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07 歓迎会

 ラズト支部にとってミアンナたちの到着は、「おそらくこの日付近になる」と言われていただけで、明確な日取りは決まっていなかった。

 よって、当日の歓迎会には準備が足りなかったし、そもそも統理官も補官もお疲れだろうということで、結局その日は大まかな顔合わせだけだった。

 ミアンナも支部員の好意を固辞するようなことはなかったので、準備は急ぎ進められ、ミアンナ統理官とリーネ理報補官の歓迎会は翌夕、調律院内の食堂にて行われることとなった。

 支部員たちの紹介自体は昼の内に行われたが、せいぜい「顔と名前と役職を知った」という段階で、個性や関係性などはまださっぱり判らない、という状態だ。だが歓迎会のような場を経ていけば、人となりが判っていくことだろう。

 たとえば――。


「いやー、どうもどうもリーネちゃん?」


 すっとリーネの近くに寄ってきてにこにこと杯を差し出したのは、二十代前半ほどの男だった。長めの金髪を後ろでまとめ、小さな尻尾ができている。

 歓迎会は立食式で、最初の乾杯とミアンナの挨拶が済んだあとは、それぞれ自由に飲み食いを行っていた。もちろんミアンナとリーネふたりの歓迎会なのだが、ミアンナだけが話を求められることも多く、リーネはそっと下がって果汁水を飲んでいたところだ。


「あっ、どうも……レオニスさん、でしたよね」

「そうそう! 覚えててくれて嬉しいねえ、はい乾杯」


 レオニス・キイルス。ジェズル付きの理報官と紹介された人物だ。リーネが戸惑っている間に一方的に杯を合わせ、やはりにこにこしている。


「いやー、ミアンナちゃんと言い、一気に女の子がふたりも! ここにはマギおばと、技術棟からろくに出てこない神の使いしかいなかったからさあ、新鮮! 眩すぎてたまらないね!」

「は、はあ……」

「それにその私服、可愛いねえ、ふりふりで。俺好きよ、そういうの」

「ええと、あの……」


 リーネは困惑した。

 初日の業務のあと、会がはじまるまで時間があったのと、飲食の場と聞いたもあって制服から着替えてきたのだが、周りの様子を見ると制服のままの者も多い。何よりミアンナも理術士姿のままだ。確認するのだった、と少し後悔していたところに私服についての言及だ。

