04 舐められてるかもってこと?
「んじゃ、それがカーセスタ内で作られたと判ればミアンナくんは引っ張れる訳?」
「サレント内でも同じ。鋼嶺隊の紋章がサレントで作り放題だ、と言うのでなければ」
「あはは、それはそう」
もちろん「サレント自治領に正式に抗議、サレント自治領が捕らえ、それぞれの国へ引き渡す」などの手順が踏まれるが、サレント側でもかばう理由はなく、両国との「友好」のためには協力する姿勢のはずだ。
「もっとも、この作成者が術者と同一であるなら、罪は重ねられている。無許可理術はサレントで裁かれ、偽造はカーセスタで」
「同一ではなかったとしても、どちらかの罪はあるということか。……実際には冤罪だったのに、改めて罪を犯すなんて、どうしてそんな真似を」
ルカの言葉は後半、小さな呟きになった。怒りや憤りではなく、同情ややり切れなさの色が濃く見受けられる。
(軍人に向かない性格)
ついミアンナはそんなことを思った。
何かしら自分に重なる事情があるのだとしても、他人は他人、自分は自分だ。近しい相手ならまだしも、顔も名前を知らない人物の心情を思いやり、傷つくような精神で、敵を斬れるのだろうか。
(無論、私の関知するところではないが)
彼女には関係がない。ルカの事情は、何ひとつ。
なのに不思議と、気にかかる。
自分の知らない均衡の取り方をするからだろうか、と考えた。
「……気配を探る限りでは、こちらの様子を見ている人物は特にいない。ツァフェン殿は何かお気づきか」
ミアンナはルカからツァフェンに視線を移した。
「んー、その式盤が落ちてたとこに緊張の痕。それから焦ってあっちに行ったよ」
ツァフェンは坂の向こうを指差す。
「判ってるなら早く言え!」
「ルカくんが聞いてくれればよかったじゃーん」
全く悪びれないどころか、責任転嫁である。ルカは息を吐いた。
「いい加減、術者の顔くらいは拝みたいな。振り回されるのはもう充分だ」
ルカが口の端を上げて勇ましいことを言うのは、沈みかけた自分の気持ちを鼓舞するためか。共感力の高さは軍人向きでなくとも、こうして素早く調整できるのならば問題ないのかもしれない。
「もしわたしたちが式盤を本物だと考え、もう新たな事件は起きないと考えたら、わたしたちはどう動くでしょうか」
ぽつりとリーネが言った。
「報告をして解散? そうじゃないですよね、変わらず術者のことを捜索する」
「その通り。罪を逃れるための偽装とするには不可解」
ミアンナが続けた。
「緊急性がないと判断させるため、というのはどうだ? 一時的にでも解散させたい、とか」
ルカも考える。ミアンナは首を振った。
「先ほどのトーヘン殿が拾って立っていたのはたまたまだ。我々が見落とす可能性だってあった」
いま現在の追跡から逃れるため、というのもぴんとこない。
「そこまで考えてないんじゃなーい?」
気楽にツァフェンが混ぜ返す。
「ほんとに落としただけかも? 此方たちが思ったより早く着いたんじゃないかな、焦ってたもん」
「じゃあ本当に、直前までいたのか?……ツァフェンがさっさと話してくれれば」
「此方のせいにする気ぃ? 聞かなかったのが悪いんじゃん」
「職務怠慢、と言いたいところだけれど言っても仕方ない」
ツァフェンがこういう人物だ、ということは判っていたのだ。ルカのほうがよく知ってはいるだろうが、つい出てしまった愚痴というところだろう。
「落としただけだとしても、偽物を持っていた理由は何でしょう……術者だと疑われたとき、『持っているのはこの模造品だけです』で言い逃れできます?」
首をひねりながらリーネが尋ねる。
「できる訳がない、と言いたいが、本物を持っていないのであれば『証拠がない』状態ではある」
両腕を組んでミアンナが答えた。ツァフェンが笑う。
「なら、偽物なんか要らないじゃん? 本物捨てるだけでいいもんねえ」
「それはそう。偽物を持っていることは、偽造や所持の罪の問われるということ。わざわざ用意した理由が不明」
