08 意外と聞き上手
「ツァフェンさんとも、まあまあ盛り上がりました」
「盛り上がった」
リーネの発言をミアンナは思わず繰り返した。少々、想像がしにくい状況だ。
「あの人、意外と聞き上手って言うか……自分勝手に話してばかりに見えましたけど、聞く側にも回れるって言うか」
「ほう」
「あっ、理術のこととかは話してないですよ!? 支部のこととかも! わたしの、それこそ個人的な話をしたくらいで」
出身とか両親とか、とリーネはもごもご言った。
「その辺ならごまかしなく話せますし、カーセスタの情報って訳じゃないですし」
考えなしに喋ってはいない、と理報補官は主張した。
「向こうは何も話さなかった?」
「あ、出身とかは聞いてみましたけど『忘れちゃったー』とか『親なんていたっけなー?』なんて返事ばかりで」
「成程」
(何も情報を与えたくないのか、単に個人的に言いたくないという可能性もある)
故郷や親の話はしたくない、というような感情にも見えるが、そんな判りやすくもない、とも思える。
(読めないな、あの男は)
「感情の痕がどうのって話、本当なんでしょうか」
考えるようにしながらリーネは尋ねてきた。
「相手の感情を読み取ることには長けているようだが、『痕』ということに関しては証明のしようがない」
ミアンナは、ツァフェンが二階の痕跡を見つけて屋台を探し出したのは事前調査による可能性もある、という考えを説明した。
「もっとも、事前調査だろうと特殊能力だろうと、情報を正確に共有してくれるのであればかまわない。隠されていたり歪められてりしていないかと警戒する必要がなければ、なおいい」
「そういう意味では、ルカさんは信じられる、んでしょうか」
「見えている性格からするとそう思う。ただ、彼がとても芸達者で、『誠実な好青年』を完璧に演じている、という可能性も皆無ではない」
「……『誠実な好青年』」
「一般的にそう見えるだろうという話」
自分が殊更にそう感じている訳ではない、とミアンナは言った。実際リーネもルカのことをラズト支部のレオニスに説明したとき、「好青年」「爽やか」「魅力的」などと言っているのであるが。
「ただ、現状、信じてよいとは思っている。少なくとも、事件を未然に防ぎたいという気持ちは本当だろう」
だからミアンナの「明日以降でかまわない」にあんな反射的な言葉を返したのだ。ミアンナも同じ気持ちだと信じていたから。
「しかし、やはり対魔術研究所のことは気にかかる。ツァフェン殿の言動が対魔術研究所の指針と一致しているとは限らないが、式盤の出どころに興味があるのはおそらく両方」
理術は魔術と異なるものの、対魔術研究所の対象であることは間違いない。
「タマラ殿の祖母殿の件でも考えたが、引退後の式盤は完全に機構を破壊して形だけ残すほうが安全なんだろうな」
制限を強め、重要な機構を抜き取っているものの、弱いものであれば使えてしまう。そのため、前回も今回も問題になっている。
「それは……そうは思いますけど、でも長年理術士をされていた方が全く理術を使えなくなってしまうのは……」
リーネは引退理術士の心情を思いやったようだった。
左官職人でたとえるなら、体力の限界を覚えるなどで引退しても、壁を塗る能力がなくなる訳ではない。自宅の修繕をするだとか、近隣に頼まれて少し手伝うだとか、そうしたことは可能だ。実際に行わなくても「できる」と思えることは支えになる。
あのときルカが言ったような「引退後のちょっとした自慢」というのは、彼らの心のためにも大事なものなのだ。
「そうだな」
ミアンナも短く同意した。
「調律院もどちらを優先するか考えたはずだ。その結果が、『制限を弱めて持ち出させる』というもの」
技術官による調整を受けられなければ遠からず「ただの丸い板」になる。そこまで時間を与えている、とも取れた。
(――タマラ殿の祖母は、五年ほど前に亡くなっていた)
(あの式盤はよく保っていたものだ)
(……何故?)
引退直前に調整を受けていた。構文の刻み方が巧みだった。手入れがよかった。とりわけ質の高い式盤だった。そうしたことだろうと考えていたが、ふと気にかかった。
「調査の結果次第ではあるが、タマラ殿の式盤を改めて見せてもらう必要があるかもしれない」
「えっ? か、関係あるんですか?」
思いがけなかったのだろう、リーネは目をぱちくりとさせる。
「まだ判らない」
ちょうどそこで料理が届き、少女たちは美しい盛り付けを目で楽しんでから手をつけ出した。
「……うん、芳醇な香り。燻したのはおそらく胡桃。徹底した温度管理で肉をいい状態に仕上げている。人気の品だからと言って作り置きをしている様子はなく、厨房の効率化が際立っていることを推測させる。ソースもほんのりとした甘味とわずかな酸味が鴨肉を引き立て、目にも美しい」
「卵、すっごくふわふわです!」
ミアンナの分析を興味深げに聞きつつも、リーネももういつものこととして受け入れ、自分の感想も述べた。
「そう言えばお昼の、腸詰挟み麺麭はどうでした?」
「あれも良品だった。屋台ではどうしても作り置きが発生し、タイミングによって冷めていたり脂が浮いていたりしがちだが、あれはできたてだった。おそらくツァフェン殿が『これから三人連れてくる』というような話をし、それを見込んで作ったのだろう。羊の香りもよく、香辛料も程よく効いていた。麺麭も腸詰の脂とよく合っていた」
「あの場で言わなかったのは、ツァフェンさんに何か言われそうだからです?」
「その辺り」
切り分けた肉を口に運びながら、ミアンナは肩をすくめた。
「ふふ」
久しぶりの気楽なやり取りだからだろうか、リーネは嬉しそうにした。
とは言え、まだ何も解決していない。食事も休息も必要だが、気を抜く訳にはいかなかった。
「リーネは、何か私服を持ってきている?」
「え? いえ、その『私的なもの』だけです」
以前にジェズルが「制服等は準備するので私的なものだけ用意を」と言った――身支度品、下着類など――のを覚えていて、リーネはそんな言い方をした。
「術者を探り、追う、という段になると制服は相手を警戒させる。明日の集合前に私服を用立てよう。イゼリアに確認は取るが、許可は出るものと思う」
「えっ、じゃあ……ミアンナさんとお買い物……!?」
「仕事のため」
「わ、判ってますけど!」
目を輝かせるリーネにミアンナは釘を刺した。
「だいたい、ラズトの収穫祭でも一緒に回ったでしょう」
「何度やってもいいんですよ! 伴逢……じゃない、その、一緒にお買い物とかは!」
伴逢――逢引、とリーネが言いかけたのは明らかであったが、軌道修正がきたので特に触れないでおいた。
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