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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第七章

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06 これまでの比じゃない


 ミアンナは式盤をしまった。


「もう大丈夫。ゆっくり深呼吸をして」


 それからまず、ふたりに告げた。


「上に町憲兵隊がきている。医師が同行していれば、念のためにそのふたりを診てもらって。医務室のようなものがあるなら、そちらでもいい」


 それから、役人に指示を出す。


「は、はいっ」


 役人は上司に命じられたかのように姿勢を正し、従った。


「――ミアンナ! いまの音は!」

「ああ、ルカ殿。こちらだ」


 それと入れ替わるようにルカが駆け下りてきた。誰かを追ってきた様子ではない。ということは、上階の捕物は片付いたのだろう。


「テオザは」


 とは言え、確認は必要だ。ミアンナは短く尋ねた。


「捕らえた。ずいぶん振り回されたが……」

「怪我は?」

「素人相手に、怪我はさせないよ」

「あなただ」

「え、ああ、大丈夫。有難う」


 ルカは少し照れたようだった。


「で、こちらの状況は?」

「その前にもうひとつ。テオザは式盤を持っていた?」

「ああ、取り上げてリーネさんに渡してある。ツァフェンにはミアンナの許可を得てから見せると言ってあるよ」

「気の利くことだが、いいのか、ヴァンディルガとしては」


 思わずミアンナは尋ねた。呆れた声にならないよう気をつけながら。


「そりゃ僕はヴァンディルガの使者だが、その前にひとりの人間だ。目の前の相手との信頼関係は大事にしたい」


 実にまっすぐな言葉がくる。心配になるほどだ。


「気遣いに感謝する。カーセスタとして可能な範囲で報いたい」


 ミアンナとしてもまっすぐに感謝を返したが、ルカが少しだけ表情を曇らせたように見えた。


(私がカーセスタの使者という立場を崩さないからだろうが)

(仕方ない。私は調律院を負っている)


 「候補生」のルカとは違う――とまでは思考に上せないが、要はそういうことだ。ミアンナはこの立ち位置で個人を出す訳にいかない。少なくとも彼女はそう思っている。

 もっとも、ルカ・アールニエという人物を分析すると、正規の鋼嶺隊員になっても変わらない判断をしそうではあるが。


「ところで、実はここには、まだ理術が働いている」

「え!?」


 瞬時にルカが警戒態勢を取った。ミアンナは首を振る。


「いまはそれほど危険なものではない。――冷気を感じないか?」

「言われてみれば涼しいようだが、地下だからかと……そうか、熱量構文というのは冷やすこともできるのか」


 相変わらず理解が早い、とミアンナは感心した。理術の心得がない者にしてはなかなかの推察力だ。


その通り(アレイス)。壁に埋め込まれている換気機構が冷却され、動きを鈍らせた。同時に戸枠を強く冷やして凍らせ、開閉できなくさせたものと見られる」

「……これまでの比じゃないな」


 人的被害のなかった前の二件に比べ、強い悪意が感じられる。ルカはぞっとしたように口を手で拭った。ミアンナも同感だ。


「発見が早かったので、中の人物は無事。ただ、閉じ込められたと気づいて恐慌に陥り出していたので救助を優先した」


 と、ミアンナは扉だったものを指差した。


「いま思えば、逆の熱量を加えるのが効率的だったのに、とっさに壊してしまった。賠償金は私の給金から引いてもらおう」

「いや、何を言ってるのか判らないが」

「ああ、質量構文を使って扉を粉砕してしまった」

「すごいな!? あ、いや、そうではなく。人命救助だろう。速度を優先した。サレントが賠償請求なんてしないよ」


 扉を破壊した理術について説明したミアンナに、ルカは感心したあと首を振った。


「それで? そこまで極端に冷えている感じはしないが、この空間が冷え続けていると?」

「そう。まだ式盤があり、術者から離れても稼働している。つまり」


 ミアンナはぐるりと周りを見回し、何か確認するように近くの棚を下から上へ指差していく。

 その指先がぴたりと止まった。

 個室近くの棚の一角から、彼女は一冊の書籍を取り出す。

 いや、それは書籍ではなかった。


「ここに、設置型式盤が仕込まれていた」


―*―


 術者――テオザが移動しながら術を行っていたのは、携行型式盤の印象を強めるためだったかもしれない。偽物も、「術者は携行型を持っている」と思わせるためのものだった可能性が考えられた。


