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03 正式名称

 へえ、と何度目になるか、リーネは感心するような声を洩らした。


「見てください、ミアンナさん。扉のこっちにも刻まれてますよ。本部ではこんなあちこちにないですよね」

「双理交織象紋は通常、対称になるよう設置される。本部は広いから、目に付かないだけ」

「そうりこう……何ですって?」

「調律院式双理交織象紋。いまリーネが見ているそれのこと」

「ああ! 調律院理紋のことですか!」


 魔法陣に似た二重の円紋様の内側に天秤の意匠が織り込まれた紋章は、リーネの言ったようにラズト支部のあちこちで見かけられた。


「あの、文字ではよく見ててもちろん知ってるんですけど、あんまり言われないから聞き慣れなくて……『理紋』って言いますもんね、みんな。わたしもですけど」

「もちろんそれで通じる以上、調律院理紋と呼んでかまわない」

「でもミアンナさんは、いつも正式名称を?」

「正式なものだから」

「大変じゃありません?」

「別に」


 調律院式双理交織象紋、通称・調律院理紋は、王国調律院の紋章だ。ミアンナたち理術士の制服の背には、銀糸でその印が大きく刺繍されている。理術に使える正式な理紋ではないが、「世の天秤であれ」という調律院の基本理念を表現した、特別なものだ。


 そんな話をしながら支部を見学していくふたりは、一見すると「茶色い髪をした積極的な少女が、灰色の髪をした引っ込み思案の少女を連れ歩いている」ようにも見える。しかしもしそんなことを言われたら、リーネは恐縮でうずくまってしまうだろう。ミアンナは全く気にしないが。

 実際のところ、ミアンナの評判ときたら「カーセスタきっての天才理術士」「最年少で調律院入り」「汎理術士の期間を免除され、最初から専理術士に」「最初の赴任地が『あの』西端支部」「しかも副理術士ではなく、主理術士兼統理官」等々、強烈なものばかり列挙される。そしてリーネはと言うと、理報官ですらない、理報「補」官。


 ひとりの理術士にはひとりの理報官がつくのだが、ミアンナ付の理報官が老齢で西端への赴任が難しかったため、リーネが代行としてついてくることになったのだ。

 もちろんと言おうか、彼女には代行を任されるだけの知識も能力もある。試験に落ちたのは、いわゆるひっかけ問題の類にことごとく引っかかった素直さによるもので――「試験問題に意地悪をされなければ」正理報官の資格を得ていただろう。

 とは言え、試験に通っていないことには変わりない。支部を見て回る間に行き合った何人かは「理報『補』官、ですか?」と遠慮がちに尋ねてきた。口にしなかった者もちらりと胸元の階級線を数えて見定めていた。

 階級を間違え続けるなど甚だ失礼であるから、確認は当然だ。ただ、天才と言われても十五歳の理術士の補佐が同じく十五歳の、しかも補官では、危ぶまれるのも無理はない。


「いいんですよ! わたしはそう遠くない内に、ミアンナさん付きとして正式任官するんですから!」


 数度目の確認を受けたのち、リーネは鼻息荒くそんなことを言った。


「ティアが引退すればの話」


 さらりとミアンナは、本来彼女付である理報官の名を口にした。


「うっ……それは、王都に戻ったらティアさんがミアンナさん付きに戻るのが自然ですけど……」

「ラズト支部の任期は最低でも一年、異動になるとしても通常は三年後、私が最適任となれば十年はいることになる。その間に試験に通り、かつ私付きのままであれば、リーネの方がやりやすいと私が判断することも有り得る」

「あっ、そ、それで! それでお願いします!」

「私が決めることじゃない。あなたの努力。私はせいぜい、提言するだけ」

「頑張ります!!」


 「十年王都に戻れないかもしれない」と言われた訳だが、リーネは落胆より衝撃より、強い決意を新たにしたと見えた。

 もっとも、理報補官の少女は、気づいていないようだ。

 憧れの天才理術士が、「リーネが十年隣にいる」可能性を当然のように受け入れたばかりか、「望むのであれば、正式に自分付となれるよう取り計らう意思がある」と告げたことを。



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