02 区切りをつけないといけない
「小さな事故でも、この近辺なら支部から何らかの処理のために理術士が出向いていることは有り得る。その記録をお探しに?」
「そう。でも、ウィントン殿に苦労をかけただけで終わるところ」
ミアンナが状況を説明すると、名を呼ばれた資料塔担当官は、とんでもないとばかりに首をぶんぶんと振った。
「わ、判らなかったと判るのも、資料を見たから」
「それもその通りだ」
ウィントンは自分の作業もミアンナの精査も無駄ではないと言い、ミアンナは同意して感謝の仕草をした。
「ところで、これをあなた方おふたりに問うのは申し訳ないのだが」
ふとミアンナは口調を変え、ウィントンとジェズルを交互に見た。
「ハイム殿が意図的に記録を隠す……記録を残さないことは可能だったと思うか」
引退した前統理官の老ハイムをミアンナは直接知らない。ただ、この数ヶ月の支部生活で、「非常に優秀な理術士である」「誰もがハイムを好いている」「少々『やんちゃ』なところもあった」といったことは理解した。
突然の問いに、ハイムを知るふたりの男は顔を見合わせる。
「老先生はそんなこと、しないと……は、言い切れないけど……」
「ううん……そうですね、絶対にしないとは言い切れないものがありますが……」
ハイムを慕い、ささいなものとは言え彼の過ちを自分の咎だと言ったウィントンと、ハイムを尊敬し、多くを教わったと言うジェズルが揃って言葉を濁した。
「その、人となりはともかく、可能か不可能かというお話ですね。ご存知の通り、ほとんどの書類はゾラン殿も確認しますので難しいとは思いますが……悪い言い方をするなら『隙を突けば』可能だったかと」
公正にジェズルは恩師を評価した。
「有難う」
腹を立てたりかばったりせず正直に答えてくれたふたりに、ミアンナはまず感謝した。
「何も、ハイム殿が悪事を目的に何かを隠したと考えている訳じゃない。判断違いや記載漏れが生じることだってあるだろう。特にこれは」
ミアンナは見ていた資料を指した。
「重大な記録と言うよりは『念のため』だ。忙しいときに単純に後回しになり、そのまま失念してしまうことだってごく普通に起き得る」
「ごめんなさい」
ウィントンが頭を垂れた。
「何故?」
ミアンナは目をぱちくりとさせる。
「資料が正確でないのは……資料塔担当官の責任かと……」
「あなたが紛失したのであれば、それはそうだが。持ち込まれた時点で欠けている記録は、どう考えてもあなたのせいではない」
ぼそぼそと言うウィントンに、ミアンナは首を振った。
「でも……」
「ミアンナ殿の言う通りだ、ウィントン。文書管理課はそんなに厳しかったのか?」
「ウィントン殿は、王都にいたのか」
ジェズルの問いに乗る形で、ミアンナは尋ねた。
「え、は、はい」
こくりとウィントンはうなずく。
「文書管理課」とは読んで字の如く、文書を管理する課である。王都の巨大な図書館の一角にあり、ひっきりなしにやってくる要請に合わせ、各種資料を取り出したりしまったりし続けるのだとか。
もちろん、それは他人の目に見えるところだけの話で、実務は様々なのだろうが。
「資料が、たくさんあるのはいいんだけど……あそこはすごく……目まぐるしくて」
ぽつぽつとウィントンは言った。速度についていくのが大変だったのだろうと類推できた。
「老先生が、呼んでくれたんです。こっちに」
「――そうなのか」
王都でたまたま知り合ったハイムが、ウィントンはひとりで管理するほうが力を発揮すると見て取り、ラズトへ招聘した。途切れ途切れに話すウィントンの話はそうしたことだった。
(成程、それはかなりの恩人)
慕うのも道理だ。
(加えて支部員たちは彼の温度を尊重している。おそらく、最初から)
(ウィントン殿にも、このラズト支部は「居心地がいい」のかもしれない)
イゼリアとリーネの言葉を思い出してミアンナは考えた。
「ともあれ、生憎と探す情報はなかった。情報というのはないことのほうが多いものだが」
特に資料や文献を当たって、求めるものがぴたりと書かれていることなどまずないのである。
「あと調べるとすれば出動記録……」
そこまで調べる意義があるのかとミアンナは自問した。
仮に、事故の記録が見つかったとしてどうなのか。逆に、事故なんてなかったとしたら。
(「ない」ことを見つけるのは困難。どこかでは区切りをつけないといけない)
統理官兼主理術士の仕事はいろいろある。
「本業」とも言えるヴァンディルガ方面の日々の分析にはじまり、ラズトの町および近隣に関する記録、報告の確認、町びとからの相談も稀にあって、それぞれの状況によっては自身またはジェズルを派遣し、調査や解決を行う。支部の細々とした決裁も彼女の仕事だし、本部との連絡や、受け取った情報の精査、やることだらけだ。
いつまでも「気になっているが明確な根拠のないこと」にかかずらってはいられない。
判ってはいるが、答えの出ないまま終わらせるのは理術士としても彼女個人としても好ましくないことだ。
(作られた枠が全く埋まらないまま、というのはどうにも――)
そのとき、ふたりの理術士が同時に式盤に手をかけた。理術網が構文を検知し、彼女たちの式盤に知らせたのだ。その急な動きに、気の毒なウィントンはびくっとする。
「サレントからの通信だ。またしても……」
「第二級通信――緊急報か」
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