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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第五章

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10 何故だったろうか

 理術士と理報官が別行動をするには届出が必要だ、というのは少し話を大げさにしただけで、実際には「事前連絡が望ましいが、現場判断によって急遽決定したなら事後でもかまわない」「その際は理術士だけではなく理報官も報告書を上げるべし」くらいの話でしかない。

 ミアンナが「事前に必要」であるかのように思わせたのは、ツァフェンの提案を退けるためではあったが、式盤の出どころを探ること自体は重要だ。


(式盤作製技術の秘匿性からも、サレントで作れるとは考えがたい。カーセスタから持ち込んだなら、関所の記録に手がかりがあるかもしれないが……自治領庁舎への問い合わせならイゼリアの名がないと難しいだろう)


 イゼリアはおそらくミアンナに一任すると言うだろうが、サレント側からは応理監の署名なり許可証なりが求められるはずだ。


(ダリオス宅をルカ殿に任せて一旦戻るか? しかしツァフェン殿も言うように、共同調査中に二国が分かれるのは望ましくない)


 ルカならば得た情報を包み隠さず伝えてくるだろうがツァフェンには期待できない――というばかりではない。仮にミアンナがルカとツァフェンの両者を心の底から信頼していたとしても、「カーセスタの使者」「調律院の専理術士」「ラズト支部の統理官」として「見ていませんがそう言っていたので正しいと思います」などと報告を上げられる訳がないのだ。


「あの、ミアンナさん」


 ミアンナが考えていると、そっとリーネが声を出した。


「あの……わたし、ルカさんとだったら我慢できますから、必要だったら……」


 自分が嫌がったせいでミアンナが別行動案を潰したのではないかと考えたらしく、彼女は意を決した顔でそんなことを言ってきた。リーネ自身は意識していないだろうが、「ツァフェンとでは我慢できない」という文脈にもなり、さもあろうとミアンナは思った。


「有難う。ことによっては少しお願いするかもしれない」


 慎重にミアンナは答えた。そんな必要は生じないから大丈夫、と言い切るにはまだ不透明すぎる。


「ひとまずダリオス宅へ戻ろう。調査が行われていることに気づいた術者が様子を見にくることも考えられる」


 焦って式盤を稼働させてでもくれれば特定も容易になるが、そう巧くはいかないだろうとも判っていた。


(執念……執着、か)


 どんな理由があるにせよ、それはどういった「気持ち」なのだろう。

 馬鹿げていると思わないのか。思っても止められないのか。強く正当性を信じているものなのか。


(状況や人物にもよるのだろうが)

(何にせよ、理解が難しい)


―*―


 ダリオスは先ほどと変わらぬ威勢のよさで再度の訪問に応じ、彼女たちを家に招き入れると、こんな嫌がらせを受ける心当たりはないと言った。


「そりゃ現場じゃ、あれこれ罵詈雑言も飛び交いますがね。安全に、正確に、かつ手早く仕上げたいから出てくる言葉して。いがみ合ってる訳じゃねえし、俺らにとっちゃ日常ですよ」


 その言葉にミアンナは収穫祭での職人たちを思い出した。あのときミアンナは言い争いをやめさせたが、確かに彼らにとっては普通のやり取りなのだろうとも感じた。


「もしやダリオス殿は監督者のようなことをされているだろうか」


 一職人よりもまとめ役らしい発言に感じてミアンナは問うた。


「へえ。最近は棟梁やら監督役やらが増えとります。若えのが慕ってくれましてね……とは言え、下で監督に文句言ってたほうが気楽でしたなあ」


 わははと職人は笑った。


「――過去に関わった現場で」


 ふと、その言葉が浮かんだのは何故だったろうか。

 気にかけていたから。

 あの日のことを思い出したから。


「魔術道具の事故などがあったことは?」


 その問いかけにダリオスは目をぱちくりとさせ、それから小さくうなった。


「あー、ありましたや。道具の爆発があって、石材の下敷きになって何人か死んでね。俺ぁ無事でしたけど、ひでえ事故でしたよ」


 その答えに、ミアンナは首筋の毛が逆立ったように感じた。


「石材の下敷きに……聞いたことがあるような……」


 ルカが首をひねり、それからハッとした。


「もしや十年ほど前ですか? ほかの街区……北街区の大工なども関わるような、大きな現場では?」

「あ? ああ、そうだな、そうだった。自治領主導のでかい現場で起きたもんだからわりと騒ぎになりやした。誰かが道具をいじってたなんて与太話も出たんですが、最後には道具が古かったせいらしいと判りまして」


『古い道具を使っていたら』

『そりゃ所有者のせいじゃありませんかね』


(まさか)


「なになにー? ふたりとも心当たりのあるかおー」

「心当たりと言うほどじゃないが、その事故をきっかけに……まあ、少し聞いたことがあったんだ。知りたければあとで話す」


 数月前の無許可理術事件。タマラの祖母が質量構文を遺したのは、「自分の息子がそんな事故に巻き込まれたとき、助けられるように」という願いによると推定できた。


「当時の現場は判るだろうか」

「ええと、町の北側に近い、山岳の方の開発地帯でしたっけね。岩場を崩すところからはじまって。最初は住宅地になる予定でしたけど、開発で死人が出たなんてケチがついたもんで、結局倉庫だとかそうしたものが建つことに変更されたんすよ」


 当時を思い返しながらダリオスは語った。


「左官屋としちゃあ、仕事が減ると抗議したんですがね。ま、お上の言うことも判る。引いてやりましたよ、実際には補償も出たからですが」


 またしても職人はわははと笑う。死亡事故も笑いに変える精神は無神経とたくましさの狭間だ。


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