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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第六章

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02 いざとなったら

「そこの方!」


 物怖じをしないルカが、道行く住民にさっと声をかけた。ヴァンディルガ公用馬車から降りてきた軍服に呼びかけられた男はギョッとした顔を見せる。


「失礼、少しお話を聞かせてもらえませんか」


 もっともルカに威圧的なところはないし、口調も丁寧だ。何か絡まれたり咎められたりするのではないと判ったのだろう、相手は足を止めて「何ですか」と言った。


「この辺りの倉庫はどちらのものなんですか? 自治領だとか、商人組合だとか」


 目の届く範囲では、全て似たような形の、味気ない建物ばかりだ。多少の彩色や模様、紋章などで使用者を区別しているようだが、傾向は見えない。


「どっちもありますよ。いろいろじゃないですかね」


 相手は何を尋ねられているのか判らず、目をぱちぱちさせながら答えた。


「どれくらい広いんですか?」

「あー、結構広いですよ」


 ルカが質問を続けると、答えにならない答えが返ってくる。


「何街区くらいあるのだろうか」


 ミアンナが住民に助け舟を出した。


「んー? どうすかねえ、十くらいはありそうかな?」


 確かに「結構広い」くらいの表現で済ませたくなりそうだ、などとミアンナはそっと思った。ルカが礼を言い、住民は去る。


「どの辺から理術が使われてたか、くらい判んないのお?」


 ツァフェンが質問または煽りを口にする。


「もう一度使われればすぐに判る。痕跡は、近くへ行けば判る。ただ、十街区を闇雲に歩くよりは指針を決めた方がいい」


 彼女はただ事実を返した。


「そっかー、此方と似てるかも」

「あなたも近くへ行けば、空室に出入りしていた人物と同じ痕跡かどうか判る、と?」

「判るよお」


 案外あっさりとツァフェンは答えた。


「何だか此方とミアンナくん、似てるねえー、つき合っちゃう?」


 ぱき、とリーネが小枝を踏み抜いた。


「広さがあり、各組織や商家が使っているとなれば、荷の種類も多岐に渡る」

「あー、無視したー」

「知らない顔がいても、他所の倉庫の関係者だと考える。侵入者には利点のようだが、そう簡単にはいかない」


 ミアンナは無視を続けた。どういう形で反応してもツァフェンを喜ばせるだけだ。


「知らない人間が多く通るなら、施錠も厳重。荷を外に出しておくようなこともないだろう」


 ルカが引き取った。ミアンナもうなずく。


「やっぱりミアンナくんはルカくんのほうがいいんだ? ルカくんもまんざらでもなさそ。ね、リーネくん、やっぱりお似合いかもねえ」


 ミアンナが相手をしないので、ツァフェンはリーネを標的にした。リーネは顔を引きつらせた。


「どこか特定の倉庫が狙いなのか、無差別なのか……どちらにせよ、現時点では推測の立てようもないな」


 ツァフェンの「戯言」を完全に無視してルカは両腕を組んだ。これは現状を鑑みてのことで、ついにツァフェンに耐えきれなくなって無視をしはじめた訳でもないだろう。


「ミアンナ、この前のように、中心に向かいながら理術の痕跡を探ってもらえるだろうか」

「承知した」


 もとより、ミアンナもそのつもりでいた。いまは理術の痕跡を探るしかない。


(ツァフェン殿は力を出し惜しみするだろう。おそらく彼には被害を未然に防ごうという意思はない。むしろ発動したほうが研究対象になると考えていてもおかしくない)


 白髪の男にどんな異能が実際にあったとしても、頼みにはできない。「使ってくれたら運がいい」くらいの感覚でいるのがよさそうだ、とミアンナは考えた。


「こうなると制服は目立つな」

「全くだ。次のためにも私服での調査を申請しておこう。……次なんてないほうがいいとは判ってるが」


 ミアンナの呟きにルカが同意し、付け加えた。


「でも、制服だから人が答えてくれる、という部分もありますよね」


 リーネがそっと言う。その通りだとルカはうなった。

 人から話を聞くには制服のほうがいいが、追跡には向かない。難しいところである。


「――ツァフェン殿」

「うん? なーに」

「同行してくれ」

「えー?」

「!!??!?」

「二手に? いいのか?」


 不審そうなツァフェン、衝撃を受けたリーネ、確認するルカ、と順に反応があった。


「ルカ殿、その上着は脱げるだろうか」

「そうだな、それがよさそうだ」


 倉庫に不似合いなきちっとした姿であることには変わりないが、軍服という印象はぐっと薄まる。


「私も」

「だっ、駄目ですミアンナさんはっ!」


 準礼装は原則として上着を脱ぐことがないため、そのなかはほぼ肌着である。リーネは止めた。


「一見、単なる無地の服に見える。問題ない」

「ありますよう……」


 うう、とリーネは抵抗したが、ミアンナが決めたら覆さないことも承知だ。理術士はさっと制服の上を脱いだが、少し肌寒さがあるため、それを羽織る形にした。厳めしさは減るはずだ。


