04 発信元は
ふたりがそんな話をしていたのは、支部全体をざっと見て回った頃だった。
着任の挨拶をしたのが、一階の共有執務室。そこから二階の私室――ミアンナとリーネ、それぞれ個室がある――と一階の浴室を行き来し、さっぱりしてから二階の理術士専用執務室で王都へ連絡。それから通信記録室、調整室を眺めて三度階下へ行き、食堂や談話室、備品庫、通用口などがあることが確認できた。
「すれ違った人や執務室の感じからすると、常駐しているのは五人くらいですかねえ」
「上級連衛官、副理術士、副理術士付の理報官、あとは裏手の設備保全管理棟に技術官がいるはず。座席から判断すると、事務官も二名ほど。おそらく資料塔にも担当官がいる。先ほど通った厨房を見たところ、専門の器具が多く、手入れも行き届いてた。通いの料理人もいる」
「そんなところまで見てたんですか!」
さらさらと挙げ続けるミアンナに、リーネは口を開けた。
「私室っぽいお部屋もありましたよね。ここに私室があるのは、わたしたちと副理術士さんとその理報官さん?」
「どうかな。規程では、上級連衛官と理報官は外に部屋を借りられる。その場合は調律院で借りる形になるから、いい部屋があったらリーネも通いにしていい」
「ええ!? ひとりはちょっと、その……怖い、です」
少し恥ずかしそうにリーネはもごもごと言った。それを見て、ミアンナは首をかしげる。
「……『自由』と、言うのでは?」
「え?」
「――いや、何でもない。女のひとり暮らしは危険なのも確か。ラズトの治安は良いと聞いているけれど、少なくともしばらくは調律院で暮らす方が無難」
「は、はいっ」
「出て行け」と言われた訳でなかった、とでも思ったのかリーネは胸をなで下ろし、ミアンナのかすかな呟きを聞き逃したままでいた。
「通信記録室の符の管理については、実際にどういった使い方をしているか副理術士が戻ったら確認を」
変わらぬ口調でミアンナは言い、そこでふと言葉をとめた。
「ミアンナさん?」
これにはリーネも問いかける。
「位相構文」
「え?」
「乱れてる。でも近い。正規の通信じゃない」
「え、え!?」
ぱっと踵を返したミアンナに、リーネは目をぱちぱちさせる。
「近いのに乱れて? しかも正規じゃない!? じゃ、違法? い、違法の通信があったんですか?」
慌てて追いかけながら理報補官は問いかけた。
「確認する」
ミアンナは断定を避け、先ほど検分した二階の理術士用執務室へ飛び込んだ。見れば確かに、式盤に淡い光が灯り、明滅している。
「――点滅速度がわずかに早い」
「えっ、えっ、そうですか!?」
リーネは目をこすったが、彼女には判らなかったようだった。
「あの、発信元を特定します! ええと、わたしの計算盤……」
「隣」
「え?」
「発信元は資料塔」
「え!? ミアンナさん早すぎますし、え、違法通信が敷地内から!?」
彼女が目を白黒させている間に、ミアンナは再び部屋の外へ足を向けた。
「リーネはゾラン連衛官に伝えて。私は先に塔へ行く」
「あ、危なくないですか?」
「これがある」
ぼん、と腰につけている携行式盤を叩き、ミアンナはそのまま素早く階段を駆け降りた。
「危ないですよぅ!」
悲鳴のようなリーネの声が聞こえたが、彼女は指示通りゾランに共有してくれるはずだ。
ここでもし、心配だからと言い張ってミアンナに同行しようとすれば、それは人情的かもしれないが理報官として失格だ。少なくともその点において、ミアンナはリーネを信用していた。
(資料塔は先ほど見かけた通用口から行くのが早い)
たったいま見て回っていたことが功を奏し、灰色の髪の少女は最も効率的な経路で資料塔へたどり着いた。
統理官権限は受け取っているから、鍵はすぐに認証される。彼女はひとり、三階建てのほの暗い塔へと入り込んだ。
薄い金の瞳をきゅっとひそめて目を慣らすと、彼女は携行式盤の蓋を開けて理術網を確認、新しい情報を認識する。
(これは)
おおよその見当をつけると、少女理術士は息を吸った。
「――資料塔担当官! ここへ」