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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第六章

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07 判ったように思う

 外に出ると、太陽(リィキア)は西の方に沈んでいた。自治領庁舎前に広場には明るめの街灯がちらちら灯っており、少し目に痛い感じがした。


「ミアンナさん!」


 リーネが笑顔で手を振る。


「おかえりなさい! どうでした?」

「判ったこともあるが、まだ欠けている部分も多い。今日は外交使節所へ戻ろう。連絡をもらうことになった」

「そうですか……じゃあ明日も調査ですね」

「ふーん?」


 ツァフェンがじろじろとミアンナを見た。


「どったの? 無感動お化けくんがちょっと落ち込んでる?」

「私が?」


 ミアンナは目をぱちくりとさせた。


「心当たりはないが」

「ふーん? じゃあルカくんがもやもやしてるのは何? 喧嘩した?」

「まさか」


 すぐさまルカは否定した。


「そりゃ、意見の相違はあったが、普通のことだろ」

「そうだな」

「……ふーん?」


 納得できないと顔に書いて、ツァフェンはふたりの間を行ったり来たりした。


「やめろ、ツァフェン」

「ルカくんがその顔やめたら此方もやめるー」

「何だよ、その顔って……ちょっと考えることがあるだけだ」

「え、何かあったんですか」


 小声でリーネが問う。


「何もない。判ったことを簡単に伝えると、やはりダリオス殿のみならず〈ハザ商会〉も十年前の事故に関わりがあったということと、一時的だが冤罪を被った人物がいるということ」

「冤罪!? じゃ、それを恨んで……?」

「まだ判らない」

「へー。じゃ、ルカくんはそれで微妙な顔してるの? いや、そうでもなさそー」

「やめろよ」


 ツァフェンが何やら知っているようなことを言った。わざわざミアンナやリーネが気になりそうな「匂わせ」で、リーネはちらりとそちらを見た。ミアンナは聞こえなかったふりをした。


「では、また明日。庁舎から情報が届けばそれを精査して――」

「ミアンナ!」


 不意にルカが声を強めた。ミアンナは言葉をとめる。


「何だろうか」

「さっきの発言の真意が判ったように思う。僕が軽率だった。詫びさせてくれ」

「……は」


 知らず、ミアンナは口を開けた。


(判ったと? いったい何を?)


 彼女が困惑した理由は、少しややこしい。


 先ほど彼女が「終業時刻なのだから終わりだ」と言ったのは、労働時間が過剰になるのはよくないという考え方のためだけではない。ルカが言い、役人たちが自主的に言ってくれたように、遅くなってでも調べてもらいたいと思った。

 だが、あの場でそう言えば、ルカがますますミアンナを「同じ考え方をする者」として信用する。それは、天秤の片方ばかり重くなるのに似て、望ましくなかった。


 個人のことなら、まだいい。しかしミアンナが繰り返し考えるように、彼女たちはカーセスタ代表とヴァンディルガ代表なのだ。個人的な好悪を判断基準にしてはならない。

 だからミアンナは、自分へのルカの信頼を下げ、かつ、両国の施設に報告をもらえるように調整した。そしてそれは巧くいったようだった。


(そこに気づいたと言うのか? それで……)


「今後は注意する。有難う。おやすみ、ミアンナ。リーネさんも」


 言うだけ言うと、ルカはすっきりした顔で踵を返した。


「あれ、ルカくんのもやもやが一気に晴れた。何なにー、何の話? 此方にも教えてよー」


 まとわりついて尋ねながらツァフェンもそれに続く。


「……それで、より信頼されていたら、少しも真意が通じていないように思うのだが」

「え、何です? 何があったのかわたしも教えてほしいんですけど……」


 控えめにリーネも尋ねる。


「意図した行き違いから、意図しない行き違いに進んだ気がする」

「ええ……?」


 呟くようにミアンナは言い、リーネはちっとも判らないという顔をした。

 広場の街灯は目に馴染んだか、いつしか暖かい色に見えていた。


―*―


 外交使節所に戻り、イゼリアに現時点での報告を済ませて式盤の調査についても依頼をすると、ふたりは夕食を取ることにした。

 ちょうど行き合ったナベル執務佐に近隣の食事処を尋ねたところ、なかなか雰囲気のよい店を紹介された。個室制だというのもよい点で、調査について話すにはちょうどよさそうだ。ナベルもそこまで考えて提案してくれたのかもしれない。


