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06 興味があります

「調律院は年齢を見ない。さすがに成人である必要はあるけれど、理式五律環を理解していて自ら書くこともでき、正しく理紋を作って理術を行えるなら、十五でも七十でも理術士。より複雑なものを読み解き、書き上げ、やはり正確に行えるのであれば、より重職に登用される」


 十五でも七十でも、と十五歳の専理術士は繰り返す。


「ただし、そうした組織は世界を見ても珍しい。実力主義を謳っても、年若ければ経験は浅いと判定されるのは当然。となれば、経験のある方が選ばれる」

「うーん、確かに、調律院だけの判断ならミアンナさんが送られるとなれば一大事ですけど、そうかあ、軍から見ると……小娘……」


 納得いかないとばかりに、リーネはそこを繰り返す。


「ゾラン連衛官のように、相手の年齢を問わず階級だけを見て対応する、という態度を取れる人物ばかりじゃない。彼は私を『業務上は上官』『実務上は同僚』という位置にさっと配置した。あの階級の軍人がなかなかできることじゃない」

「王都にはちょくちょくいましたもんね、変なこと言う人」


 嫌なことを思い出したか、リーネは顔をしかめた。


「そっかあ、ゾランさんが優秀だから、その上に立てる人材がなかなか見つからなかったんですねえ」

「言い方」

「あっ、すみません!」


 リーネはミアンナを尊敬しているからこそ「ミアンナだからこの任に着けた」と言ったのだが、ほかの専理術士を「ゾランに並び立てる能力がなかった」と評価したも同然になる。本人もすぐに気づいたらしく、慌てたように口に手を当てた。


「カーセステスの本部にも仕事は山ほどある。なのに理術を扱える人間は少ない。どこも人手が足りなくて、理術なら簡単な構文ひとつで行えることを人力で何日もかけて果たしているというのも珍しくない」

「それか、魔術師を雇う……高いんですよねえ、魔術師協会の派遣魔術師って……」

「魔術師協会は公的機関ではないし、魔術師を守るためにも利益を重視するのは当然。一方で調律院が国の機関であり、理術士が原則として国の管理下にあることにも、大いに意味がある」

「そう考えると、理術士をふたり置く運用になってるラズト支部の重要性がひしひしと……」


 リーネは手にしていた帳面をギュッと胸に抱き締めた。


「そうだ、副理術士さんってどんな人でしょうね」

「すぐに判る」


 ミアンナがそう言ったときだった。まるで待っていたかのように、執務室の扉が叩かれる。と言うより、ミアンナは気づいていたから「すぐ」と言ったのだったが。


「失礼します、統理官殿。ラズト支部副理術士ジェズル・ファーダンと申します。ご挨拶が遅れまして申し訳ありません」


 姿を見せたのは二十代半ばほどの青年だった。眼鏡をかけ、しわひとつない制服をきちっと着込み、半円型の携行式盤を腰に差し込んだ痩せ型。まるで「絵に描いたような理術士」という雰囲気だ。

 もっとも実際の理術士はいろいろだ。筋骨隆々の理術士だっていれば、現場で泥臭く働くことも珍しくない。「魔術師は墨に、理術士は泥に塗れる」なんて戯れ歌もあるくらいだ。――理術士も書類は書くから、墨にもまあまあ塗れるのだが。


(そもそも、この人物はいまも町へ対応に出ていた。統理官の着任があるかもしれない日程だ。外出するのなら緊急の用件だったはず)

(となれば、住民の生活に関わる事態。先ほど理術網で検知したのが質量構文と熱量構文であることから、土木関係が推察される。にもかかわらず、清潔な服装をしている)


 ミアンナは彼をさっと観察した。


(新任の統理官に挨拶するというので、汚れた制服を取り替えてきた。靴は拭いただけ。替えがなかったか、それとも格式が足りないと判断したか)


