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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第六章

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01 何かご存知か


 過去に起きた魔術道具の事故現場は、町の北側だったと言う。

 そして、ミアンナが理術網で検知した熱量構文もまた、北で。


 ミアンナは素早くダリオス宅に取って返すと、事故のあった倉庫の場所を詳しく聞いた。庁舎で調べるつもりだったが、その時間が惜しい。

 それはサレントの町の北端近く――構文が使われたと思しき場所と一致した。


 生憎と、走って向かえるような距離ではなかったため、ルカが手早くヴァンディルガの馬車を用立てた。ヴァンディルガ駐在軍事連絡室のほうがカーセスタ外交使節所やサレント自治領庁舎より近かったからだ。

 ツァフェンは「狭いとこきらーい」とわがままを言ったが、「じゃあ歩いてくるか? 何か見逃しても文句を言うなよ」とルカにやられて渋々同乗した。



「ミアンナ、状況は?」

「弱い熱量構文が継続して使われ続けている。何かを熱している」

「何かは判んないの? 此方(こなた)やだよ、たどり着いた途端どっかーん! なんてさ」


 ツァフェンは「どっかーん」の部分を大声で言い、リーネをびくっとさせた。


「そんな危険なことになるならますます急いで、周りに人がいれば避難させないと」

「ルカくん、まっじめー」


 からかうツァフェンに反応せず、ルカは御者に速度を上げるよう頼んだ。


「危険があるかもしれない。近くまででいい」


 彼がそう付け加えるのを聞いて、白髪の男は笑う。


「御者くんを守って、『周りにいる人たち』が危険に巻き込まれないといーね?」

「……いい加減にしてくれないか」


 ルカの声が低まり、棘のある声音になった。何だかんだツァフェンを受け流していたルカも、これにはかなり本気で苛ついたようだ。ツァフェンは「こわーい」で済ませた。


(ツァフェン殿の言葉は、確かに人を苛つかせるが、一理ある。一理あるからこそ苛つかせる、と言うべきかもしれないが)


 もし火薬のようなものが熱されていたら? 御者を巻き込むまいと少し離れたところから駆けつけて、そのわずかな差で間に合わなかったら?

 だが、ルカもミアンナもそうしたことは考えたのだ。その上で選んだ。ミアンナはもとより、ルカだってリーネを巻き込みたくはない。ルカには軍人としての身体能力、ミアンナには理術があるが、リーネにそうした特殊な力はないからだ。

 それでも彼女を連れる。それを選んだ。手が要る可能性がある、という点を採った。

 なおツァフェンは自分でどうとでもするだろう――とミアンナはもとよりルカも思っていそうだ。本当に危険を感じたら、たとえルカが怒鳴ろうと軽快に逃げ出すだろう、と。


「……途切れた。何か勘づいた訳ではなく、休憩だろう」


 ミアンナは報告した。馬車のなかに少しほっとした空気が流れる。時間ができた。


「ご飯休憩? 悠長な復讐だあ」


 けらけらとツァフェンは笑う。


「『復讐』」


 ゆっくりとミアンナは繰り返した。


「何かご存知か、ツァフェン殿」


 執念、執着は確かに感じられる。しかし明確に「復讐」という話にはなってはいない。


「えー、こっちも怖いかおー」

「ツァフェン」

「ツァフェンさん」

「だから狭いところは嫌なんだよお、詰められるじゃん」


 ルカだけでなくリーネにまで「怖いかお」をされたツァフェンは唇をひん曲げた。


「何さ、みんなしてさー。此方は感情の痕が見えるって言ったでしょ。それだよお、忘れちゃったのー?」

「恨み、妬みと、明確な動機と標的のある復讐は似て非なるもの。何故、復讐だと? それもツァフェン殿にははっきり視えるのだろうか?」

「めんどくさー」


 ぼさぼさの白髪をかいて、ツァフェンは不服を隠そうともしない。


「似て非なるってミアンナくんが言ってんじゃん。そうだよ、判るの、此方には!」

「なら何故言わないんだ」

「言ってどうなる訳ぇ? ここまででその情報あって何か変わった?」


 ルカの問いかけに、ツァフェンは問い返した。ルカは答えに詰まる。


「無意味に思えても、それでも情報は共有するもの。もしこれが共同調査なら」

「ミアンナくんだって共有してなかったじゃん、職人のこと」


 ぶつぶつとツァフェンは呟いた。もっとも、それ以上の苦情は控えた。どうにも形勢が不利だと思ったのかもしれない。


「てかさ、ミアンナくんこそ、ほんとのこと言いなよ」


 突然そんなことを言うと、ツァフェンは狭い馬車のなかでミアンナの顔をのぞき込むようにした。これは、「少し首をかしげた」程度ではなく、わざわざ顔の位置をぐんと低くして本当にのぞき込むようにした、ということだ。


