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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第四章

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08 油断ならない

 帽子の男は、ちょうど路地裏に隠れるところだった。

 ミアンナは同じ路地に入り込む直前に光波構文と熱量構文を駆使して自身の姿を「消した」。

 もちろん本当に消えたのではなく相手から見えにくいようにしただけだが、ジェズルが見ていればまたもぽかんとしたに違いない。

 自分と相手の立ち位置が固定されているなら、そう難しい話ではない。汎理術士でも可能だ。だがどちらかが動けば、すぐに術は乱れてしまう。

 だと言うのにミアンナは、それぞれの位置に合わせて一瞬一瞬の微調整を行いながら相手に近づいていったのだ。


(確かに、子供を見ている)


 財布狙いの盗賊という類ではない、と判断できた。


(複数での行動も多いという話。もしこの男の仲間がやってきたら、すぐ気付かれる。さてどうするか――)


 思案する間に男が動いた。術を調整しながらミアンナも不自然でない程度の距離を保ちながら追う。男の仲間がどこで見ているか判らないからだ。


(……標的が決まったか)


 男は、親を見失ったか、辺りを不安そうに見回している女の子に近づいていった。


「お嬢ちゃん、母ちゃん(ラン)を一緒に探してあげようか」


 そんな言葉を聞くやいなや、ミアンナは術を取りやめて肩掛けを外した。


「――調律院だが。迷子の保護に感謝する」


 誰もいないと思っていた背後から声をかけられた男は飛び上がらんばかりだった。


「調律……!?」


 実際のところ調律院が何をしているかということはあまり知られていないが、国の機関名としては有名だ。男は見るからに狼狽したが、振り返ってミアンナの顔をジロジロ見ると顔をしかめた。


「な、なんだガキじゃねえか、脅かすな」

「私が立派な成人男性であれば、逃げる算段ができただろうにな」


 子供だ、と舐められることで相手の油断を誘える。自分の年齢にはそんな活用方法もあるようだ、とミアンナは悟った。


(成程、イゼリアは正しかった)


 サレント自治領の外交使節所長は、ミアンナが出向けば先方が大事だと思わずに済む、と言っていた。正直、半ば戯言と思っていたが、どうやら事実の一端ではあるようだ。


「しばらくそこで大人しく」


 捕縛などは経験がない。質量構文で一時的に重さの属性を強め、動けないようにすればいいだろう、と考えた彼女は、作り出す重さを相手の体格から推定した。

 だが、そのときだ。


「おい! てめえ、さっきからつけられてたぞ!」


 ハッとした間もない。脇道から現れたもうひとりの男が、ミアンナの左手――式盤を持つ手を強く掴んだ。

 男の力に、少女の顔が歪む。カラン、と式盤が路上に転がった。


「へ、へ、魔法使いか? 杖だの盤だのがなきゃ何もできねえんだよな」


 男は勝ち誇ったように言うと、腕の力を強めた。


「おい、お前はそのガキをそっちへ連れ込め、俺はこの女を」


 そのまま狼藉者がミアンナを強引に抱え上げようとした、次の瞬間。

 いくつかのことが続けざまに起きた。


「ユラに手ェ出すな魔女ォー!」


 フィン少年はどうやらミアンナに体当たりをしようとしたが、結果的にはミアンナを捕まえていた男に頭突きをかますことになった。


(式盤がなくてもできることはある)


 ミアンナは空いた手で小さく印を切り、男の足を地面に縛りつけて動けないようにした。


「ひえっ」


 さすがに逃げようとした帽子の男を見咎め、素早く式盤を拾って予定通りの理術を行う。男は「ぐえっ」と鳴いてその場に崩れ落ちた。先の男にも念を入れて同じ理術をかぶせる。質量構文の成果で、彼らには自分の身体がとんでもなく重く感じられ、動くこともままならないはずだ。


「すっ、すみませんミアンナさん! 振り払われちゃって」


 慌ててリーネが駆けつけてきた。


「近くの兵を呼んで」

「はい!」

「フィン!」

「なっ、何だよ!? オオオ、オレはただ、ユラを助けようと」


 何やら思っていた状況と違うようだ、と気づいたフィン少年は、先ほどの帽子男もかくやという狼狽を見せた。


「お手柄」


 しゃがみ込んで、ミアンナが視線を合わせる。するとフィンは目を見開き――合った目と目に何を感じたものか、じわじわと赤面していった。


「オッ、オレに魅了のまほうは効かないからな、ま、魔女めー!!」

「まだ言うのか」


 すっとミアンナは立ち上がった。フィンは暑くて汗をかいてしまったとでも言うように、自身の赤毛よりも赤くなった顔を拭いた。


「とは言え、もうあんな無茶はするな。こうして大人たちが」


 と、ミアンナは連絡を受けて集まってきた兵士たちを振り向き、指し示した。


「対応している。町のことも知り合いの子供のことも彼らに任せるんだ。いいな」

「う、うん……」


 気圧されたかのようにフィンはうなずいた。ミアンナもそれを見てうなずき、女の子に向かった。


「ユラと言ったか、無事でよかった。親を探そう」

「ふ、ふぇぇ……」


 女の子はフィンよりも更に年下、五つか六つというところだった。知らない男に話しかけられて固まっていたところに知らない女もやってきての騒ぎだ。混乱していたのだろう、べそをかきはじめてしまう。