「調律院所属、本日より当支部の主理術士兼統理官ミアンナ・クネル。よろしく頼む、ファーダン理術士」


 内心の推測はおくびにも出さず、ミアンナは例によって情報だけの名乗りと最低限の挨拶を行った。


「あっ、リーネ・フロウド理報補官です」


 控えめにリーネは名乗った。ジェズルはミアンナと顔合わせにきたのであって、理報補官に大して興味はないだろうと思ったからだ。

 とは言えジェズルは見た目の通り礼儀正しいと見え、リーネにもきちんと目を合わせ、会釈を返した。


「ウィントンのやらかしについてはゾラン殿から伺いました。彼を罰さずにいただき感謝いたします」

「ウィントン担当官は何も『やらかし』ていない。罰する理由はない」


 軽く手を振ってからミアンナは、少し不思議に思った。


「連衛官もあなたも彼を案じる。まるで傷つかないように気を遣っている。彼はそんなに心が弱いのか」

「直接的な物言いをされる」


 ジェズルは笑った。そうすると「絵に描いたような理術士」はぐっと砕けた様子になった。


「端的に言えばそうです。落ち込むと長い。私は、彼が日に当たらないせいだと考えているのですが」


 痩せ型の男は、まるで肉体派のようなことを言った。実際、理術を使ってとは言え土木作業を行ってきたであろうことを思えば、計算ばかりしているタイプの理術士ではなさそうだ。


「しかし、ハイム殿の残した無認可構文に関しては、私こそが把握しておくべきでした。怠慢と言われても仕方がない」


 ミアンナと同じ言い方に、リーネは思わず笑いそうになった。ジェズルがミアンナの対応を聞いて真似た訳ではない。理術士たちはどうも表現が似通うことがあるのだ。


「あの稼働方式からすると、ハイム理術士の携行式盤に直接届いていたのだろう。いまは対応する受信盤がなかったために、執務室のこの式盤が反応した。しかも稼働は年に一回。あなたが気づくことは困難だったと思われる」

「しかし、先ほど第五級位相構文が稼働したのは理術網が検知しています。年に一度であろうと、気づかなかったのは不覚としか」

「第五級?」


 ミアンナは首をかしげた。


「塔から発せられた構文は、零級。ごく微弱なもので、調律院の敷地外には届いていなかった」

「は? いや、確かに……」

「あ、あの」


 リーネが遠慮がちに声を出す。


「第五級位相構文だったら、ミアンナさんが王都に出した通信じゃないですか?」

「え」

「出した。半刻ほど前」

「は、いや……」


 ジェズルは額に手を当てた。


「一切、増幅されていませんでしたが……」

「していない。必要ない」

「カーセステスまで届くんですか? 第五級の構文で?」


 ジェズルは信じられないものを見る目つきになった。疑うと言うのではなく、まるで怖ろしいものを見るかのような。


「は……驚きました。『天才理術士』の噂は聞いていましたが、『十五歳の若さにして熟練のような安定性を持つ』という方向性とばかり……まさかここまでとは」


 目の前にいる年下の少女が天才と言われるのは何も「若いのにすごい」という次元ではないのだ。そう悟った青年は絶句し、しばし言葉を探すようだった。

 ミアンナはこうした反応にも慣れている。ジェズルがこのまま切り上げるつもりではないと判断すると、そのまま待った。


「それを可能にするのは魔力なのか構文の構成なのか、正直に申し上げれば非常に興味があります」

「今日からこの部屋で共に業務を行うのだし、共に理術を使う機会も多いだろう。いくらでも興味を追求してくれてかまわない」


 淡々とした返答をすると、男は眼鏡の奥の目を曇らせてすっと頭を下げた。


「……『興味』などど、浅薄なことを申し上げました。お詫びいたします」

「何故?」

「いや……」

「あの、えっと、ジェズルさん」


 微妙な空気になったことに気づいたリーネは、たまらず入り込んだ。


「ミアンナさんは怒ってないです。本当に『見たければ好きに見たらいい』って言ってます。あの、皮肉とかでもなくて」

「当然。どうして皮肉など言う必要が?」

「は……」

「ごく近くで理術を使い合うことになる。互いのやり方は知っておく方がやりやすい。私もあなたのやり方を知っていく」

「は」


 ジェズルは目をぱちぱちとさせた。


「ミアンナ統理官は、無認可の構文使用に気づかなかった副理術士の責を問わず、失言も見逃すと」

「必要ないし、何も失言じゃない」

「責述書も課されない?」

「あなたに反省文を書かせて、何の意味が?」


 心底「判らない」という表情でミアンナは問うた。


「成程、新しい統理官は実務主義だ。無駄なことを嫌われる」


 判ったと言うようにひとつうなずき、ジェズルはまた笑みを浮かべた。


「とは言え、歓迎会くらいは受け入れていただけるでしょうか。ラズト名物料理をぜひ召し上がっていただきたいと、料理人も張り切っております」


―*―


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