10 考案したのは
「お、始まる。注目注目!」
ドンドンドン、と低い音が三回連続で鳴り、レオニスが全員の注意を引いた。
と、大輪の赤い花が暗い夜空にぱっと描かれた。わあっ、という歓声と大きな拍手。みな、これを待っていたのだ。
次いで黄色、青、白、と大きな花火が上がり、そのたびに人々は沸き、拍手が続く。
「何だか嬉しいです。みんなが喜んでると。へへ、おかしいですよね、わたしは何もしてないのに」
「リーネはみなを支えている」
「ええっ!?」
すっとミアンナが言うと、リーネは目を見開いてミアンナを見た。
「少なくとも私は支えられている」
勝手に全員の代弁はできないとばかりに彼女は付け加えた。リーネは先ほどのフィンに負けないほど真っ赤になる。
「ミ、ミアンナさん……」
「いま、すっごい殺し文句が聞こえたっすね」
「あれ、もしかしてミアンナ嬢、口説いてる?」
「何を言っているんだ」
「外野は黙っててください!」
イストとレオニスが口を挟む。ミアンナは呆れたように首を振って、リーネは噛みつくように怒鳴った。セフィーヌはくすくす笑っている。
すると夜空に次の花が咲いた。
「うおっ、三色混合!? これ初出しじゃねえの」
「ミアンナ女史の構文っすか?」
「少し協力したが、主体はジェズル殿だ」
空を見上げながら彼女たちは話を続ける。
「私が考案したのは――」
観客がどよめいた。多数の光の曲線が、まるで流星群のように夜空を大きく横切ったからだ。
「うお」
「すげ!」
「わ、すてき!」
「まあ……何て美しい……」
(ジェズル殿、巧くやってくれたようだ)
構文の考案はミアンナ、数日前の試し上げもミアンナがやっていた。しかしジェズルは直前の伝聞だけで、見事にそれを再現してくれた。
一際大きな歓声と拍手、指笛などが響き渡る。
(昨日の打ち上げ場所でも、こうした声はかすかに聞こえていたが)
(――少しだけ)
そっと式盤を取り出すと、催しで行った理術を基礎にした構文を編んだ。音はジェズルのほうにいくらか近くなったはずだ。
(この声はジェズル殿にこそ届けられるべきだ)
副理術士は気づいて笑っただろう。
―*―
時間にしてほぼ一刻近く、花火は緩急をつけながら打ち上がり続けた。
ミアンナは理術士として理術士ジェズルを案じたが、レオニスは「去年もやってるし平気平気」と気楽なものだった。
「ミアンナ嬢、有難うね、うちのジェズルを気にかけてくれて」
ジェズルの理報官がそんなことをしみじみと言ったのは、支部への帰途でのことだった。イストは関係各所に挨拶をしてから今夜は実家に泊まるとかで、先ほど分かれた。
「当然のことだ。ラズト支部のジェズル殿でもある」
主理術士はそう応えてうなずいた。
「……ジェズルさんの評価、やたら上がってません? そりゃ、さっとおひとりで引き受けたのは格好よかったですけど……」
リーネはもそもそと呟く。
「やはり……遠くのルカさんやお子様のフィンより警戒対象……」
「ん? ルカって誰?」
レオニスが問うとリーネはぎょっとした。
「えっ、声出てました!?」
「ばっちり出てた」
うんうんとレオニスがうなずく。
「ルカさんは、サレント自治領で関わったヴァンディルガの若い軍人さんです。『精悍!』という感じの若い男性で、顔がすごくいいという訳ではないですけど、妙に爽やかで、たぶん魅力的というやつです」
苦々しい顔つきでリーネは説明した。
「へえ」
レオニスは面白がる様子だ。
「そいつ、ミアンナ嬢に手ぇ出したの?」
「そんなことしたらサレントから生きて出しません」
「おお、国際問題!」
身を縮めてレオニスは震えるふりをした。
などとリーネとレオニスがふざけている――リーネは半ば本気だが――前方では、ミアンナとセフィーヌが話していた。
「すまないが、念のために明日、式盤を見てもらいたい」
「もちろんですわ。何かございましたか」
「石畳に落としてしまった。その程度でどうにかなる強度ではないが、定期点検もそろそろ依頼するつもりだったから」
「落として……?」
セフィーヌは首をかしげた。
「もしや、左腕を掴まれたというのは、式盤を持っていたためですの?」
はっとしたように技術官は尋ねた。ミアンナはただ肩をすくめた。
「まあ、何てこと。式盤を落とされては理術が使えませんでしたでしょう。どうやって狼藉者から逃れられたのです?」
「ああ、簡単なこと」
彼女は首を振った。
「理術士は、魔術師でもある」
「――そうでございましたわね」
理術と魔術は全く異なる術だが、それでも理術士は最低限の魔術教育を受けている。魔力のある者は、魔術師協会で必ず基礎を叩き込まれるからだ。
「ですが、理術士の方が魔術をお使いになる例はあまり伺いません」
「理術士であれば理術を行う方が便利。魔術を使う意味がない」
「危急の際、魔術しか手段がないときに限る、という訳ですか」
ふう、とセフィーヌは息を吐いた。
「もしや、式盤を落としたことは……」
「あなたにしか告げていない」
「まあ」
セフィーヌはまた言った。
「内密に、と?」
「そうではなく」
ミアンナは首を振った。
「充分、案じさせた。危うかった話を重ねる必要はないと思っただけ」
セフィーヌには必要だから告げただけだ。秘密を打ち明けたつもりも、口止めをするつもりもない。
「承知いたしました、統理官」
元神女はわずかに膝を折って、礼をした。
「お話しいただきました秘密は、私の胸に」
「いや、だから――」
別に話してもらってもかまわない、と言おうとしたミアンナだが、セフィーヌの目が少し悪戯っぽく笑っていることに気づいた。
「ああ、では、頼む」
それからふたりの話は理術のあれこれに移り、調律院までもう少しとなった頃、レオニスが足を止めた。
「んじゃ、俺はちょいとジェズルを拾ってくるわ」
「え?」
「ここまでくりゃ悪漢もいないでしょ。先に戻ってて」
どうやら彼には、女三人を夜道で警護するという意図があったらしい。
「気遣いに感謝する」
いささか思いがけなかったが、ミアンナは礼を述べた。
「おお、いいね、ミアンナっちに褒められるのは格別だ」
「ミミミ、ミアンナっち……!?」
リーネが毛を逆立てた。
「んじゃね、リーネっち、セフィっちも」
「セフィっち……」
呆然とセフィーヌも繰り返した。
「時間外だな、責述書の提出云々は言わないでおこう」
両腕を組んで統理官が言えば、理報官は手を振ってきた道を戻った。
(みなで行けば疲れているジェズル殿に余計な気を使わせる。気心の知れたレオニス殿だけが行くのは適切)
気の利く理報官だ、とミアンナは感心した。
「レオニスさんが油断ならないのは判ってるけど……全方位だもんね、見逃すか……」
またもリーネはもそもそ呟いていた。
―*―




