていたジェズルが、突然やってきたミアンナの主理術士就任に気を悪くしていないか、というようなことだ。

 ジェズル自身もそれは感じ取っており、「わだかまりは全くない」ということを知らせるためにも、積極的に「副」である自分を前に出していた。

 見ていたリーネもそれに気づき、少し安心していた。ミアンナが悪く思われるのは、リーネにとってつらいことなのだ。ミアンナ自身が全く何も気にしないとしても。


「うーん、本当に美味しかったですね。何もかも!」

「味や華やかさだけじゃない、宴の席にもかかわらず栄養にも留意されていた。ラズト支部は素晴らしい料理人を雇っている」

「ほんとですか!? うわー感動しちゃう。あのお爺さんの料理をこれから毎日食べられるって、すごく贅沢に思えます!」


 歓迎会を終え、「主賓は片付けなんていいからさっさと風呂に入って寝るように」という内容のことを何人もに言われたミアンナとリーネは、それに従い、支部内にある浴室で湯に浸かっていた。


「あっ、あとあれ! 星見だんご! あれびっくりしたし可愛かったなあ。甘い水を入れたら青い星形のおだんごがふわあっと橙色になって。ああいうのも作られるんですねえ、パトフさん」

「あれはパトフ殿の作じゃない」

「え?」

「おそらく盛り付けはパトフ殿。でも作ってきたのは違う人物。五恵重と同日に作るのは、不可能ではないが独りでは負担が大きいし、五恵重に力が入っていたところを見ると考え難い」


 ミアンナは書物で読んだ手順を思い返しながら言った。

 五恵重――五段蒸しをあの時間帯に出すなら朝からかかりきりになるだろう。一方で星見だんごを色彩変化をあれだけ鮮やかにするには入念な調整が必要。いかなパトフが名料理人でも、いやだからこそ、並行して作るとは思えなかった。無理を押せば両品ともども品質低下につながるからだ。


「ミアンナさん、星見だんごの作り方まで知ってるんですか?」

「調べたから」

「え、でもあれって特にこの地方のものでもないような……」


 リーネは首をひねった。


「色の変わる仕組みを調べたことがある」


 簡単にミアンナは説明と答えを兼ねる。


「ああ、なるほど!」


 得心して彼女はぱちんと手を鳴らす。


「じゃ、おだんごは誰か別の人が作ったのかあ。ほかにお手伝いの人とかいるんでしょうか」

「それならいずれ紹介される」

「楽しみにしておこうっと」


 にこにことリーナは言い、美味しかったなぁと、繰り返した。


「でも本当によかったんですかね、片付け。あっ、もてなしは受けますけど」

「加えて言うなら」


 ミアンナは食堂のほうに目線を向けた。


「噂話は本人がいない方がやりやすい」

「ええっ?」


 ぱちゃん、とリーネは湯面を叩いた。


「うっ、噂されてるんですか!」

「当然」


 酒の肴、とまでは言わないが、彼女らのことが話題にならないはずもない。どんな話をした、どんな様子だった、きっとこうだ、それともああだと、本人を前にしていては言いづらいことで盛り上がっているに違いない。


「いったい、どんな」

「少なくともそう悪いことは言われないはず。いまのところは」

「いまのところ……」

「この二日の印象は『若いのによくやっている』『経験は浅いようだが、これから積んでいくものだ』『階級を気に病んでいるかと思ったが、案外元気がいい』」

「ん?」

「それから『可愛い』。……あの理報官には気をつけておくべき」

「えっ、わ、わたしの印象の話、してます!?」

「不安なようだったから」

「あーーーーー」


 リーネは湯面に顔を突っ伏した。


「ごぼごぼごぼ」

「湯に顔をつけるのは礼儀としてあまりよろしくない」

「恥ずかしい! です!」


 ざばあ、と顔を上げて理報補官は宣言した。


「何故?」

「何故って……えっと、どんな噂をされてるかは気になりますけど、本当に聞きたいというんじゃなくて……それにだいたい、いまのってミアンナさんの推測でしょ」

「そうなる。聞きたくなかったのなら、悪いことをした」

「いえっ、そうじゃないんです!『悪いことは言われてないだろう』って言ってもらえるのは安心しますけど、でも『元気がいい』という評価はまあまあ恥ずかしいと言うか」

「理報官には重要な資質」

「そうは言われますけど」


 元気な理報補官は釈然としない顔をした。


 理報官の主な仕事は、理術の解析と管理、通達と記録だ。具体的に言えば、理術士が導き出した答えを正式な文書に落とし込んで関係各署へ通知し、保管することだ。

 受け取った通知を理術士に伝え、意思決定の支援をすることもある。また、場合によっては表立って説明責任を担うような役割を果たすことも。

 要は、理術士が理術だけに専念できるよう、その他の実務全てを行う専門職なのである。

 必要な知識は膨大で、臨機応変な対応も求められるため、その試験と審査は理術士のものより厳しいとも言われる。

 そして、公式には言われないものの重要とされる資質、それが「ある種の精神性」であった。


 理術士たちは、ともすれば一日中誰とも顔を合わせないまま構文を考えていたり、寝食もおろそかにしてしまうようなところがある。これは「魔術師らしい」性質だが、仮にも国の管理下にある職種、かつ貴重な人材だ。健康を害して仕事ができなくなるようでは困る。

 そこで、理報官が理術士たちを「見張る」。ちゃんと寝ているか、食事は摂ったか、根を詰めすぎていないか、息抜きはできているか――。

 王都では専門の保健官もいるが、理術士が保健官のもとへ行くことのないよう気を配るのも理報官の務め、という訳だ。


 そのために有用なのが、理術士との親密度。睡眠や食事といった私生活に口出しをされても許容できる関係性。そして、それを築くために必要なのが「ある種の精神性」――人と関わることを苦にせず、冷淡な反応にも過剰に落ち込まず、めげず、明るく対象と関わっていくことができるような、そう、言うなれば「元気」なのである。

 王都の老理報官ティナにもそういう点が目立つ。リーネは言うに及ばず、「男女間に関する理律違背」を疑われたレオニスも、そうした面を含めて評価され、選ばれているのだ。


―*―


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