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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第三章

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08 だいたい判ったな

 ルカはこれまでと同じようにリーネを伴い――理報補官は、ミアンナとルカの意見が割れたように見えたため、着いていくのを躊躇う様子を見せたが、ミアンナが促した――問題の家の扉を叩いた。


「失礼します、こちらに理術について詳しい方がおいでと伺ったのですが」


 ルカが話すのをミアンナは少し離れたところで聞いていた。


「もしかしたらおばあちゃんのことかしら。義母はだいぶ前に亡くなりまして」


 応答しているのは理術士の義理の娘であるらしい。


「失礼ですが、お義母上は理術道具などを遺されていませんでしたか」

「いえ特には……あ、娘がもらった手鏡みたいなものって、もしかして関係があります?」

「――携行式盤かもしれません」


 そっとリーネがルカをフォローした。


「見せていただけますか」

「お待ちくださいね、これタマラ! タマラ!」

 母が娘を呼んだときである。二階の窓がそっと開いた。そこから姿を見せたのは十歳前後の少女である。


(なかなか大胆だ)


 二階からのその脱走は、玄関にいるルカとリーネには見えないだろうが、離れているミアンナには丸見えである。

 もっとも、慣れた経路という様子ではない。少女はおっかなびっくりで、見られていることも気づいていなさそうだ。またしてもラズトのフィン少年を思い出し、ミアンナは携行式盤を開いた。

 次の瞬間、理術士の予測はぴったりとはまることになる。


「えいっ!」


 タマラと思しき少女はこれまた大胆にも隣の屋根に飛び移ろうとしたが、明らかに飛距離が足りなかった。


「やはりか」


 今回は想定済みである。ミアンナはさっと理紋を作り出し、強い風の膜で少女の落下と負傷を防いだ。ぶわり、と近くの木々が揺れ、葉が激しく宙に舞う。


「なっななな……!?」


 一方タマラは全く想定外だったようだ。飛べないことも、落ちそうになったことも、見知らぬ理術士に助けられたことも。


「ミッ、ミアンナさん!?」

「――理術か!」

「まあ、タマラ! おまえいったい何を」

「タマラ殿。少し話をよいか」


 理術でそっとタマラを地面に下ろしたミアンナは、まず丁寧に呼びかけた。


「えっ、あっ……理術士……!」


 少女は「動揺」を絵に描いたような顔をしている。


「三日前の――」

「おねえちゃんのせいじゃない!」


 そこに、更に幼い声がした。


「マキが、マキがわるいことしたから……おねえちゃんはマキをたすけてくれたの!」

「ちょっと、マキまで!? 何なのあんたたちは」


 母親はタマラの妹マキ――だろう――が走り出てきたことに目を白黒させている。


「だいたい判ったな」


 ミアンナは式盤を閉じた。


「タマラ殿、母親の前で話すか、それともひとりで話すか?」

「ま、待ってください、クネル理術士」


 話を進めようとするミアンナをルカが制止した。


「目立つといけない。ひとまず……ご夫人、お部屋をお借りしても?」

「え、あ、はあ……」


 状況が全く把握できない母は気の毒にも呆然としていた。しかしルカの声がけに、少なくとも娘たちが関係あるらしいとは理解して、三人を自宅へ招いた。

 タマラも観念したように続く。幼い女の子マキは、まるでミアンナを敵のように睨んでいたが、当人の気持ちとは裏腹に微笑ましく見えた。

 もっとも、母親は「娘たちが何かとんでもないことをしたようだ」とじわじわ気づきはじめ、次第に顔色がなくなっていく。深刻な顔で「夫を呼んできます」と言ったが、すぐに済むとミアンナは制止した。