(設置型式盤を仕込んで、自身は上階へ行き、何かを燃やすなどで気を引くつもりだったかもしれない)

(しかしその前にルカ殿が飛び込んできたので、慌てて地下の式盤だけ起動させた……)

(……いや、違う。この設置型は、通常の使い方をされていない)


 設置型式盤は本来、同じ場所で同じ理術を使うことが想定されているから設置されるのだ。書き方によっては遠隔起動も可能だが、テオザの持っていた式盤にあるのは熱量構文だけのはず。加えて、もっと有り得ない点が――。


「ほら、さっさと歩け」


 厳しい声が聞こえて、ミアンナはそちらを見た。町憲兵たちがひとりの男を連行しているところだった。


 ルカが町憲兵に引き渡した男、術者テオザは確かに、あの日の装飾職人だった。ミアンナは少し離れたところからそれを認め、向こうもちらりとミアンナを見た。

 ラズトの祭りで共に(やぐら)に登った少女理術士だと気づいたのかどうか、暗い瞳からは読み取れなかった。


(復讐? 仕事や家族、あの頃の暮らしを奪われたことへの?)

(どこか違う気がする)

(彼のなかにあるのは、そんな激烈なものではなく、もっと淀んだ……)

(これは、後悔、だろうか)


 疑いをかけられたとき、もっと抗弁すればよかった。後ろ指を指されても逃げなければよかった。家族から離れなければよかった。一緒にサレントを離れればよかった。もっと連絡を取っていればよかった。一度でも訪れていればよかった。

 何にもならない。

 だと言うのに、思わずにはいられない「気持ち」。

 テオザの後ろ姿からミアンナが感じ取ったのは、そんな厄介な染みだった。


(……本当のところは、判らない)

(聴取し、裁くのはサレント自治領だ。私たちは、無許可理術に関する報告をするだけ)


 彼女たちに求められていたのは、無許可理術を行った人物と使われた構文を特定すること。そこまでだ。


(テオザから話を聞きたいとは思うが、それはただの好奇心に過ぎないし、私はそれを行う立場にもない)


 式盤の出どころについて、カーセスタとして追及することにはなるだろう。だがそれはミアンナの役割ではない。イゼリアがより適切な人物を選ぶはずだ。

 行使された理術についてサレントが詳細を求めてくれば、尋問に同席することくらいはあるかもしれない。だが、こちらから指示することはできない。


「地下の術は止めた。稼働していたのは短時間だ、換気機構も壊れるまでは行っていないと思うが、念のためにしっかり点検を」


 ミアンナは気分を切り替えると、先ほどの役人に簡単に説明した。


「……扉については申し訳なかった」

「何を仰いますか、理術士殿。利用者を助けていただきました」


 役人はルカが想定したような返答をし、繰り返し礼を言った。


「ミアンナさん」


 諸々の連絡を取り仕切っていたリーネが、ひと心地ついてやってきた。


「お怪我とか、ないですか? 隠さないでくださいね」

「何もない。強めの質量構文を使ったために反動はあったが、もう治った」

「本当ですね?」

「誓って」


 先日の負傷を隠したとき以来、リーネは厳重に確認してくるようになった。


「式盤は?」

「あ、これです」

「――さっきの偽物とそっくり」


 手に取って裏表を一瞥し、ミアンナは呟いた。


「え!? まさか、これも偽物ですか!?」

「いや、本物。偽物は、これを真似て作ったんだと思う。これだけ完璧に近い形で模する技能を持っているのに」


 そこで言葉を止めた。祭りの日の氷角鹿も実に見事だった。目にしていないものをも創り出すこともできる。そんな素晴らしい技術を持った職人なのだ。

 だが、「どうしてこんな馬鹿なことを」「復讐なんて何も生まないのに」などと他人が感想を述べたところで仕方がない。

 彼は決め、計画をし、実行した。

 そのきっかけが怒りであれ、後悔であれ。


「ここにあるのは本当に熱量構文だけ。設置型式盤は時限性だったか。そっちはもう構文が消えていて、詳細は確認できないけれど」

「設置型? え? 何のことですか?」


 理報補官として各所の連絡役を務めていたリーネは、地下での出来事をまだ何も聞けていない。


「詳しくはルカ殿とツァフェン殿も交えて話そう。ルカ殿は説明を求めないだろうが、もうひとりは根掘り葉掘り聞いてくるに決まっている」


―*―


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