06 そういうやり方はしない
「恨まれる覚えはないですよ! そりゃあのときはいっぱいいっぱいでしたし、不足していた対応もあったかもしれない。しかし十年も経って、文句でも言われるくらいならまだしも、無許可理術で嫌がらせなんて」
「そこなんだよな」
アダワロは悲鳴のような声を上げ、ルカがぼそりと呟いた。
「何故、いまになって? ずっと恨んでいた? 何かきっかけがあったのか……」
「それは本人に聞けばいい」
ミアンナは言った。「捕えればいい」と同義だ。通じたらしく、ルカは不謹慎でない程度に笑みを見せた。
「あの、アダワロ五棟長。私も当時の記録を読んだことがありますが」
現担当者インダは勤勉と見え、自分の担当地域が倉庫になった経緯なども確認していたらしい。
「当初、事故は人為的なものだと疑われていませんでしたか?」
「何だって?」
「あ、ああ……確かに、最初はあったな」
思い返すようにしながらアダワロも答えた。何も意図的に黙っていたのではなく、本当に忘れていた様子だった。
「そう言えばダリオス殿も『誰かが道具をいじっていたという与太話もあった』などと」
ミアンナは左官職人の言葉を思い出した。
(現場で少し揉めたという程度ではなく、記録に残るほどの話だったのか)
「ええ、そう言えば、魔術道具の近くにいた人物が何か細工をしていたと疑われたことがありました。ですが詳しく確認したところ完全に誤解で、放免になりましたよ」
その説明に、ルカがぴくりとしたのが判った。
「疑いが晴れるまでどれほどかかったのだろうか」
「え? そうですね……どうだったか……」
「期間は関係ないこともありますね。一度出回った噂は容易に消えない」
ルカの声が硬い。
(――あのときと同じだ。ルカ殿は子供であるタマラ殿を守ろうとし、噂が立つことを警戒した)
(彼は子供時代、世間の噂に翻弄された過去がある)
ミアンナに詮索の意図はないものの、自ずと分析された。
もっとも、いまは言及するときではない。
「その人物について知りたい」
現時点の目的だけを見て、ミアンナはサレントの役人ふたりに言った。
「調べてもらえるか」
アダワロは出来事自体を失念していたくらいだし、インダも過去に一読したきりだというので、名前やその後については改めて調べ、〈ハザ商会〉とも連絡を取ってもらうことになった。
「いますぐ詳細が判ったところで何か解決する訳じゃない」
申し訳なさそうにするふたりにミアンナは事実を言った。事実なのだが気遣いに取られ、ふたりは礼を言った。
「判り次第、カーセスタ外交使節所に知らせてください」
とルカが言ったのでミアンナは顔をしかめた。気の毒にサレントのふたりは、ヴァンディルガとカーセスタの使者を取り違えていたろうかと迷うようにミアンナたちを見比べた。
「何故カーセスタへ?」
「ヴァンディルガで理術に関する情報を得ても、役に立てられそうにない。それに共有はしてくれるだろう」
「無論」
「ならこれは『情報をまとめてくれ』という丸投げだ」
ルカは茶化したが、ミアンナは戸惑った。
これは時折ルカから感じる「信頼」だが、少し度合いが大きすぎるように思ったからだ。
「……そこまでしてもらわずとも、明日以降でいい」
今日中に解決はしそうにない。もちろんまた構文が検知されれば別だが、いまはそろそろ切り上げてそれぞれ報告に戻るほうがいいだろうと判断した。
(「次」は気にかかるが、闇雲に歩き回ってどうにかなることでもない)
(調査結果次第だが……)
「明日以降? そんなに時間がかかる調べものか? 資料の在処などは判っているのでは?」
ルカが首をかしげた。
「時間はかかるだろう。そもそも、もう彼らは終業時刻だ」
「は? 何を言っているんだ?」
ミアンナの言葉に役人ふたりは一瞬ほっとした顔を見せたが、ルカが反駁したので表情を引き締めた。
「当然、いまから調べてもらうに決まってるじゃないか」
「ルカ殿」
少し眉をひそめて、ミアンナは首を振った。
「カーセスタでは、そういうやり方はしない」
ゆっくり言うと、ルカは眉間にしわを寄せた。
「ヴァンディルガ流だって? そりゃそういうところはあるが、いまはそういう問題じゃない。危険なことが起こるかもしれない、それを防げるかもしれないのに!」
憤った表情。
(熱血なようでそう単純ではない人物と見ているが、ここは素直に反応してくるな)
(もっともだ。少しでも早く情報が入るなら、入れておきたいところ)
内心でそう思いながらも、ミアンナは発言を改めなかった。
「……ただ、そちらの言うことも一理ある」
勢いと視線を落として、ルカは「そちら」と言い、ミアンナの名を呼ばなかった。
「すまないが、資料の用意だけ手伝ってもらえないか。半刻ほど、僕が自分で調べよう」
そして、サレントのふたりに話しかける。まるで拗ねた子供のような態度だが、おそらく自覚はない。
「ああ、その」
こほん、とアダワロは咳払いをした。
「申し訳ありませんが、自治領の資料ですので」
「あ、ああ、そうか」
ルカは困惑したように言った。いまの論調であれば「そんなことを言っている場合じゃない」とでもきそうだが、「サレント自治領のやり方にヴァンディルガの使者として口を出すことはできない」という判断をしたようだ。
(――同じ考えだと思っていた私から現況を考えないような台詞が出てきたことに、憤っている。と言っても私に腹を立てた訳ではない。そんなふうに感じてしまった自分を諫めようとしている)
結果として「拗ねた子供」に見えるだけで、彼は自分で整理を付けているところだ。
そんなふうに、ルカの内心は推測できた。しかしミアンナは、何も言わなかった。
「いえ、気を遣っていただきましたが、大丈夫です。どうせこのあと文書棟に戻りますからね、ついでに三つ四つ棚を巡って、該当資料をまとめておきますよ」
「私も手伝います。大まかにでも理解しているふたりでやれば、二刻はかからないでしょう」
アダワロが言うと、インダも協力を申し出た。
「面倒を強いたようで、すみません」
ルカは頭を下げた。彼の想定では半刻程度だったようだが、内容をよく知る者たちがふたりで二刻と言うのを聞いて、見込み違いにも気づいたようだった。
「あの、まとめましたら……その、連絡は」
「手数をかけるが、カーセスタ外交使節所と、ヴァンディルガ駐在軍事連絡室の両方に頼む」
さっとミアンナが入った。折衷案に見えるだろう。サレントのふたりは目に見えてほっとし、ルカは奇妙な表情を浮かべた。
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