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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第六章

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05 次の準備を

 サレント自治領庁舎――。

 よく言えば「歴史ある建築物」だが、要は「古びた建物」だ。飾り窓の意匠は古く、歩けば床は軋み、敷物はほつれこそないが、色褪せている。


(嫌いではない)


 調律院本部にもこうしたところがある。ミアンナはちょっとした親近感を覚えた。


「アダワロは都市開発課を離れまして。すぐ近くの別棟にいるので呼んでおります。現都市開発課の者が必要であれば呼びますが」

「北の倉庫街について詳しい方がいればお願いしたい」

「町憲兵隊から報告が上がるだろうが、倉庫街で異臭事故が発生した。管理に問題はなかったと思われるが、〈ハザ商会〉について知る人物もいるようなら頼む」


 ルカの依頼にミアンナが追加する。少し情報と要求が多いだろうかとも思ったが、ひと続きの出来事だ。役人は少し慌てた顔をして、また「お待ちください」と言った。


「……ミアンナ」

「何だろうか」

「仮説を共有しても?」


 その言葉にミアンナは片眉を上げた。


「材料の足りない状態で立てる仮説はかなり弱いと思うが」

「もちろん、その通りだ。ただ、僕らはほとんどまともに相談できていないとも感じている。主にツァフェンのせいであるのは申し訳ないが」

「成程」


 ツァフェンの奔放ぶりはルカの責任ではないが、ヴァンディルガの落ち度ではある、とでも思ったのだろうか。


(いや、ルカ殿は礼儀を重んじて初手で謝る男だ。外交の均衡も考えはするだろうが、自分から開示するのが礼儀だという判断かもしれない)


 ルカの取ろうとする均衡は、ミアンナの思うものとは違う。しかしそれは不快ではなく、むしろ興味を誘うものだった。


「術者は、塗料缶の破裂には時間をかけていた。ミアンナの言っていたように長時間集中しなければならないなら確かに休憩は必要だっただろうが、ツァフェンの言ったように悠長にも感じる」


 ダリオス宅での出来事についてルカは話しはじめた。ミアンナは黙って聞く。


「次いで、先ほどの出来事。三日後という時間差も奇妙な空白に思える。目的があるなら、こうして調査が入る前にやってしまおうと思わないものか」

「そこは私も考えた」


 ミアンナは同意した。


「もし強い理術が行われ、一瞬で缶が破裂でもしたのなら、怖れて萎縮するようなこともあるだろう。しかし数刻ほど粘った結果があれだ。むしろ、見合わないとでも思いそう」

「僕もそう思う。つまり、望んだほどの成果が得られなかったのであればやめてしまうか、すぐに次をやるか、どちらかだと思うんだ」


 ゆっくりとルカは続けた。


「それが、三日後。それも二国の共同調査が行われている真っ最中に、次の行動を起こした。ミアンナのような理術士が即座に理術を検知できることを知らなかった、という可能性もあるが……」

「少し話したが、式盤を手に入れるのは容易ではない。理術士が正規で持つ以外は違法だし、手放すときも正式に廃棄される」


 ミアンナは少し詳しく説明した。


「有り得るのはタマラ殿の祖母のように、引退の『記念品』として手元に残す場合。理術士というのは倫理観がなければできない職だ、売り払うようなことは考えがたいが、困窮すれば判らない。ただ、誰でも使えるような構文を組んだ上で売るまでのことは……」


 そこで彼女は首を振った。絶対に有り得ないとは言えないのだが、調律院の天秤の下に長年いた者がそんな真似をするとは考えがたい、或いは考えたくないという「気持ち」があった。


「模造品が作られることは?」

「見た目だけならまだしも、実際に稼働するものはかなり難しいと思う。多くの技術が組み合わさっている」


 そこは曖昧な言い方でとどめた。

 「技術は秘匿されており、工程はいくつにも分かれて、互いに関わらないよう厳重に管理されている」くらいのことはヴァンディルガも知っているだろうし、ツァフェンに洩らすよりはルカに話す方が抵抗はないが、それでもここは「カーセスタの使者」として詳細を控えた。


「それらをどうやってか乗り越えてまで式盤を手に入れ、術を行おうとした人物が、サレントの理術使用に関して事前調査を怠るとも考えづらい」


 もちろん断定はできないが、とミアンナはつけ加えた。


「もしやルカ殿は、倉庫での出来事は囮……とまでは言わずとも、私たちが向かうことを想定した上で起こしたと考えているのだろうか。私たちが到着する前にその場をあとにして――」

