06 つき合っちゃう?
どうやらダリオスにやましいところはなさそうだったが、心当たりもなさそうだった。意図的に彼の家が狙われたのか、たまたま塗料缶が術者の目に入っただけなのか、それにはまだ何の手がかりもない。
「あのさー、いい? ミアンナくん」
「何だろうか」
「熱量構文ってその名の通り、熱を加える訳?」
きたな、と理術士としてミアンナが警戒したとしても、彼女はそれを顔に出さなかった。
「その通り」
「んじゃ、もし下手人がダリオスに恨みを持ってたら、缶より本人を熱しちゃえばよくなーい? 缶を破裂させる熱を人間に加えたら一発でしょ」
何とも恐ろしいことをさらりと言ったツァフェンに、リーネが顔を引きつらせる。
「まず、可能か不可能かで言えば可能。だが容易ではない。生き物は抵抗するし、常に動いているから」
理術士はまずそんなことを言った。この「動いている」は身体の内部が動いているという意味合いだが、そこまで言わなくてもいいだろうと判断した。
「その上で、理術士ではない者が式盤を操ったとしよう」
そこでミアンナは少しツァフェンを見た。「式盤」の一語に引っかかっている様子はない。やはり基礎知識くらいはありそうに見えた。
「理術士が、誰でも使えるような形で強い構文を式盤に残すことは考えづらい。単純に、危険だから。次には、自分の責任になるから」
「では、弱い構文だと?」
ルカが問う。
「暑い日に缶が破裂することがあるというのは、長く日に当たることで内部が高温になるためだ。同じように、日差しより弱い熱であっても、長く術を使い続けることで?」
「当たりだ」
鋼嶺徒の考えを聞いて、理術士はうなずいた。
「実際、この庭に残る痕跡はごく弱い。だが一点に集中させて使えば……それにしてもそこまで精度の高い術を行える式盤があるのも奇妙だが……」
前回ルカにも説明したように、「誰にでも使える」式盤には様々な制限がある。また、もし絵筆のたとえを使うのであれば、精度の高さは狙ったところに寸分違わず線を引く能力のようなものだ。やはり専門家――理術士が必要。
「なら、やったのは理術士ってことなんじゃない? あ、『理術士はそんなことしない!』みたいな感じ?」
(煽っている? 私を怒らせたいのだろうか)
「煽っているのか? おかしな言い方はよせ」
ミアンナが答える前にルカがツァフェンをたしなめる。
ヴァンディルガの同胞から言われたツァフェンは、しかしケラケラと笑った。
「ルカくんとミアンナくんおんなじ顔した! ウケる!」
毒気を抜かれるとはこのことだな、とミアンナは思った。
「えー、ふたりって相性いいんじゃない? つき合っちゃう?」
「ふざけないでください」
リーネが低音で口を挟んだ。
「そういうのは、えっと、あの」
反射的に割り込んだものの、続ける言葉が思いつかないようだ。
「カーセスタでは、個人の選択や権利について他人があれこれ言うのは礼に適わないとされる」
すっとミアンナがフォローした。すみません、とリーネは小さくなる。
「聞いたことがある。理律違背、だったか」
ルカが思い出しながら言った。ミアンナはうなずく。
「へー、お行儀いいんだねえ。此方には向かなさそー」
ひらひらとツァフェンは手を振って、それからルカをのぞき込むようにした。
「ルカくんには合いそ! いっそミアンナくんと結婚しちゃう?」
リーネがうなりそうになった。
「戯言が終わったなら本題に戻ろう」
あっさりとルカは切り捨てた。
(なかなか言う)
ミアンナは少し感心した。
(それにしても、軽さに騙されそうになるが、ずいぶん危うい台詞)
軽口とは言え、ツァフェンはヴァンディルガの精鋭隊候補生に向けて、カーセスタ女と結婚して国を出てはどうかと言ったのだ。
(ヴァンディルガへの愛国心がないものと見るか)
(はたまた、ルカ殿こそが危ういか)
逆説的にルカに釘を刺したとも取れる。カーセスタに肩入れするなと。
「理術士かどうか、という話だったな。『そんなことしない』と言うのであれば、しないのではないかと思う」
話を戻してミアンナは言った。ツァフェンは面白がるような顔をした。
「もっとも、それは同胞を信用しているという意味合いよりも、全く意味を感じられないという点において」
理術士ならば、サレント自治領での理術が禁じられていることも、無許可で行えばこうして調査が行われることも知っている。
それを押して、無許可で熱量構文を使い、缶を破裂させる。何のために?
