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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第七章

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02 生温いよねぇ

(問題の質量構文は、魔術事故があってすぐに刻まれた訳ではないだろう。刻みつけてしまうと応用が利かなくなる)

(おそらくサテラ殿は、ご自分の死が近いと悟った頃、遺産として作った。それが五年ほど前)


 ミアンナはざっと考えをまとめた。


「サテラ殿が引退して二十年超。調整されないままの式盤がまともに稼働したというのも、おかしな点。『稀有な例』とだけ考えていたが、もしやこの式盤は、当人が現役時代に使っていたものではないのかもしれない」

「ほんじゃ、式盤作って売って回ってる野良理術士崩れがいるってことー? こわー」


 ツァフェンが大げさに身を震わせた。


「売って回っているかは判らない。そもそも、いま追うべきはそちらではない」

「ミアンナくんが言い出したんじゃん」

「共有」

「有難う」


 さっとルカが礼を述べたのはツァフェンのフォローだろうが、リーネは点数稼ぎだとばかりに少し睨んだ。


「え、ええと、お袋の式盤が何か」

「ミアンナさんなら少し貸してあげてもいいよ」


 深刻な雰囲気を感じ取ったのだろう、戸惑う父親と、健気な娘がそれぞれ言った。


「有難う、タマラ殿。構成は全て覚えたのでもう大丈夫」


 前回、委細まで記憶しなかったのがむしろよくなかった、と専理術士は冷静に考えながら式盤を女の子に返した。


「か、かっこいい……」


 リーネが口にしていないつもりの呟きを洩らす。


「タック殿。サテラ殿の交友関係について、改めてお聞かせ願うことがあるかもしれない。お判りだろうか」

「へ、お袋のですか? や、家内の方が知ってるかもしれんですね」

「では、後日連絡する」

「は、はあ」


 タックは困惑しながらうなずいた。


「――何が気にかかるんだ? ツァフェンの言うように、誰かが意図的に式盤をばら撒いているとでも?」


 そっとルカが尋ねてきた。


「意図的にばら撒いたにしては年単位の差がある。少し考えがたい」


 構文が刻まれたのがおそらく五年ほど前で、タマラの件が発生したのはたまたまだ。今回の事件も含め、「続いている」訳ではない。


此方(こなた)がやなこと言ってあげようかー」


 ツァフェンは嬉しそうだ。


「駄目って言っても言うねえ? 不正な式盤は、実は既にいーっぱい出回ってて、いま芽が出始めたとこー、なんてどーお?」

「成程、なかなかに『やなこと』だ」

「ミアンナさん、感心するとこじゃないです」


 リーネが指摘して、ツァフェンを軽く睨む。


「可能性はある。ただ、悲観的すぎる見方とも言える」


 さらりと判定してミアンナはタックに向かった。


「もうひとつだけ。当時、あなたの目から見て、あの事故の責任は誰にあると思えたろうか」

「何だって? いや、そんなの、あっしにゃ判りませんや」

「当時のあなたが感じたことでいい。誰にも話さないし、記録にも残さないと誓う」


 大工の否定が、それこそ責任を取りたくないという様子に見えて、ミアンナはつけ加えた。


「実際に体験した人物でなければ判らない……そう、空気感」


 先ほどのルカの言葉を引用した。


「そういうことでしたら……まあ、魔術道具の爆発なんですから、道具の持ち主ですかねえ」


 装飾職人と同じ答え。確かに一般的な考えでもあるだろう。ミアンナもあのとき、違和感を覚えなかった。


「持ち主が個人ではない場合は」

「ええ? 組合とかってことですかね? そしたら、組合全体か、その頭でしょうや」


 考えながらタックは答えた。


「有難う。参考になった。また連絡させてもらうかもしれない」


 ちらりとルカを確認し、彼もうなずくのを見て、ミアンナはタックとの面談を終わらせた。タマラは、ミアンナが直接遊んでくれないので――以前にも「遊んだ」ことはないのだが――少し残念そうだったが、聞き分けよく挨拶をした。


(タック殿の言う通り、もし誰かが責を負うのであれば、その辺りになるだろう)

(実際、記録によれば〈ハザ商会〉はなかなかの罰金を支払っている)


 予測できなかった事故である、というのが大方の判断だが、それでも商会の所有する道具に問題があったことは間違いない。お咎めなしということにはならなかった。


(社会的な制裁は受けている、と取れる。しかし、事故によって大きなものを失った人物――遺族や、冤罪を被った者からすれば、とても納得できないだろう)