「カーセステスのお店を思い出しますね。ほら、あの、サクヤさんに教わったお店」

「ああ、〈麦海原〉亭。色使いや空間の作り方が似ている」


 ミアンナはうなずいた。

 それからミアンナはナベルも薦めた評判の料理「燻製鴨の蒼穹風」、リーネは好物の卵料理「紅梯卵の空霞仕立て」を注文し、しばし話をした。


「それで、ルカ殿との調査について聞いてもよいだろうか」

「えっ? ああ、いえ、特に何も……」


 リーネが少し困った顔を見せたので、ミアンナは片眉を上げた。


「何か問題のある発言でも?」


 理律違背に触れるような男には見えないが、判らない。理術士(ミアンナ)の目がないと思って妙なことを口走っていないか。


「えっ、な、何も言ってません!」


 リーネは自分の発言を問われたと思って慌てた。


「ちょっとミアンナさんの話で盛り上がっただけです!」

「私の?」

「あわわ、これもまずいか」


 理報補官は実質「何か隠してます」と言った。


「リーネ?」

「ち、違います、何も、ミアンナさんがわたしにどんなことをしてくれたかいっぱい話したくらいで……っ」


 真っ赤になってリーネは答えた。


「……どうしてまた、そんなことを?」


 純粋に疑問に思ってミアンナは尋ねた。リーネはますます赤くなってうつむく。


「だって……ミアンナさん、ルカさんに気を配ってるから……ルカさんに自分が特別だとか勘違いされたら困ると思って……」


 もそもそと彼女は答えた。ミアンナは拍子抜けしたが、判ったこともあった。


(成程、ルカ殿の「信頼」はリーネの話の分も乗っているのかもしれない)


 人の話を鵜呑みにするのは精鋭隊候補生としてどうなのか、という思いも浮かんだが、リーネはかなり過剰に話したと推測できる。となれば、「割り引いて考えた結果ちょうど合っている」ということも有り得た。


「向こうからは何も言われなかった?」

「い、いえ、その、ちゃんと調査もしてました!」

「そこを疑っている訳じゃない」


 またしてもリーネが焦るのでミアンナは諭した。


「ツァフェン殿にリーネとの時間をからかわれたとき、ルカ殿が慌てただろう。それまで軽くいなしていたのに奇妙に感じた。つまり、実際に何かあったのではないかと案じた」


 誤解のないようにミアンナが伝えると、リーネは妙な顔をした。


「し、心配してくれたのは嬉しいです。本当に何もなくて……ええと……」


 何か言おうか言うまいか迷う様子だ。ミアンナも促すか促すまいか考えた。


「あの、考えすぎって言われるとは思うんですけど、ミアンナさんに気をつけてほしくて!」

「何?」


 彼女が何を言い出したのか、ミアンナはただ尋ねた。


「ルカさんですよ! ルカさんがあのときだけ焦ったのは、わたしを気にかけてるなんてミアンナさんに思われたくなかったからです!」

「……考えすぎ」

「言うと思いましたけど」


 リーネは思わず握りしめたらしい両の拳を解いた。


「でもルカさんから聞いてきたんですよ、ミアンナさんのこと。何も理術士のことをとかじゃなくて、ミアンナさん個人のこと。あ、もちろん個人的な情報を勝手に話したりはしてないです!」


 その代わり、どんなによくしてもらったのかを話したのだと言う。そんなによくした覚えはミアンナにはないのだが、した側とされた側では意外と齟齬があるものだ。


「ミアンナミアンナって、本人(ミアンナさん)がいないと思って、すっごくあからさまだったんですから!」

「……ツァフェン殿とはどんな話を」


 話題を変える意図でもなく、こちらも尋ねたいことではあったが、話を逸らしたようには聞こえるだろう。リーネは少し不満そうにした。


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