「何かしらの実験であるならば、理術士には使える施設もある。動機はどうあれ嫌がらせの類であったとしても、直接的な構文をひとつ長々と使って缶を破裂させるような行動は、理術士らしからぬ選択」
もっと巧いやり方がいくらでもある――と言うのは控えた。
理術士には強い倫理観が求められる。そう、熱量構文を人間に向けて使うような真似をしないためにも。
しかし、倫理にもとる行為を絶対にしない、とは言えないだろう。理術士も人間だ。
たとえば、先日のタマラの件。彼女の祖母は息子を守ろうと、制限のかかった式盤を限界まで使って質量構文を書いた。
悪行ではないが、理術士の倫理からすれば褒められない話だ。あのときミアンナが言ったように、不慣れな者が使えばより悲惨な事故を招きかねない。理術士には、情よりも理を優先する倫理観が必要なのだ。
それでも、タマラの祖母は構文を遺した。守るべきものを守れるように。
(愛情、と言うのか)
(大事なものだというのは理解できるが……私の考えではやはり、天秤に換えられるものではない)
「ダリオス殿によれば、この辺りに理術士はいない。当人はもとより、先日のように故人の式盤が遺っている可能性は低いだろう」
よぎった思いに覆いをかけて、ミアンナは両腕を組んだ。
「となれば、廃棄されるはずのものが出回ったか」
「えー、出回るとかあるんだ? 結構、管理が雑だねえ」
「絶対数は少ないが皆無とはいかない」
ツァフェンの煽りだか純粋な感想だかに、ミアンナはただ事実を返した。
「とは言え、廃棄されるものは廃棄されるだけの理由がある。刃こぼれした剣で真っ当に戦えるだろうか?」
「普通の道具と変わらない、という話だったな」
ルカはミアンナの説明を理解した。
「刃こぼれしてても、子供が振り回して子供傷つけるくらいはできちゃうでしょ」
「まさしく」
素直に納得しないツァフェンが言えば、ミアンナはうなずいた。同意されるとは思わなかったのか、ツァフェンは薄い金色の目をぱちぱちとさせる。
「私は、夜に破裂させたのは被害を抑えるためか人目を避けるためと考えた。だがこの痕跡からすると、弱い構文を数時間に渡って破裂するまで与え続けたと解析できる」
「あ……じゃあ、夜中だったのは、たまたま?」
リーネがはっとして言った。ミアンナはうなずく。
「『数時間に渡って』と言ったが、塗料缶のような小さなものに標的を合わせ続けるのは困難だろう。休み休み行っていたと推定できる」
「いつ破裂する温度に至るかは、術者にも判っていなかった……?」
ルカが考えるように言い、やはりミアンナはうなずいた。
「計算の上という可能性もないことはないが」
低いとは思うものの、公正に付け加えた。
「そこまでして缶ひとつ破裂させるって変なの。此方ならやらないなー」
けらけら笑ってツァフェンは言ったが、その通りだとミアンナも思った。
「目的があるはず」
ただの戯れとするには奇妙だ。
「ミアンナ、あれを見てくれ」
ルカが彼女を呼んだ。
「あの鐘撞堂……上からここまで射線が通る。理術は届くか?」
彼の指した鐘撞堂の上部からは、確かにこの庭までまっすぐ見通せるようだった。
「届かないことはないが……」
見上げながらミアンナは目を細めた。
「二十ラクトはありそう。となれば、求められる精度は想像を絶する。弱い構文の式盤とは相容れない」
専門家ではない者が威力の弱い式盤を長時間使っていた、という仮定に基づくなら、かなり難しい。ミアンナが愛用の式盤を使っても、かなりの集中力を必要とするだろう。
「そうか。無理のない距離で考えるなら」
ゆっくりとルカは周囲を見渡した。
「――そこの二階は」
彼が一瞥したのは、ダリオス宅の隣家だった。まさか、とばかりにリーネが目を見開く。ツァフェンは手を叩いて笑った。
「そんな近くで専理術士が検知できてないことある!? ウケる!」
「ツァフェン」
たしなめるようにルカが呼ぶ。リーネは睨み、ミアンナは肩をすくめた。
「そうだな」
検知できていないことはある、という点について彼女はただ認めた。
熱量構文をはじめ、ほとんどの構文は発動先に痕跡が残りやすい。発動元が明確に取れるのも、情報が必要になるのも、位相構文くらいだ。
しかしそこまで解説してやることはない。