「でも、それならわたしも」

「リーネは駄目」

「ええ!?」

「完全に肌着でしょう」

「うう……冬ならもっと着てるのに……」


 確かにリーネが普段から着ているのは、見るからに女性ものの下着という意匠だ。一緒に風呂に入ることもあるのでミアンナも知っている。

 ルカは礼儀正しく、聞こえていないふりをしていた。ツァフェンは興味なさそうだ。


「で、でも二手に分かれて、連絡はどうします?」


 二手に分かれたくないから、ということでもないだろうが、リーネが尋ねる。


「ルカ殿、何か信号を発せられるようなものをお持ちではないか」

「ううん……」

「ああ、開示に迷うものであれば『ない』としてもらおう」


 逡巡の理由を見て取って、即座にミアンナは言った。


「いや、大丈夫だ。躊躇してすまない」


 首を振ってルカは懐から、掌ほどの大きさをした四角い盤状のものを取り出した。


「それは大丈夫じゃないでしょー。ルカくん、また上官に嫌味言われちゃうよ?」

「嫌味くらい聞き流せばいい」

「罰もあるかも」

「受けるよ」


 どうにもあっさりと精鋭部隊候補生は言う。これまでの傾向からすればツァフェンが大げさに言っていると取るべきだが、ルカの性格からすると「たとえ厳罰を受けても事件を未然に防ぐほうが大事」とでも思っていそうだ。


(ヴァンディルガ軍の規則は知らないが、場合によっては降格や、鋼嶺隊内定の取り消しだって有り得るのではないか)


 そういう危険な橋は渡る必要はない、とミアンナは言ったつもりなのだが、ルカは逆方向に決意を固めたと見える。


「仕方ないなー、此方が協力してあげる。ルカくんはそれしまって。これ持って」


 大げさにため息をついてツァフェンが取り出したのは、小さな球体だった。


「はい、対魔研の秘密道具だよん」

「……それの方がまずくないか」

「これの権利は此方にあるからへーき」

「『秘密道具』に興味はあるが詳細は問わない。使い方はそちらで確認してくれ。リーネはこれを」

「はっ、はい」


 ミアンナはミアンナで、数枚の紙片を取り出した。


「魔術の(ふだ)。魔術師協会で手に入るような一般的なもの」


 これは身を乗り出してきたツァフェンへの説明だ。ツァフェンは「つまんないのー」と言った。


「私の魔力をこの札とつなげておくことで簡単なやり取りが可能になる。訓練で使ったことがあるだけだが、難しくはない」


 非常時用の装備品で、〈心の声〉と呼ばれる念話に近いことを行える札だ。

 想定されているのは「式盤を奪われた」だとか「拉致された」だとか、そこまでの「非常事態」だった。もうほかに手段がないというようなときの「念のため」。

 便利そうな道具だが、こうした魔術札は普段、公的に利用ができない。札の作成者である魔術師に念話の内容が漏れる危険性があるからだ。協会側では否定しているが、秘匿性に確証がない以上、国としては安易に使用できない。


(まさか急な別行動の連絡、という単純な手段として使うことになるとは)

(知られて困るような内容にはならないとは言え……想定外だらけだな)


 ミアンナはそんなことを思った。


「んじゃミアンナくん、此方と伴逢(ラウン)しよ」


 その言いようにリーネは牙を剥きそうになっているが、こらえているようだ。


「ふたりきりだねー、ミアンナくんのあんなとこやこんなとこ、見せてね?」

「りっりりりりりついは、いはい」


 リーネは「理律違背」が言えないほど、息も絶え絶えだ。


「おもしろー」


 ツァフェンはリーネをからかっていることを隠しもしなくなってきた。


「いい加減にしろよ」


 ルカもさすがに苦言を呈した。


「ミアンナ、ツァフェンの態度が目に余ったら放置してくれ」

「承知した」

「ふたりともひどー」

「ミアンナさん! 本当気をつけて……いざとなったらこう、そいつを理術で……」

「国際問題」


 本気だか冗談だか判らないリーネの――いや、本気と見るべきか――囁きにミアンナ自身は軽口を返した。


「ではツァフェン殿と私は東へ」

「リーネさんと僕は西側」


 その言葉を合図に、彼女たちは左右にさっと分かれた。リーネは後ろ髪引かれる様子ではあったが、専理術士が明確に指示したことに逆らうような真似はしなかった。


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