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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第四章

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10 考案したのは

「お、始まる。注目注目!」


 ドンドンドン、と低い音が三回連続で鳴り、レオニスが全員の注意を引いた。

 と、大輪の赤い花が暗い夜空にぱっと描かれた。わあっ、という歓声と大きな拍手。みな、これを待っていたのだ。

 次いで黄色、青、白、と大きな花火が上がり、そのたびに人々は沸き、拍手が続く。


「何だか嬉しいです。みんなが喜んでると。へへ、おかしいですよね、わたしは何もしてないのに」

「リーネはみなを支えている」

「ええっ!?」


 すっとミアンナが言うと、リーネは目を見開いてミアンナを見た。


「少なくとも私は支えられている」


 勝手に全員の代弁はできないとばかりに彼女は付け加えた。リーネは先ほどのフィンに負けないほど真っ赤になる。


「ミ、ミアンナさん……」

「いま、すっごい殺し文句が聞こえたっすね」

「あれ、もしかしてミアンナ嬢、口説いてる?」

「何を言っているんだ」

「外野は黙っててください!」


 イストとレオニスが口を挟む。ミアンナは呆れたように首を振って、リーネは噛みつくように怒鳴った。セフィーヌはくすくす笑っている。

 すると夜空に次の花が咲いた。


「うおっ、三色混合!? これ初出しじゃねえの」

「ミアンナ女史の構文っすか?」

「少し協力したが、主体はジェズル殿だ」


 空を見上げながら彼女たちは話を続ける。


「私が考案したのは――」


 観客がどよめいた。多数の光の曲線が、まるで流星群のように夜空を大きく横切ったからだ。


「うお」

「すげ!」

「わ、すてき!」

「まあ……何て美しい……」


(ジェズル殿、巧くやってくれたようだ)


 構文の考案はミアンナ、数日前の試し上げもミアンナがやっていた。しかしジェズルは直前の伝聞だけで、見事にそれを再現してくれた。

 一際大きな歓声と拍手、指笛などが響き渡る。


(昨日の打ち上げ場所でも、こうした声はかすかに聞こえていたが)

(――少しだけ)


 そっと式盤を取り出すと、催しで行った理術を基礎にした構文を編んだ。音はジェズルのほうにいくらか近くなったはずだ。


(この声はジェズル殿にこそ届けられるべきだ)


 副理術士は気づいて笑っただろう。


―*―


 時間にしてほぼ一刻近く、花火は緩急をつけながら打ち上がり続けた。

 ミアンナは理術士として理術士ジェズルを案じたが、レオニスは「去年もやってるし平気平気」と気楽なものだった。


「ミアンナ嬢、有難うね、うちのジェズルを気にかけてくれて」


 ジェズルの理報官がそんなことをしみじみと言ったのは、支部への帰途でのことだった。イストは関係各所に挨拶をしてから今夜は実家に泊まるとかで、先ほど分かれた。


「当然のことだ。ラズト支部(うち)のジェズル殿でもある」


 主理術士はそう応えてうなずいた。


「……ジェズルさんの評価、やたら上がってません? そりゃ、さっとおひとりで引き受けたのは格好よかったですけど……」


 リーネはもそもそと呟く。


「やはり……遠くのルカさんやお子様のフィンより警戒対象……」

「ん? ルカって誰?」


 レオニスが問うとリーネはぎょっとした。


「えっ、声出てました!?」

「ばっちり出てた」


 うんうんとレオニスがうなずく。


「ルカさんは、サレント自治領で関わったヴァンディルガの若い軍人さんです。『精悍!』という感じの若い男性で、顔がすごくいいという訳ではないですけど、妙に爽やかで、たぶん魅力的というやつです」


 苦々しい顔つきでリーネは説明した。


「へえ」


 レオニスは面白がる様子だ。


「そいつ、ミアンナ嬢に手ぇ出したの?」

「そんなことしたらサレントから生きて出しません」

「おお、国際問題!」


 身を縮めてレオニスは震えるふりをした。

 などとリーネとレオニスがふざけている――リーネは半ば本気だが――前方では、ミアンナとセフィーヌが話していた。


「すまないが、念のために明日、式盤を見てもらいたい」

「もちろんですわ。何かございましたか」

「石畳に落としてしまった。その程度でどうにかなる強度ではないが、定期点検もそろそろ依頼するつもりだったから」

「落として……?」


 セフィーヌは首をかしげた。


「もしや、左腕を掴まれたというのは、式盤を持っていたためですの?」


 はっとしたように技術官は尋ねた。ミアンナはただ肩をすくめた。


「まあ、何てこと。式盤を落とされては理術が使えませんでしたでしょう。どうやって狼藉者から逃れられたのです?」

「ああ、簡単なこと」


 彼女は首を振った。


「理術士は、魔術師でもある」

「――そうでございましたわね」


 理術と魔術は全く異なる術だが、それでも理術士は最低限の魔術教育を受けている。魔力のある者は、魔術師協会で必ず基礎を叩き込まれるからだ。


「ですが、理術士の方が魔術をお使いになる例はあまり伺いません」

「理術士であれば理術を行う方が便利。魔術を使う意味がない」

「危急の際、魔術しか手段がないときに限る、という訳ですか」


 ふう、とセフィーヌは息を吐いた。


「もしや、式盤を落としたことは……」

「あなたにしか告げていない」

「まあ」


 セフィーヌはまた言った。


「内密に、と?」

「そうではなく」


 ミアンナは首を振った。


「充分、案じさせた。危うかった話を重ねる必要はないと思っただけ」


 セフィーヌには必要だから告げただけだ。秘密を打ち明けたつもりも、口止めをするつもりもない。


「承知いたしました、統理官」


 元神女はわずかに膝を折って、礼をした。


「お話しいただきました秘密は、私の胸に」

「いや、だから――」


 別に話してもらってもかまわない、と言おうとしたミアンナだが、セフィーヌの目が少し悪戯っぽく笑っていることに気づいた。


「ああ、では、頼む」


 それからふたりの話は理術のあれこれに移り、調律院までもう少しとなった頃、レオニスが足を止めた。


「んじゃ、俺はちょいとジェズルを拾ってくるわ」

「え?」

「ここまでくりゃ悪漢もいないでしょ。先に戻ってて」


 どうやら彼には、女三人を夜道で警護するという意図があったらしい。


「気遣いに感謝する」


 いささか思いがけなかったが、ミアンナは礼を述べた。


「おお、いいね、ミアンナっちに褒められるのは格別だ」

「ミミミ、ミアンナっち……!?」


 リーネが毛を逆立てた。


「んじゃね、リーネっち、セフィっちも」

「セフィっち……」


 呆然とセフィーヌも繰り返した。


「時間外だな、責述書の提出云々は言わないでおこう」


 両腕を組んで統理官が言えば、理報官は手を振ってきた道を戻った。


(みなで行けば疲れているジェズル殿に余計な気を使わせる。気心の知れたレオニス殿だけが行くのは適切)


 気の利く理報官だ、とミアンナは感心した。


「レオニスさんが油断ならないのは判ってるけど……全方位だもんね、見逃すか……」


 またもリーネはもそもそ呟いていた。


―*―


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