「次の準備をしている」


 低く、ルカが呟いた。と同時に、扉が叩かれた。


「失礼いたします」


 ふたりの役人が礼をして入ってきた。ひとりは四十代ほどの男で、もうひとりは三十前後の女だ。


「アダワロと申します。都市開発課におりました」

「インダと言います。お尋ねの倉庫街、第三倉庫地域の担当をしております」


 男がアダワロ、女がインダと名乗った。ミアンナとルカもそれぞれ名乗り、改めて着席する。


「失礼ですが、異臭事故というのは」


 まずインダが口火を切った。担当者としては気が気ではないだろう。ミアンナはざっと説明し、自分も吸ったがその場で不快になった程度で、そこまで毒性の高いものではないと思われること、町憲兵同行のもとで持ち主の商会が確認に入ることまで手筈が進んでいることを伝えた。インダは息を吐いて礼を言った。


「そこで〈ハザ商会〉についてアダワロ殿にも伺いたい」

「は」

「十年ほど前に起きたという魔術道具の事故」


 ミアンナが言うと、アダワロの顔が引き締まった。


「わざわざ私をお呼びということで、関わるのではないかと思っておりました」


 そこに現担当者も同行すれば、ほぼ確信していたことだろう。


「〈ハザ商会〉は、当時に事故を起こした魔術道具の所有者でした」

「所有者」


『――所有者のせいとしか、思えませんね』

 装飾職人の言葉がミアンナの耳に蘇った。


「道具には劣化が見えはじめていて、魔術師協会からもそろそろ更新をするよう連絡がきていたそうです。ただ、新しくすると費用のみならず調整の時間もかかって納期に間に合わなくなるというのと、不具合は生じないと判定して使用を続けたのは、慎重さには欠けましたが、決して危険を無視したものではなく……」

「当時の事故を改めて断罪に来た訳ではない」


 長々とアダワロが説明するのをミアンナはそっと遮った。商会の代わりに言い訳をさせるのも気の毒だ。


「ダリオス殿という左官職人はご存知だろうか」

「ああ、もちろんです。あの人が何か? 口は悪いですが仲間思いのよい方で、当時は仕事を失った左官職人のために奔走されていましたよ」

「聞いている。彼に何か問題があった訳ではない」


 アダワロがさっとダリオスをかばうのを聞いて、「はじめは誤解されやすいが付き合うと慕われる」という人物の典型だな、などと感じた。


「そう言えば、彼から伝言。『壁はもう塗り直してよいのか』だそうだ」

「は、それは、調査が終わりましたら……」

「成程。急ごう」

「いや、申し訳ありません」


 「早く解決しろ」と言ってしまったかのようだ、とアダワロは恐縮した。むしろ、ミアンナたちが塗り直してもかまわないと判断するならばそれでかまわないはずだが、「お役所仕事」はそうもいかないのだろう。


「彼や商会を恨む人物に心当たりはありませんか」


 ルカがズバッと尋ねた。


「それから、事故に関係する人物や組織がほかにないかもお聞きしたい」

「無許可理術の調査と伺っていますが、当時の事故について恨みを持つ者の仕業、ということですか?」


 インダもはっきり尋ねてくる。


「君、あまり立ち入ったことは……」

「何が立ち入ったことですか。私は担当者なんです。第三倉庫地域で問題が発生したなら把握しておくのは業務です」


 アダワロが制するのにインダは反論した。


「まだ推測の段階でしかない。ダリオス殿、〈ハザ商会〉は過去の事件と関わりがあるが、偶然でないとは言い切れない。しかしもし術者が『次』を考えている場合、未然に防ぐにはこの推測に乗るしかないとも考えている」


 誠実にミアンナは話した。断定はできないし、的外れかもしれない。しかし「次」を突き止められる可能性があるのはこの線だけだ。


「ダリオス宅が狙われ、〈ハザ商会〉の倉庫が狙われた。商会の担当者は判るだろうか。或いは――」


 ミアンナは少し躊躇った。ルカがすっと進み出る。


「アダワロ殿は現在、何を担当しておいでですか?」

「私ですか? 私は文書棟の担当ですが」


 思いがけず問われたと思った様子で、アダワロは目をぱちくりとさせた。


「主には文書の管理と、間もなく五期に一度の総点検がありますので、その指揮も担当しております」

「管理や点検は、紙の書類だけだろうか? 何か道具を保管しているようなことは」

「いえ、紙の文書だけで……あの、まさか、私が恨まれているとでも……」


 男の声音は弱まり、不安そうに年下の少女と青年を見た。


「あなたは当時、事故でどんな立場を担ったのか」

「ええ、その、事故の報を受けて急遽対策会が立てられまして。被害者の救助から事故の原因究明、遺族のお宅を回るきつい仕事もありました。現場の片付け、計画の変更……あの頃を思い出すと吐き気がしそうです」


 ミアンナが問えば、アダワロは表情を引きつらせて答えた。さぞ大変な日々だったろう。想像しかできなくても胃が痛くなりそうだった。


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