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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第五章

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04 少々の被害

 サレント自治領、外交使節所長室――。

 イゼリア・ホウラン応理監は、にこやかにミアンナとリーネを迎えた。


「やはりラズトはカーセステスより近いな」

「当たり前」


 「会えて嬉しい」という内容の台詞だと理解した上で、ミアンナは表面上の返事だけをした。


「収穫祭はどうだった? 私も訪れたかったが、執務佐に止められた」

「当たり前」


 楽しげに尋ねるイゼリアに、ミアンナはまた淡々と返した。


「あの、ミアンナさんは収穫祭で、誘拐魔を捕まえたんですよ」


 本人が言いそうにないので、リーネが暴露した。ミアンナは珍しく唇を歪める。


「何だって? 大した活躍じゃないか、我らが統理官は」

「あなたの統理官になった覚えはない」

「では『リーネの』」

「わわわ、わたしの……!?」

「『ラズト支部の』」


 統理官はこれまた当たり前の訂正をした。


「そんなことより、状況は」

「無許可の理術使用」


 面白がるような顔のままでイゼリアはミアンナの軌道修正に乗った。


「こうして私が呑気にお前を揶揄(からか)っている通り、大事ではない。お前なら基礎構文だけでどうとでもできるだろう。ただ、少々の被害が出ている」

「被害?」


 大事ではない被害とはどの程度のことなのか、ミアンナは首をかしげる。


「壁が派手になった」

「何?」


 ミアンナは聞き返し、リーネは目をしばたたく。


「まずは、最初の報告を伝えよう」


 イゼリアは指を一本立てた。


「夜中に大きな音がした。何か爆発したような音で、周囲の者は慌てて安全確認をした。すると、ある家の玄関先に置かれていた塗料缶が破裂したのだと判った」

「あ、危ない」


 リーネは口に手を当てた。


「幸い、夜だったので周囲には誰もおらず、怪我人もなし。翌朝明るくなってから確認すると、塗料がその家の壁を派手に黄色く塗っていた、と」

「当人の家?」

「そう、塗料缶の持ち主の家だ。他人の家なら喧嘩騒ぎだろうな」

「その破裂が、理術によるものだと?」

「同じ時間帯にその付近から熱量構文が検知されている」


 イゼリアはうなずいて説明を続けた。


「暑い時期には缶が破裂する事故も稀ながらあるらしいが、もう寒くなりつつある。持ち主は左官もやっているが、この時期の破裂は考えがたいと言っているそうだ」

「成程」


 だいたい把握できた。ミアンナもうなずく。


「熱量構文で缶を破裂させるという行為に『善意』は見出せそうにない。夜に行ったというのは安全を期した訳でもなく、人目を忍んだと考えるのが自然」

「じゃ、じゃあ恨みとかですかね……?」


 おそるおそるリーネが口を出した。


「本人が職人なら壁はすぐに塗り直せるだろうが、調査が終わるまでは待ってもらっている。しばらくは笑い話の種にもされるだろう。復讐にしてはささやかだが、はてさて」


 イゼリアは肩をすくめた。


「では、クネル専理術士。調査を頼む」


―*―


 冬の入り口にかかったサレントの町は、数月前よりぐっと冷える。とは言え、外套を身につけるほどではなく、ふたりは前回には結局不要だった略式制服のマントを羽織って朝の町を歩いた。


「今回もヴァンディルガからはルカさんがくるんですよね。あともうひとり……あの、何でしたっけお名前」

「書類には、ツァフェン、とあった」

「ちょっと発音しづらいですね……聞き慣れないし、ヴァンディルガ式の名前なのかな」

「文献でも見たことはない系統の名前」

「え、じゃあもっと異国の人とか?」


 カーセスタとヴァンディルガの文化はかなり異なる一方、言語はほぼ同じで、単語の抑揚が多少違うくらいだ。双方の隣国ナイリアン辺りまでは同様だが、そこより遠くとなるとほとんど印象がなく、かなり「想像」が混ざることになる。


「出身までは紹介されないだろう」

「いまはヴァンディルガの人ってことですもんね」

「名前や出身より気になる記載もあった」

「そうでした」


 そっとミアンナが言えばリーネも眉をひそめた。


「対魔術研究所員……でしたっけ」


 前夜に渡された資料によると、ヴァンディルガ側の使いは前回同様ルカ・アールニエ鋼嶺隊候補生と、ツァフェン対魔術研究所員。ミアンナも聞いたことはあったが、詳細は知らない。ヴァンディルガの人間でも詳しく知る者は少ないだろう。それはまるで伝説のような研究所だからだ。

 ヴァンディルガは魔術師を信用しない。しかし警戒はする。その思想が対魔術研究所に現れている。

 魔術師ではないが何らかの特殊な力を持つ者を集めて魔術への防護策を練っているという噂はまことしやかに流れていたが、カーセスタ王国の密偵でもその真実ははっきり掴めていない。


(それがまさか、こんな事例で出会うことになるとはな)


 理術と魔術は違う。理術士にはそれは明らかだが、理術士でない者には掴みづらい感覚だろう。理術士は魔術の基本を知るが、魔術師はほとんど理術を知らない。となれば、対魔術研究所員が理術の調査に来るというのは、理術について探るためでもあるのかもしれない。


(あまり特異な構文は使わないほうがいい……さらりと言っていたが、イゼリアの意図はそうしたことだろう)


 「お前なら基礎構文だけでどうとでもできるだろう」という応理監の物言いはつまり、ヴァンディルガでも概要を掴んでいそうな基礎だけで何とかしろという意味だ。


(それもあって今回も私の年齢が役に立つ、と)


 ジェズルではなくミアンナである理由のひとつ。頼りないと軽んじられた方が都合がいい、という珍しい状況だ。


「とは言え、特に力むこともない。先日と同じように、術者を特定するだけ」


 内心をよぎったあちらやこちらの思惑については何も口にせず、ミアンナは何でもないように言った。


「そうだな、いっそ対魔術研究所対策に、小生意気な子供のふりでもしてみるか」

「ふふ、駄目ですよ。ミアンナさんが立派なのはもうルカさんが知ってます」


 ミアンナの軽口はリーネに伝わり、理報補官は少し緊張を解いたようだった。


―*―


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