「タマラ殿。まずは母親の同席を望むか聞こう」

「え……」

「な、何仰るんですか、理術士様! あたしは話を聞きますよ!」

「後ほど必要に応じて共有はする」

「そんな」

「あ、あの、まず、タマラさんの返事を聞きませんか」


 何とかリーネが口を挟んだ。


「いてもらった方がいいんじゃ」


 そっとルカが囁く。


「返事はできるか?」

「……あたしが、やったから。母さんは、関係ないし」

「おねえちゃんはわるくないよ!」

「関係ないっておまえ!」

「まあまあまあ」


 ルカがとりなす。


「まずは最低限の情報をお伝えします。娘さんには理術の無許可使用の疑いがかかっている」

「な、なんてこと……」

「ですが、まずは事情を聞きたい。妹さんの話からすると、妹さんを助けるためというようなことでしたが」

「……マキのせいじゃない」


 ぼそりと、タマラが呟いた。


「あの戸棚、倒れそうだってずっと言ってたのに、父さんは直す直すって言って、直さなかったから」


 ちらりとタマラが視線を送った先を見れば、確かにそこには背の高い戸棚が置かれていた。足の部分を見ると布が噛ませてあって、不安定な様子が見て取れる。


「成程。あの戸棚が倒れて、妹が下敷きに? しかし怪我の様子はない。運よく隙間にでも入り込んだか」


 理術士はだいたいのところを言い当てた。


「お母君は、留守にしていたのですか? ご主人も?」


 顔を真っ白にした母親にルカが問うた。


「み、三日前、でしたか……は、はい、町内の集まりがありまして、ふたりとも……」

「いいこにしてなさいって言われたのに、マキが、マキが、とだなに、よじのぼったりしたから」


 健気な妹は自分の罪を告白して姉をかばう。


「おねえちゃんをつれていかないで!」

「連れてはいかない」


 まずミアンナはそう答えた。


「その代わりと言うのでもないが、タマラ殿」

「は、はい」


 幼い姉はガチガチに固まっていた。


「まずは式盤を出して」

「え……でも、これは……」

「形見を取り上げはしない。見せてほしい」

「そ、それなら……」


 おずおずと少女は古びた携行式盤を取り出した。ミアンナのものより小ぶりで、縁には細かな飾り彫りがされている。確かに品のいい手鏡のように見えた。


「――成程、いい構文」


 ミアンナは小さく呟いた。


(簡素ながら、使用制限のあるなかで最大級の力を発揮できるように作られている)

(「記念品」にしては、本格的に使おうとしていた様子)

(それも、誰にでも使えるように……?)


 引退理術士が何を考えていたのか、ミアンナは頭を巡らせた。


「父親の仕事は?」

「え……」

「うちの人ですか? 大工ですよ」


 タマラが戸惑う間に、母親が答えた。


「……何か大きな事故はあったろうか。ここ十数年で」

「え? ええと、はい、ありました。工事に使われる器具だか何だかが爆発して、何人もが石材の下敷きになって……うちの人は大丈夫でしたけど、仲間内には死人も出たと聞いてます」

「ああ、それで」


 ルカが呟いた。


「亡くなった理術士の方……お義母上はあなたのご主人、つまり彼女の息子さんを案じて、重いものを動かせる、そんな理術を遺したのではないですか」


(理解が早いな)


 ミアンナはこっそり感心した。ルカが持つ理術の情報はぐんと少ないのに、たどり着いた答えは専理術士のミアンナとほぼ同じだったからだ。


「タマラ殿は使い方を教わっていたのか?」

「う、うん……おばあちゃんが、本当はだめだけど、どうしてもだれかをたすけるときは、使っていいって……」

「よくはない」

「クネル理術士」


 たしなめるようにルカが呼んだが、ミアンナは首を振った。


「この構文なら、確かに過ちは起きづらい。しかし絶対ではない。長い間調整の行われていない古い式盤だ、狂いが生じている可能性も大いにある」


 件の理術士が亡くなってだいぶ経つ。まともに稼働しないことだって有り得た。


「そうでなかったとしても、重量のある棚を持ち上げて妹を救うつもりが、もし重心を掴み損なっていれば。不用意に高く持ち上げ、巧く戻せずに落下させていたら。妹がいまそこに無事でいるのは、運がよかっただけ」


 ミアンナは声を荒げなかったがその口調は厳しく、ルカも気圧されたように黙った。タマラはミアンナの言葉を全て理解はできなかったようだが、叱られているというのは判ったようで、またうつむいた。


「式盤は、使用制限を強める。方向性の希望は聞くが、決定権はサレント自治領にある」

「え、構文自体は残すんですか?」


 リーネがそっと尋ねた。全て抹消してただの丸い板にしてしまわないのか、と。


「構文も込みで、形見だろう」


 そこを崩したら「形見を取り上げない」という約束を反故にすることになる。ミアンナはそう判断した。


「ミアンナさん……!」


 感動でもしたように、リーネは口に両手を当てる。


「それから、タマラ殿には自治領庁舎に出向いてもらう必要もある」

「えっ」

「つ、つれてかないってゆったじゃん!」


 タマラは絶句し、マキは憤然とした。母親はまた顔を白くする。


「連れてはいかない。自主的にきてもらう。――申請は自主的にするものだ」

「クネル理術士、まさか」


 ルカが青い目を見開く。ミアンナは肩をすくめた。


「申請が遅れただけだ、という形に落とし込もう。アールニエ鋼嶺徒の協力が必須だが」

「そこは、お任せを」


 にやりとルカは笑い、彼女に向けて敬礼を決めた。


―*―


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