 彼女は気恥ずかしさと、可愛いだのと言われたことへの戸惑いを覚える。調律院本部では、そんなことを言う人はいなかったからだ。


「おい、レオニス。やめろそういうのは」


 様子に気づいてやってきたのは、副理術士ジェズルだ。


「失礼しました、リーネ補官。こら、お前も詫びろ」

「何だよ、ただ話してただけじゃないか。ほらリーネちゃん、遠慮しないで食べなよ。取ってきてあげよっか?」

「やめろと言ってるだろう」


 ジェズルは顔をしかめ、レオニスの肩にぽんと手を置いた。


「あのな、レオニス。ゾラン殿の提案で、理律違背に関する指導は入念に受けたよな。ちゃんと頭に入ってるか? お前がいちばん危ないんだ」

「心外だな! イストだって危ないだろ!」

「あの、いえ、その、わたしの方が階級は低いので……」


 何をどう答えたらいいものか判らなくなり、リーネは的外れなことを言った。


「――『男女間に関する理律違背』」


 そこに、落ち着いた声が入る。


「本部ではこの違反にとても厳しい、レオニス理報官。先ほどの『リーネちゃん』『ミアンナちゃん』呼びだけでも理礼を欠くとし、責述書提出を求められるだろう」

「げげ、ミアンナちゃ……じゃない、統理官殿!」

「ミアンナさん」


 見慣れた姿にリーネはほっとした表情を見せ、それからキッとレオニスを睨んだ。


「あのですね! わたしはいいですけど! ミアンナさんを『ちゃん』呼びなど……言語道断です!」

「うえっ、いやその」

「リーネについてもよくはない。レオニス理報官。責述書は不要だが、改めるように」

「ハッ! 承知いたしました、クネル統理官殿! フロウド補官殿!」

「あっ、いえあの、わたしの方が階級は低くて……」


 ミアンナに対する態度に関しては強く出たリーネだが、自分が補官である事実はどうも気になってしまう。自分が「レオニスさん」と呼んだのに、というところだ。


「ミアンナ殿も常に格式張って呼べとは仰っていない。お前は軽口のつもりだろうが、極端な真似はやめろ。リーネ殿が困っておいでだ」


 ジェズルが適切にフォローを入れる。レオニスは真顔――のふり――をやめてまた人なつっこい笑みを浮かべた。


「へへ、悪い悪い。んじゃ、『リーネ』呼びはあり? 統理官はそう呼んでるみたいだけど」

「ええ……?」

「レオニス」

「レオニス理報官」

「はいっ、申し訳ありませんっ。そう呼べるような関係性になるまで控えますっ」


 その発言にもリーネは困惑した顔を見せたが、これはミアンナもジェズルも咎めることができずレオニスはにんまりと笑った。




「あなたが理術設備保全技術官?」


 ほとんどの者は自分からミアンナやリーネに声をかけてきた――ウィントン資料塔担当官ですら――のだが、ひとりだけずっと壁際に佇み、ゆっくり飲食だけしている人物がいた。

 基本的に主賓であるミアンナの身体が空くことはなかったのだが、ふとしたタイミングでみなが離れたとき、彼女から声をかけたのだ。

 逆に言えばその相手は、「唯一ミアンナのほうから声をかけた人物」ということにもなった。


「えっ、何故……」


 相手が驚いたのは、主賓が話しかけてきたことばかりでなく、その問いかけについてだった。


「何故、わたくしが理保技官と?」

「支部には保全技術官がいるはずで、紹介を受けていない人物はあなただけだから」


 簡単に理術士は答え、その回答に相手は曖昧な笑みを見せた。


「失礼いたしました。わたくしを見て技術官だとお思いになる方はあまりいらっしゃいませんので」

「何故?」


 今度はミアンナは問うた。保全技術官はどう答えようか迷うようだった。


「保全技術官の多くは男性ですし、女性であっても何と申しますか……豪胆な方が多い印象ですので……」


 確かにその女性は「線が細い」と言われるような風貌をしており、熱や油と近く接し、かつ体力仕事でもある設備技術者のようには見えなかった。


「そうした傾向はある。でも」


 少女は相手にさっと視線を走らせた。


「元神女、という経歴の保全技術官がいることは本部で耳にした。ラズト支部にいるとは思わなかったが」

「何故……」


 次にはまた、相手が尋ねた。


「髪留め」


 簡単にミアンナは指摘した。


「身を飾ることを禁じられている神女が、唯一許される白花の意匠。その編み込みも神殿で習う形。神殿を離れても誓いを大切にしている」


 はっとしたように相手は自分の頭に手をやった。


「更に言えば、先ほどレオニス理報官が支部の技術官を『神の使い』と表現していたこともある」

「まあ。わたくしは神殿を離れた身。そのように言われては困ってしまいますが」


 女性は本当に困ったような顔を見せたあと、気を取り直すようにやわらかく笑んだ。


「――申し遅れました。セフィーヌ・デリチと申します、クネル統理官」

「デリチ技術官。世話になる。よろしく頼む」


 リーネが聞けば驚いたかもしれないが、実際、理術士は設備保全技術官にたいそう「世話になる」のだ。式盤も演算器も、器具的な不具合が起きれば理術士では手に負えない。

 ミアンナのような専理術士であれば緊急時の応急措置くらいはできるが、根本的な修繕となると理術とは異なる専門知識と設備が必要だ。


「あ、統理官。セフィーヌ女史もこちらでしたか」


 そこに入ってきたのは二十歳過ぎほどの若者だった。支部員のなかでミアンナらの次に若い広報官、イスト・コーテスである。


「あれあれ? おふたりとも、香り水しか飲んでないんすか? まあ、お酒って感じのおふたりじゃありませんけど、飯も食ってくださいよ。美味いんすよ、ここの飯」


 業務時間外ということで、軽い酒が場に出ていた。同時に簡単なつまみと前菜も供されており、みな気軽に飲食していた。


「いただいている」


 短くミアンナは答えた。


「サク魚の揚げ浸しは絶品だった。柑橘の香りが素晴らしい」

「そいつは、料理人が喜びます」


 にこにことイストは言った。


「そろそろ名物料理も出る頃っすよ。主卓のほうへどうぞ!」


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