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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第四章

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05 譲りませんからね

 初日の花火は、翌日の試験的な運用も兼ねた小規模なもの――とは聞いていたが、初めてこの祭りに臨んだミアンナの感想としては「思ったより遙かに手をかけている」であった。

 町の南側にある収穫を終えた農地に、ミアンナとジェズル、それから連絡役として数名の住民が「花火係」として待機した。実際には理術士ふたりが「打ち上げ」に相当する行為を行うだけだ。


 構文は大まかに、四種の組み合わせになる。位相構文と熱量構文を使って上空で小爆発を起こし、光波構文で色や明るさを調整、流動構文で粒子や煙を操って形を整える、という流れだ。空中で燃え尽きる設計になっているが、万一に備えて逆方向に働く術や、水を生成する流動構文の用意もある。

 いくつも行うとなると式盤に書き込んでおくこともできないため、あらかじめ作った計画表に合わせてどんどん理術を行っていく形だ。


「充分、手が込んでいる」


 ミアンナは素直にそう言った。


「最初に小規模だと聞いたときは、三つ四つ上げる程度だと思っていた」

「それだと少し目を離していたら見逃してしまいますからね。せっかく見にきてくれたのに申し訳ないでしょう」

「見逃した者の責任だと思うが」

「責任までは負いません」


 ジェズルは笑ってそんなふうに言った。


 結局、「初日の小規模な花火」は十数分に及んだ。

 理術は通常あまり連発しないものであるため、こうして続けて術を行使すると、術者は疲労する。「魔力を使う」という行為は、魔力のない人間が想像するよりも体力仕事なのだ。

 人々の歓声を遠くに聞きながら、ジェズルは少々息を乱していた。


「成程、かなり理解できたと思う。明日はもっと私の分担を増やそう」

「いえ、とんでもない……と言いたいところですが、実際、その方がよさそうです」


 呼吸を整えながらジェズルは苦笑した。ミアンナの受け持った分も決して少なくはなかったのだが、彼女は軽々とそれをこなしたからだ。


「去年はどうやっていた? 二日目の負担は今日の比ではないだろう」

「倒れない程度に全力を出しました」

「危険な真似を」

「そこまではしませんよ」


 などと彼女らが言うのは、「魔力を使い果たす」というのは命に関わることだと知っているからだ。

 全力で走り続けることができないように、魔力も使い続けることはできない。限界を超えて無理を押せば死ぬことすらあり得るのは、体力も魔力も同様だった。


「ハイム殿とやっていた頃と比べて質を落とす訳にいきませんからね、あれこれ工夫していたところです。ミアンナ殿の案は一回の理術で動きを出せる。あれだと続けざまに理紋を出す必要がありませんし、明日はかなり助かると思います」


 花火が終わり、諸々の連絡を済ませて「花火係」たちが解散したあと、ふたりの理術士は支部への帰路で話を続けていた。ぱっと見にはまるで、花火を楽しんだあとの伴逢(ラウン)――ふたりきりの逢瀬のようだったろう。制服姿でなければ、だが。


「それにしてもジェズル殿の負担が大きい。明日の昼間の理術紹介は、手伝い程度ではなく私がやろう」

「いやしかし」

「長老勢には、『経験を積ませてもらいたくて私が頼み込んだ』とでも言っておく。実際、積ませてはもらいたい」

「しかし、それではミアンナ殿の負担が増えます。統理官として全体も見ておいでなのに」

「私はそのために赴任してきた」


 ゾランから統理官業務を引き継ぎ、ジェズルと理術士業務を分担する。こうした祭りのような行事は日々の仕事とは異なるが、統理官の仕事と理術士の仕事があるなら正しく行うだけだ。少女はそう考えた。


「ううん……」


 しかし年上の男は「そうですね、ではよろしく」と簡単には言えないようだった。


「その辺りはリーネ殿とレオニスも交えて調整しましょう。極端に負担が偏ることを避けるなら、それは相手がミアンナ殿でも同じです」

「それはそうだが」

「どうあれ、私や理報官たちの目線も入れて、負担をならします。ここは譲りませんからね」


 まるでミアンナのわがままを諌めるかのような言い方だった。もっともこれはミアンナを年下の少女と見たためではなく、おそらくゾランが仕事を引き受けすぎたときも同じように忠告してきたのだろうと推測できた。


「判っ――」


 ミアンナが言葉を止めたのは、応じたくなかったからではない。


「あれは?」


 祭りから帰宅する人影ももうまばらで、北西にある調律院の方に向かっている者はほとんどいなかった。

 だと言うのに、視界に入ったのだ。ふたつの人影が路地裏にさっと入り込む姿が。


「――照らします」


 副理術士は携行式盤を開くと、光波構文を書き込んで理紋を浮かび上がらせ、小さな光球を人影の付近に作り出した。


「どうかしましたか? 調律院です。何か問題が?」


 そして近づきつつ、声を張る。すると、人影は寄り添って縮こまるようにした。


「あ、あの、す、すみません……なんでもないです……」

「ああ、いえ……こちらこそお邪魔を」


 顔を真っ赤にしたふたりの若い男女は何をしていたやら、人の気配に物陰へ入り込んだが、まさかの追及をされてしどろもどろになっていた。ジェズルも苦笑をこらえて真剣な顔つきをする。


「祭りに乗じた賊も出ます。なるべく早めに、屋根のあるところへお戻りを」

「あ、はい……行こっか」

「うん……」


 若いふたりはそそくさと去った。やれやれ、と副理術士はこらえていた苦笑を解放する。


「悪事の相談でなくてよかったですよ」

「全くだ。しかし、嫌な役目をさせたな」


 いまのふたりは恥ずかしがって去ったが、相手によっては決まり悪さをごまかすために怒りをぶつけてくるようなことも有り得ただろう。


「いえ、問題ありません」


 式盤をすっとしまって、ジェズルは首を振った。


「それにしても、祭りのあとはああした者が増えるのか」


 ミアンナは、まるで知らない動物の生態でも尋ねるかのように訊いた。


「まあ、熱気に当てられるとでも言うんですかね……何でも『花火の下で想いを伝えると結ばれる』とかいう戯言、いや、物語も流行っているらしいです」


 ジェズルにしては珍しく、いささか辛辣だった。もっとも、花火を上げている身であれば当然の感想とも言える。


「さあ、さっさと戻りましょうか。遅いとレオニス辺りが妙なことを言いかねない」

「リーネにも叱られそうだ」


 それぞれの理報補官と理報官の反応を想像して、ふたりは足取りを早めた。


―*―


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