「へーきだ、ユラ! この……魔女……じゃない、ミアンナは、ちょーりついんの偉いやつだからな。すぐユラのとーちゃんかーちゃんを見つけてくれる」


 そこに気を取り直したフィンが声をかけた。


「よ、よく言う……しかも呼び捨て……」


 戻ってきたリーネはちょうどそれを耳にし、歯ぎしりせんばかりだった。


「専理術士殿! 悪漢を捕えられたとか」


 近くにいたのはラズトの町憲兵ではなく、砦からやってきた兵士だったようだ。ミアンナを統理官や主理術士ではなく専理術士と呼んだ。


「そこの二体」


 ミアンナは身動きの取れないままうなっている悪党ふたりを示した。


「連行を手伝おう」

「は、いや、その」


 砦の兵士は中央からやってきている者も多く、調律院のこともラズトの住民より詳しいが、華奢な少女に力仕事を手伝うと言われるのは困惑してしまうようだった。


「その、目立ちますので」


 理術で人間を持ち運べば、祭りの余興にも見えかねない。兵士はそう言って理術の助けを断った。もっとも、既に見せ物顔負けの見物人が集まり出していたが。


「ああ、ユラ!?」


 兵士たちが完全に男たちを捕縛するのを確認してミアンナが術を弱めた頃、人波からひとりの男が飛び出してきた。


「あ、とーちゃ!」


 ユラはパアッと顔を明るくして、男に駆け寄った。


「お前、どこに行ったかと……すみません、いったい何があったんです?」


 男はミアンナの横を通りすぎると兵士に尋ねた。ユラはしっかり父親にしがみついている。


「ここはもう問題なさそう」


 ミアンナはただ呟くと、手をパンと叩いて人々の気を引いた。


「捕物は終わり。集まった皆は、懐に注意して」


 そう野次馬たちに注意喚起すると、人垣の薄い場所を見つけ、リーネを促して脱出した。


―*―


 少し離れると、いまの騒ぎもすぐ祭りの賑わいに紛れて消えた。

 実際、屋台をふたつ三つ越えた先では、誰も捕縛劇に気づいていなかったようだった。祭りに騒動はつきものだ。いちいちそんなものに気を取られるより祭りを満喫するべし、と考える者も多い。


「はあ……よかったです、みんな無事で」

「いまは、確かに」

「え?」

「祭りに乗じる悪党があのふたりだけとは思えない」


 ミアンナは唇をきゅっと結んだ。


「それは、そうですね……」


 リーネもゆるんでいた表情を引き締める。


「とは言え当座の心配はなくなった。ジェズル殿にも連絡をして一旦――」


 「一旦、支部に戻ろう」。ミアンナはそうしたことを言おうとしたが、ふと視線に気づいて振り返った。


「あ、フィンさん」

「これ!」

「……ああ、落としていたか」


 追いかけてきた少年が差し出したのは、暗い黄色の肩掛けだった。制服を隠すためにミアンナが羽織っていたものだが、動き回った間に落としてしまっていたようだ。


「気づかなかった。有難う」


 すっとかがみ込んでミアンナはそれを受け取る。バッとフィンの顔が赤くなった。


「にっ……」

「『に』?」

「に、にあうとおもう! お、おまえの目の色みたいで! じゃ、じゃあな!!」


 そう言い放つとフィンは、子供ならではのすばしこさで、あっという間に人混みの向こうへと走り去った。


「……まさか……」


 リーネは胡乱そうにその後ろ姿を見送る。


「ちょっと! 早いんじゃないの! 君には、まだそういうのは!」

「何を考えているのかだいたい推測はつくが」


 ミアンナは肩掛けをたたみ直しながら言った。


「素直に詫びと礼を言えなかっただけ。私の目を魔女の目だと言ったことを謝れなくて、代わりに褒め言葉で上書きを試みた」

「そんなんじゃないと思います!」


 憤然とリーネは両の拳を握った。


「おのれフィン……子供だからって油断ならない……」


 理報補官がそんなことを口走っているのを横目に、ミアンナはさっと位相構文を書き、ジェズルに簡易通信を送った。携行式盤同士では単純な信号を送るくらいしかできないが、とりあえず危惧がなくなったことは通じるはずだ。


「うん?」


 ミアンナは式盤を見て軽く片眉を上げた。


「ああ、そういうことか」

「え、どうしたんです?」


 リーネが問う。


「いや、大したことじゃない。ジェズル殿が変わった返事を寄越したんだ。了解したという内容だが、構文の使い方が独特で」


 興味深い、と彼女は言った。


「ふうん……」


 理報補官はじろじろと式盤を見て、それからこっそり「ジェズルさんも油断ならないかも」と呟いた。


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