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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第五章

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11 符合の一致

「しかし、その事故が何か? たとえ遺族にでも、俺が恨まれる筋合いはねえすけどね」


 当時の監督ならまだしも、そのときは一職人だったとダリオスは言った。


「では、監督や責任者は」

「誰でしたかね……言ったようにでかい現場でしたんで、左官組の棟梁や大工組の棟梁、それらが複数、という具合で頭がたくさんいまして」


 うーんと彼はうなった。


「あれなら判りまさあ、担当の役人。そいつならいろいろ覚えてるでしょうや」


 そう言ってダリオスは役人の名前と部署を彼女たちに伝えた。


「あの事故が関係あるんですかね? まあ、とにかく判ったら教えてくださいよ。それから、いつになったらあれを塗り直していいのか、連絡がなければ勝手にやっちまうぞと役所に伝えといてくだせえ」


―*―


「で? 事故ってなーに? 説明してぇ、ルカくぅん」


 外に出るなり、ツァフェンは言った。


「僕のほうは大した話じゃない」


 そんなふうに前置きして、ルカは前回の調査のことを話した。

 同じ事故に遭遇していたとある大工。その母親が案じて遺した式盤と、その孫娘が妹のために使った無許可理術。


「ふーん、つまんない事件。此方、いなくてよかったー」

「お前がいなくてよかったと、僕も思っている」


 ルカに辛辣なところが出始めた――と言うよりも、ルカの態度は一貫しているのかもしれない。ミアンナはそんなふうに思った。

 と言うのは、前に思ったことがあるからだ。


(タマラ殿に対してルカ殿は、何かしら自分自身を重ねたところがあったのではないか)

(子供なのであれば見逃すべきだ、というあのときの彼の主張は、何も彼が底抜けに甘い善人だから、というだけではない)


 知っているのではないか。我がことの痛みとして。子供の立場で事件に巻き込まれるということが、どういうことかを。


「それでぇ?」

「それだけだよ」

「違う違う、ミアンナくんに言ったの」


 ひらひらとツァフェンは手を振った。ミアンナは片眉を上げる。


「私が、何?」

「ルカくんが『僕のほうは』って言ったじゃん? つか、ルカくんも思ってるんでしょ、ミアンナくんが何か知ってて黙ってるって」

「いや……そこまでは……」


 どうにも嘘のつけないらしい鋼嶺隊候補生は、言葉に迷った。


「隠していた訳ではない、と言っても無意味だろうが」

「無意味だねえ」


 即座にツァフェンが茶化した。


「簡潔に説明する。カーセスタで、『古い魔術道具の事故で酷い目に遭った』と話す職人がいた。どうも様子がおかしいと感じて近隣の事故について調べたが該当するものはなく、気にかかっていた。それが、サレントでの出来事だった可能性が出てきた、というところだ」

「……ちょっと端折りすぎじゃなぁい?」


 説明が足りない、とツァフェンは不満顔を見せた。


「しかし、ほかに言うことがない」

「何で気になったとかは?」

「話運びが不自然に感じた、というくらいだ」

「……ふーん」


 納得したのかしないのか、ツァフェンはそれ以上の追及をしなかった。


「あのときの装飾職人が今回の術者である、と判断するには情報不足だが、奇妙な符合の一致ではある」

 ミアンナはまず、そんな前置きをした。


「仮に、あの職人が何かしらの企みを持っていたのであれば、私の理術をじっと見ていたのも、『不思議な魔法』を怖れていたのではなく、理術がどんなふうに稼働するのかを観察していたのかもしれない」


 見られたからと言って技術を盗まれるようなことはないが、万一にも彼が術者であったなら、式盤を実際に使うための心理的な準備くらいにはなったかもしれない。


「なんだー、じゃあ今回の事件ってミアンナくんのせいー?」

「全っ然そんな話じゃないと思いますけど!」


 リーネの声に怒気がこもった。


「そもそも、関係があるとも言い切れない」

「魔術道具の事故なんてそうそう聞かないが、断定できないのは判る」


 ミアンナが言えばルカもうなずいた。


「となると、やはりひとまず庁舎を訪ねて――」

「あ、此方は庁舎とか行かないから。行くならルカくんだけ行ってねえ」

「お前なあ」

「ああいう、ニンゲンが出たり入ったりする建物はきらーい。さっきは中に入らないから行ったんだよお」


 全く悪びれずにツァフェンは言い放つ。


「対魔研の建物だって人の出入りくらいあるだろ? 僕は行ったことないが」

「あそこは此方の部屋もあるからね。縄張りだから問題ないの」

「縄張りって……」


 ルカは呆れた顔をした。


「現時点で、追える情報は追ったものと思う」


 そのやり取りを横目に見ながら、ミアンナは現状をまとめた。


 まず判ったのは、不自然な出入りがあった隣家の空室から、ダリオス宅の庭へ射線が通ること。侵入者の痕跡があったことからも、そこから理術が使われた可能性は非常に高い。ほぼ確定としていいだろう。


 次には、屋台で繰り返しカーセスタ銀貨を使った、見慣れない人物がいたこと。これだけで「最近カーセスタからきた」と断定するには弱いが、参考にはなる。

 空室にいた人物と屋台で見かけられた人物が一致しているとするのはツァフェンの能力、または調査によるが、ミアンナ側が疑う理由も特に思い当たらない。


 それから、ダリオスの話。ダリオスまたはダリオス宅が標的にされた原因はまだはっきりしないものの、「魔術道具の事故」という過去の出来事が何かしらの引き金になっている可能性が考えられる。ミアンナがラズトの収穫祭で行き合った装飾職人の不審な態度と関わりのある可能性も、また。


(やはり事故について尋ねに庁舎へ向かうべきか。追ってイゼリア・ホウラン応理監から依頼がある、とあらかじめ伝えて――)


 そこまで考えて、彼女はぴたりと動きを止めた。


「ミアンナさん?」


 いち早く気づいたリーネが、どうしたのかと問いかける。


「熱量構文を検知した」


 呟くような彼女の言葉に、全員が――ツァフェンでさえ――ハッとした。すっとミアンナは顔を上げる。


「北だ」


[第六章へつづく]


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