10 気にかかっていることが
テオザの家族については朝になってから確認するという話で、報告はこれからだった。訪れるかどうかは彼女たちに任せると、自治領側はそういう姿勢だった。
「当人が家族に会いに行くようなことはあるだろうか」
「どうだろうな。『自分を捨てた』、と考えていることも有り得るし」
「そ、それじゃやっぱり恨んで?」
「家族相手みたいな湿り気はなかったよお」
ミアンナ、ルカ、リーネに続き、のんびりとツァフェン。
「家族を恨むと、湿るのか?」
純粋に疑問に思ってミアンナは尋ねる。
「そりゃもう。じっめじめ。黴もすんごい」
感情の痕を視るという男は実に嫌そうに首を振った。
「感性に黴は生えないだろう。印象は判るが」
ルカがもっともなことを言った。
「生えるんだってば。ルカくんは視えないから判んないだろうけど」
「それは、確かに見えないが」
どこまで本気かツァフェンは主張し、ルカは首をかしげてからミアンナに向いた。
「ツァフェンがこう言うからには信じていいと思う。信頼できるところは信頼できる」
「ええー、全部信じてよおー」
「日頃の言動を考えろ」
すげなくルカは返した。
「家族を大切に思うのであれ、わだかまりを持つのであれ、自治領の役人やその関係者が赴いたと相手に知れれば、余計な刺激になるだろう。今日は私服にしてよかった」
「訪ねるつもりか?」
「案のひとつというだけ」
ルカの確認にミアンナは答えた。
「情報は必要だが、もし向こうが私たちを観察していれば、私服にしたくらいではごまかせない。となれば家族に会いに行くのはやはり悪手かもしれない。そう思うと、悩ましいところ」
訪ねるなら、質問はいくらでもある。連絡は取っていたか。最近、何か知らせはなかったか。たとえ「何もない」でも情報は情報だ。
「こちらが動くことで相手を動かす、というやり方もある。〈守るにはまず攻めよ〉だ。僕は訪問に賛成する」
軍人らしいと言うのか、ルカは片拳を握ると片手のひらに叩きつけた。
「此方はどっちでもいいよー。リーネくんはミアンナくんと一心同体だよね」
「えっ、そんな」
リーネは頬に両手を当てた。今日もリーネは遊ばれそうだが、不機嫌を煽られるよりはこちらの方がまだいい、とミアンナは敢えて何も言わないことにした。
「おはよう、ございます」
そこに、庁舎から担当官インダが姿を見せた。彼女の顔色が悪く見えるのは、昨夜の残業のため――ばかりでは、なさそうだった。
「実は、テオザ氏のご家族のことが判ったんですが……」
言いづらそうな様子に、ミアンナはピンとくるものがあった。ルカもハッとしたような顔を見せる。
「あー、もう死んでる?」
無遠慮にツァフェンが言い放った。インダが気まずそうにうなずくのを見て、リーネは口に手を当てる。
「テオザ氏の配偶者であった女性、エレノさんはもう五年ほど前に、病で亡くなっています。お子さんは神殿に預けられて……その後のことは判りません。神殿は、里子に出した先について洩らしませんから」
「テオザ殿は、それを知ったのか」
ぽつりと、ミアンナ。
「事情を思えば、連絡も取っていなかっただろう。たまたまサレントへやってきて知ったのか、人づてに聞くこととなったか――何にせよ、悲しみをきっかけに当時の怒りや憤りが蘇ったのかもしれない」
「その激情から、復讐を考えた……?」
苦々しい顔でルカが呟く。
「無論、推測だ。『感情』の分野は私の苦手。得意とするツァフェン殿はいかがだろうか」
「此方だって別に得意じゃないよ。見てると楽しいだけー」
ひらひらと白髪の男は手を振る。
「あっ、いま此方のこと無神経って思ったでしょ?」
「え」
ツァフェンがくるりとリーネを振り返ったので、リーネは目をぱちくりとさせた。
「怒りとか悲しみとか話してるのに、見てると楽しいとか、ツァフェンさんひどーって思ったでしょ?」
「え、それは、まあ、それは、少しは、ありますけど」
どうにもごまかせない少女は正直に答えた。
(これは、「本当にそうした能力がある」という主張なのだろうか)
ツァフェンがリーネをからかうのを見ながらミアンナは考える。
(リーネの感情は自然なものだ。敢えて指摘する内容ではない。それをわざわざ振り返ってまで「見ていなくても判った」と言い立てるのは……)
ツァフェンをちらりと見ると、彼のほうでは辺りを見回すふりでインダを視界に収めていた。
(成程、特異な存在であることを自治領側に知らしめるため、か)
先ほどの「インダが言いにくそうにしていた」から即座に死亡を言い当てるのは、「インダの感情の痕を視た」と取ることができる。