偽物で理術は使えないが、偽造や所持の罪には問われる。「何のために」というのはやはり判らない。
「撹乱を狙っている、とするのが現状では自然。或いは、向こうの見込みが甘すぎる。つまり我々が『式盤を回収したから次の事件は起きない、解決した』と判断して調査をやめる……と思われている」
「何だかややこしいな」
ルカが正直に言った。
「つまり?」
「つまり、此方、舐められてるかもってこと?」
ツァフェンの声音が少し低くなった。にやにや笑いが珍しく消えて、ムッとした顔になっている。
「……腹立つなー、本気出しちゃおっかな」
「最初から本気であってくれ」
嘆息混じりにルカは呟いた。
(根拠のない推測だが、意外な効用があったか)
こっそりミアンナは考えた。
「しかし、実際のところ、ここまで順調に調査が進むのは向こうの計算外かもしれないな。もし二国が牽制し合えば、北の倉庫にすらたどり着いていないかもしれないんだから」
ルカが分析した。
「有り得る話」
ミアンナもうなずいた。
「ではツァフェン殿。本気の力で追跡をお願いする」
果たして何が出てくるのか。ミアンナは少々興味を持ちながら促した。
「いいよー、此方、やっちゃおう」
ゆるい調子で宣言すると、ツァフェンはすっと背筋を伸ばした。いつも前屈みで姿勢の悪い人物がそうすると、不意に大きくなったように見える。
「見ーちゃお」
彼の、ミアンナによく似た色の瞳が、強い金色を帯びて見えた。
(――これは)
ミアンナは肌に粟が立つのを感じた。
(対魔術研究所員……まさか)
「……ここから、んーと、三街区くらい先……階数の多い、でかめの建物のなかにいる。めちゃくちゃ内壁がある建物。あ、壁じゃなくて背の高い棚かな。なかに、まあまあニンゲンがいる。どれもあんま動いてない。座ってるのが多い」
遠くを見据えながら淡々と告げるツァフェンは、いつものふざけた様子とも異なり、まるで別人のように見えた。
(三街区先……棚の多い……座っている……)
頭のなかでサレントの地図を展開し、ミアンナはツァフェンの見るものを追った。
「――文書棟! アダワロ殿の勤務先!」
気づいた彼女が叫ぶと、再びルカが素早く駆け出した。
「テオザは四、五十代、小柄だが力がある! 髪は白髪混じり、目の色は紺!」
内容の後半は流動構文を使い、遠ざかるルカに届けた。彼が片手を上げたのは、了解したというしるしだろう。
「さっさと共有しときなよそんなのー」
姿勢も目の色も元に戻ったツァフェンが呆れたように指摘する。
「未確定で犯人扱いできないでしょうが!!」
またしてもリーネが噛み付くが、ツァフェンは意地の悪そうな顔をした。
「いまだって未確定は未確定じゃなーい?」
「うっ……で、でも緊急で」
「緊急で許されるならさっさと共有しといたほうが、ルカくんだってあらかじめ想定できたでしょ」
「そ、それは」
「あまりリーネを虐めないで」
そっとミアンナが割って入った。続けて、リーネに視線を向けてそっと言う。
「いまは、ツァフェン殿が正しい」
本来、リーネの言葉はもっともなものだ。実際、ミアンナもそう考えていた。あの装飾職人がテオザであるという確証もない状態で詳細を共有すれば、迷走のもとになりかねないと。
先ほどまでは、それが正解だった。しかし、確証がないまま動かなくてはならなくなった現状では、それは誤りなのだ。
時に正誤は、瞬時に入れ替わる。
「でも……」
「へへーん」
納得しきれないリーネに、ツァフェンは勝ち誇ったような顔を見せた。
「ツァフェン殿。情報に感謝する。私たちも急ごう」
「はっ、はい!」
とにかく、いまは術者を止めることだ。ミアンナは地面を蹴った。リーネも続く。
「えー、また走るの? わっかいねー」
背後から、どうにも呑気なツァフェンの声が聞こえた。
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