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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第四章

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06 理由がありそう

 二日目の朝は、幸い、何の問題も発生しなかった。

 支部員たちは予定通りに行動し、理術士と理報官たちは前日の夜に急遽調整した予定を再度確認しつつ、最後の打ち合わせをしていた。


「では、昼の催しはレオニスとリーネ殿が中心になって話してもらい、ミアンナ殿と私が交代で理術を行う」


 ジェズルが言うとレオニスが挙手をした。


「希望者への対応は決めたか? いつもは希望する子供に、ひとりひとり体験させてたけど、数も増えてきたしもう難しいだろ。やっぱ昨日話したみたいに、希望者を集めてまとめて体験がいいんじゃねえの」

「考えたんだが、やはりそれがいいかもしれない。ひとりずつだと待ち時間も増えるからな」


 あごに手を当てながらジェズルはうなずいた。


「その場合は希望しなかった子供でも楽しめるようなものをという話だったな。考えたんだが、音を鳴らして子供たちの向こうへ移動させるのはどうか。反応を見てほかの子供たちも面白がるだろう」


 ミアンナが手を上げて言えばリーネが首をかしげた。


「音を移動? どうやるんですか?」

「短距離間の音声通信のようなもの。位相構文と流動構文で音の波動を別の場所に届ける」

「そんなことできんの?」

「理屈ではできそうだ。やったことはないが」


 レオニスとジェズルも同様に不思議そうな顔をする。


「こういうこと」


 ミアンナは式盤を片手に何かを書き込むと、卓を強めに叩いた。すると何も音は聞こえず、わずかな間ののちに彼らの背後からパンという音が聞こえた。


「へっ!?」

「わ、びっくりです」

「ああ成程、こうですかね」


 ジェズルも同様にする。と、やはり少し遅れて、今度は右と左の両方から聞こえた。おお、とレオニスは拍手などする。


「すごい! これは受けますよ!」


 リーネが目を輝かせて断言した。


―*―


 催しは午前の内に無事完了した。

 子供たちは興奮しながら「音がね、ぜんぜんちがうところできこえた!」と親に報告し、親は微笑んでそれを聞きながらミアンナたちに会釈をし、「調律さん」たちは満足感を覚えながら片付けに入った。


「見ました? あの子きてましたね」


 調律院の旗を丸めながらリーネが言った。


「あの子?」


 音を出すために即席で作った打楽器もどきを鞄にしまいながらミアンナが聞き返す。


「ほら、フィンさん」

「ああ、いたな」


 ミアンナを「悪い魔女」だと決めつけた少年は、いまだにそれを疑っているのか、理術の催しを遠巻きに見ていただけだった。


「実は昨日もきていたんだ」


 台を畳み終えたジェズルが口を挟んだ。


「参加しやすいように何度かタイミングを作ったんだが、入りたいのに入れないという感じではなかったな」

「先ほどの様子からすると、催しを見ているようでもなかった」


 両腕を組んでミアンナは言った。


「うーん、理術を魔術と同一視するようになっちゃったとかでしょうか……もちろん魔術だって別に悪いものじゃないですけど」


 「悪い魔女」「邪悪な魔法」などと言っていた子供だ。親に叱られたことで却って頑なになり、理術そのものや理術士全体を敵視してしまってはいないか。リーネはそんなことを案じた。


「ああ、噂の魔女騒動」


 同行していなかったレオニスは、聞いた話を思い出してうなずいた。


「わざわざ二日ともきていて、理術を見てるようでもなかった? 十歳くらいの子供なんだろう? 年に一度のでかい祭りでそんな無駄な時間を送るかねえ」


 十歳の子供にとって、一年後なんて永遠にも等しい長さに思えるはずだ。そんな貴重な祭りの日であれば、友だちと祭りを満喫するのに精を出しそうなものだろう。


「何か理由がありそう」


 ミアンナは目を閉じ、少し考えて再び開いた。


「『オレがラズトの町を守る』――フィン殿は、そんなことを言っていなかったか」

「ああ、あのときですか? 言ってたように思います」


 思い出すようにしながら、リーネがうなずく。


「あのときは『魔女から町を守る』だった。では、いまは?」


 問いかけるように、ミアンナは三人を見た。


「祭りで……守る」

「もしかして」

「――人攫い?」


 秋口の少し冷たい風が、彼女たちの間を通り抜けた。


「可能性はある」


 静かにミアンナはうなずき、辺りを見回した。


「あの催しには子供が集まる。たいていは親と一緒だが、なかには子供だけで参加していた者も」

「フィン少年自身もひとりだったようだな」

「あの手の悪党は意外と、いきなり力ずくじゃなくて、菓子やそれこそ催しで誘ったりするだろ。警戒してるならまず大丈夫だろうが……」

「『魔女』にも正面切って啖呵を切る子供だ」

「それはまずい」


 怪しい男たちを見かけて「おまえたち、ひとさらいだな!」などとやったら。誤解であっても怒らせるだろうし、もし事実であればそこに待っているのは「力ずく」だ。


「どっちに行った?」

「向こうだが……催しの途中で姿が見えなくなった」

「じゃあ方向の特定は意味ないな」

「もともと、巡回については考えていた」


 ミアンナは鞄をレオニスに渡した。


「へ?」

「レオニス殿はフィン殿の顔を知らないだろう」

「うっ……判ったよ判りました。荷物は俺に任せて。ミアンナ嬢とリーネ嬢は一緒に行動するんだよ。ジェズルも無茶はしないこと」

「フィンを見つけたら釘を刺して、あとは巡回するだけだ。万一のことがあれば警備とも連携するし、危ないことはないさ」

「そういうこと言う奴がいちばん危ういんだよなあ」


 冷静に告げるジェズルにレオニスはぼそりと呟き、鞄と台と旗を器用に抱え込むと、繰り返し「気をつけろよ」と言って調律院のほうへ向かった。


「それじゃフィンを見つけたら注意して……も聞きそうにない子だったな。ひとまず無事を確認して話を聞くことを目指しましょう」

「魔女疑惑がまだ生きているなら、私を見張るように誘導してもいい」


 片手を上げて、ミアンナは提案した。

 いるかいないかも判らない人攫いより、ラズトの町を騙し続けている魔女を見張っておく必要がある――とフィンに思わせられれば、フィンはミアンナの目の届くところにいることになる。


「あんまり賛同できませんけど!」

「利用できるならちょうどいいだろう」


 リーネは不満そうに言ったが、ミアンナは平然としたものだ。


「魔女とは言わないにしても、ミアンナ殿に会いに行かないかと声をかけるのは効果があるかもしれませんね」


 ジェズルもうなずいた。


「では動きましょう。おふたりはくれぐれも一緒に行動してください」

「何度も言わなくていい。了解している」

「それでも言っておきます。ミアンナ殿には理術があってもリーネ殿にはない。お判りですね?」

「判っている」


 彼女らの年代は、まだ(かどわ)かしの対象になる。ミアンナもゾランの言葉を忘れてはいない。

 制服姿なら狙われにくいだろうが絶対ではないし、フィンの件とも同じことだ。もし見咎められて面倒だとなれば、制服姿だろうと、いや、だからこそ強引に拉致することは考えられる。


(必要な警戒は、きちんとするべきだ)

(過信は、危難を呼ぶ)


 ミアンナは自らを戒めた。


―*―


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