もちろん推測は可能で、ミアンナもおそらくルカも考えた。ただ、ほかの可能性もあったろう。過去を忘れて再婚して幸せにしている、自治領を出て行方が判らない、実は会ってきたが二度とくるなと怒鳴られた等々、彼女がミアンナらに言いにくくなる状況はほかにいくらでもある。
(最も刺激的なことを言って気を引き、たまたま当たっていた、とも取れるが)
(表情や態度から人の感情を推察できる、くらいのことで対魔術研究所員をやっているとも思えない)
曲がりなりにも鋼嶺隊候補生と共にヴァンディルガ皇国が選出した人物だ。ただの道化ではないし、はったりで「特別な力がある」と口走っているとは思いがたい。
(私が疑っている間は、敢えて能力を出し惜しむということもあるかもしれない)
これまで見ているツァフェンの言動からすると、「ミアンナを迷わせて楽しむ」という選択肢を採ることは十二分に考えられる。
(しばらくは「あると信じている」という姿勢で話を聞こう。そうすれば彼が駆け引きをする理由は減るはず)
こうした「判断」もツァフェンは見て取るものなのか。それはそれで興味深い、とミアンナは思った。
「領内に入った記録は確認できたろうか」
「申し訳ありません、そちらはまだ……」
「いや、テオザという名前が書かれていれば確証に近くなるけれど、それが判らなくてもこちらの動きは変わらない」
現時点で判っていないことは大きな問題ではない、とミアンナは答えた。
「名前を変えている可能性もある」
ルカも続けた。
「罪を犯すつもりでやってくるなら、それくらいの細工はするだろう」
「ルカくんは本名だもんね」
「当たり前だ」
ツァフェンが茶化した、ように聞こえたが、これもまた「匂わせ」にも感じられた。
(ルカ殿の過去、彼の家族の過去に何かがある)
逐一、ツァフェンがそれをミアンナに見せてくるかのよう。理由は判らない。ただルカを弄んでいるだけかもしれない。
(――あとだ)
いまは「ツァフェン」という枠、そして「ルカ・アールニエ」という枠を埋めるよりやることがある。
「アダワロ殿はいらっしゃるだろうか」
ルカが問うた。
「ああ、アダワロは、文書棟のほうにおります。ご案内しますか?」
「術者がテオザであるとして、その家族が亡くなっていることを思うと、関係者の家族の安全は確保したい」
順を追ってミアンナは言った。みなの――ツァフェン以外――顔が引き締まる。
「アダワロに連絡を取り、今日は帰宅させます」
「いい案。できれば町憲兵を二名ほどつけて」
「承知いたしました」
「ダリオスさんは一度標的になっているからまた狙われることはないようにも思うが、念のためそちらにも町憲兵を」
ルカが付け加え、インダは真剣にうなずく。
「タック殿……タマラ殿の父親に話を聞きに行こう。現時点で当時を知り、我々を知る、もうひとりの人物」
当時の出来事を改めて聞くために彼女らの立場を説明したり、一から信用してもらう必要のない人物。前回の事件で関わったタックは、「娘によくしてくれた」と彼女らに好意的だ。
「いい考えだと思う。ここはミアンナと僕が?」
「わ、わたしも行きます! タマラさんに、また会いましょうって約束しましたし!」
リーネが身を乗り出す。そんなにタマラに情を抱いたのか、とミアンナは思ったが、実際はもちろん、ルカをミアンナとふたりきりにしてなるかという思いによる。
「じゃー此方もー」
気の抜けた調子でツァフェンがゆるく手を上げる。
「残っててほしいくらいだが、仕方ないな」
「ルカくんひどー」
おそらくルカは、タマラのような子供の前でツァフェンは無神経な発言をすることを警戒したのだろう。だが野に放つ訳にもいかない、という点はミアンナも同意だ。
(だいたい、ついてくるなら動機がある)
「興味ないから行かなーい」ではない以上、くるなと言っても同行するだろうし、逆に言えば何らかの興味を持っているということでもある。
(対魔術研究所員の能力については、こちらも興味があるが)
(それより気にかかっていることがある)
数ヶ月前の無許可理術。使用者はタマラという女の子だった。大きな戸棚が倒れて妹がその間に挟まれてしまったとき、祖母の残した式盤に書かれていた質量構文を使い、助け出した。
それは事件と言うより事故だったし、あったのは善意だ。少なくともタマラは悪用した訳ではない。
対して、今回の出来事は作意と悪意だらけだ。
たとえ「性質の悪いいたずら」の域を超えていなくとも、また、たとえどんな理由や過去があろうとも、意図的に誰かを貶めるための理術など、あってはならない。
(……式盤。構文)
(思い違いなら、いいのだけれど)
そっと考えながらミアンナは、タックとタマラの家へ足を向けた。
[第七章へつづく]