「本当のこと、とは何」


 ミアンナはまっすぐに返した。


「私は意図的に何かを隠した覚えはない。私が気づいていないことがあるなら言ってほしい」

「ずっる! ごまかしてこっちから引き出そうとしてるー」

「生憎だが全く心当たりがない」


 実際、ツァフェンが何を言っているのか見当も付かなかった。強いて言うのであれば、「別行動には届出が必要」というのが少し大げさだった、ということくらいだが、おそらくそれではあるまい。


(ツァフェン殿こそ出鱈目を言って私から引き出そうとしている、と見ることもできるが……あまり腑に落ちない)


 ミアンナはただ首をかしげ、ツァフェンは唇を尖らせた。


「ごまかしてるのはお前じゃないのか?」


 そこでルカがツァフェンを軽く睨んだ。


「復讐というのは、どうしてそう思ったんだ」

「仕方ないなあ、ルカくんにだけ教えてあげる」


 とツァフェンは言ったが、特に声を落とすこともなく、そのまま彼女たちの前で同じように話した。


「これは此方の考えだけど。恨みとか妬みってのはさー、自分が起点な訳。んで、自己完結してる」

「何だって?」

「そりゃ、相手に何かされたとか言われたとか、そういうきっかけもあるけどね? そこに苛立ちや怒りを覚えて相手を懲らしめてやろうとかってなっても、自己完結なの。自分だけで輪っかが閉じてるから」

「ううん、判るような判らないような……」

「対して、復讐はね」


 うなるルカを無視してツァフェンは続けた。


「復讐は、誰かのため、になりがち」

「誰かの――」

「そ。まあ絶対じゃないよ? 自分のための復讐だってある。ただ、誰かのための恨みってのはない」

「そこを言い切るのはちょっと判らないな」


 ルカは首を振った。


「たとえば身内が酷い目に遭ってその恨みを抱くとか、代わりに恨みを晴らすとかいうことは、ありそうに思う」

「前者は自分発祥でしょ。やだって思ったのは自分で、恨んでくれと頼まれた訳じゃない。んで、後者まで行ったらそれは身内のための復讐なんだよん」


 軽やかにツァフェンは答えた。


「でも、こういうのは難しいかなあ? 何しろ無感動お化けと、奇人変人級の善人ふたりだもんね」


 「恨み」というような感情は判るまい、ということらしい。ミアンナとルカはただ肩をすくめたが、リーネはむっとした顔を隠しきれずにいた。


「ともあれ、ツァフェン殿の切り分けは理解した」


 この弁論についてミアンナは万事納得したとは言いがたかったが、少なくともツァフェンがどう考えているかは判った。


「では、あなたは『視た』のか? たとえば、その人物が誰かのためを思っているような痕跡を?」

「ウケる! 感情の痕ってそんなふうに見えるもんじゃないのに!」

「あなたが説明しないんだから想像で話すしかないでしょうが!」


 ずっと大人しく我慢しているリーネも、ミアンナが馬鹿にされたと思うと「番犬」ぶりを発揮する。ツァフェンは嬉しそうにした。


(何を視ているのやら)


 「奇人変人級の善人」ふたりはどうやら、ツァフェンの格好の玩具だ。共同調査であることを無視すればルカが、ミアンナを貶めればリーネが感情を揺らすのを把握し、わざと行っているふしがある。


(私を揺らす材料を探すことも兼ねていそう)


 どんな形であれ、感情を視る男からすれば「無感動お化け」はさぞやりにくかろう、とミアンナは自嘲でもなくむしろ同情した。


「――アールニエ鋼嶺徒殿、そろそろご指示の区域です」


 御者がルカを呼んだ。車内に緊張が戻る。


「判った。適当なところで止めて、しばらく待機していてくれ」


 ルカは返し、それからミアンナを見た。


「まだ再開されていない」


 式盤を手にしてミアンナは答えた。


「熱するものが何であれ、日が落ちると冷えてくる時期だ。明るい内にまた動くはず」

「倉庫街とは聞いたが、どういうものが置かれているのかは判らないままだな……もし火薬の類があればまずい」


 庁舎で調べる時間があればよかったが、生憎と術者は動き出してしまった。塗料缶の件から三日目になることを思えば、妥当か――。


(三日目)

(そう、ダリオス家の塗料缶を破裂させた理術使用から三日目だ。むしろ何故、日を置いた? 続けざまに行っていれば、追えなかった)

(缶を破裂させたあと一旦不安になり、この数日でまた考え直した? 単に、数日ほどで調査が入ることを知らなかった?)


 カーセスタ人なら「理術の使用に申請が必要で、無許可であれば調査が入る」という認識はないかもしれない。だが、式盤を手に入れるのは容易ではなかったはずだ。かなり金もかかったのではないか。

 つまり、そこまでしておきながら、サレントにおける理術の扱いについて何の下調べもしていないというのは片手落ちすぎないだろうか。理術士はそんなことを考えた。


(まだ材料が足りない、か)


 いまはとにかく、何をしているのであれ、見つけてとめることが最優先だ。


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