 遺族にも補償金を支払っているようだが、感情のほうは治まらない。この「気持ち」はミアンナにも理解できた。「気持ち」を重視しない彼女であっても「もしある日突然、親しい者が事故に遭って二度と帰ってこなかったら」といった想像くらいは可能だ。

 いま彼女にいちばん近しいのはリーネだろう。次いでラズト支部の面々。それから王都で世話になった人々。彼らのひとりでも、突然帰らぬ人になれば。それは、相当な痛みを伴うだろう。

 死に別れてこそいないものの、冤罪による噂で家族がバラバラになれば。


(……ここは少し、判らない。私の思う家族と、テオザの思う家族は種類が異なるせいもあるのだろう)


 親と子、という関係。夫と妻、という関係。その差だろうかと少女は考えた。


「――冤罪をかけられた者からすれば、『真犯人』は〈ハザ商会〉ということになるだろうか」


 口に出したのはそんな話だった。


「私の会った装飾職人も、『道具の持ち主が悪い』と言った。彼がテオザであるかはまだ確定しないが、少なくとも同じような事故を経験した者が責任をそこに問うのは自然な話のようだ」

「そうだな。でもそれにしては、昨日の異臭事件は、何と言うか……」

「復讐にしちゃ生温いよねぇ、壁に塗料ぶちまけるのもそうだし」


 言いにくいことを言ってくれる、という点では重宝する男かもしれない、とミアンナはこっそりツァフェンを評価した。


「そう、せいぜい『嫌がらせ』という段階。そのために手に入りにくい式盤を手に入れ、罪とされる無許可理術を行うというのは確かに」


 均衡が悪い気がする、と言いかけて彼女は口をつぐんだ。


「――熱量構文を検知」


 理術網がその稼働を理術士に知らせた。リーネとルカがはっとする。ツァフェンはどこか面白がるような顔をした。


「庁舎のごく近く! 庁舎そのものかもしれない」

「判った!」


 聞き返すこともなく、ルカが率先して走り出した。


「えっ、はや!」


 リーネが驚いたのはその行動の早さばかりでなく、地面を蹴ったルカが驚異的な速度で遠ざかっていったからだ。


「ルカくんの身体能力、化け物級なんだよね。ついてくの無理だから此方はゆっくり行くねー」

「可能な範囲で急ごう」

「頑張ります!」


 呑気なツァフェンを置いて、ミアンナたちも走り出した。

 倉庫街と違って、今度は近い。


(どんな理由であれ、理術の悪用は認められない)


 理術士らしい強い倫理観は、復讐という動機を理解はしても、同情はしなかった。


「ミ、ミアンナさん、構文は」

「継続されている。具体的な対象はまだ不明」


 走りながら短くやり取りをした。ルカの姿はもう見えない。


(庁舎内で熱されると危険なもの……)

(塗料はないだろう。何かしらの薬品も考えがたい)

(自分に不都合な書類ならば消してしまいたいか? しかし紙類を燃やすまで構文を使い続けるのは時間がかかる)

(何かを燃えやすいものを発火させようと? あらかじめ仕込んでおけば可能だろうか?)


 様々なことを瞬時に考える。

 発火温度の低いもの――塗料が変質する程度の熱で激しく燃えるようなものが窓の近くなどに設置されていたなら。

 石造りの庁舎自体はそうそう燃えないだろうが、内部で火事が起これば被害は大きい。人的なものはもちろん、資料の類もだ。


(――消えた)


 ミアンナは眉根を寄せる。理術網からの通知が途絶えたのだ。


「構文が停止された!」


 リーネに聞こえるよう、彼女は大きな声を出した。


「ええ? も、もう目的を果たしちゃったとか?」


 術が使われていた時間は短い。一点に集中させたところで大した温度に上がっているとは考えにくかった。

 それでも急ぐ必要があることには変わりない。軍人のルカと違って彼女たちは肉体的に鍛えてはいないものの、若さがある。息を切らしながらもほどなく庁舎前へ再びたどり着いた。


「ルカ殿!」


 向こうから戻ってきたルカの様子からすると、どうやら庁舎の周りを一周して、周辺の不審物を確認してきたと見えた。


「周りには何もなかった」


 さすがの鋼嶺隊候補生である。少しも息を乱していない。


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