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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第三章

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06 絵筆のたとえ

 ルカを先頭に、ミアンナ、リーネと続いた。

 先ほどまで制服姿にろくな反応を見せなかった住民たちだが、時折ぎょっとしたような顔を見せる者もいた。調律院の制服と鋼嶺隊の制服を知るのだろう。ここが連れ立っているなど何ごとか、と驚いているのだ。


 ラズトの町であればイストがさっと説明するだろう。「ただの決まり切った調査っすよ」と笑って手を振って、人々の不安を払うに違いない。しかしここに広報官はいないし、ミアンナやリーネはそうしたことをする立場にはない。ルカも同様だ。


(噂になるだろう)

(とは言え、問題ではない。調査結果は公開されるはずだ)


 日は少しずつ高くなり、雲も出てきた。もっとも、雨にはとてもなりそうにない。


「その道の先から北街区六番です」


 ルカが示した。ミアンナはうなずく。


「理術を使いながら痕跡を調べていく。まずは中心に向かってほしい」

「判りました。それで手がかりがなければ、回る範囲を広げますか」


 ミアンナが携行式盤の上に小さな理紋を浮かばせながら歩いていれば、どこの制服か知らない者でもぎょっとする。実際、たまたま家から出てきた住民は、三人の制服姿が妙なことをしていると見える光景に瞬時固まり、それから慌てたように家のなかへと戻ってしまった。


「……理術のこと、あんまり知られてないんですかね」


 そっとリーネが呟いた。


「使用が制限されてるんだから、当たり前だとは思いますけど」


 彼女にとってミアンナの理紋はたいそう美しく見る価値のあるものなので、怖ろしいものを見たとばかりに逃げ帰られると悲しい気持ちになるのだ。


「少しこの付近の話を聞いてきます」


 ルカが進み出る。


「すみません。少しお話をいいですか」

「……いまの家に!? 心臓強くないですか!?」


 リーネは、ミアンナにだけ聞こえるようにしたのだろう、「小声で叫ぶ」という器用な真似をした。


「この辺りで理術に詳しい人を知りませんか」

「理術? 魔法みたいなやつか。誰かが詳しいなんて聞いたことないね」


 仕方なく顔を出した住民は、顔をしかめて魔除けの仕草をした。


「そうですか、有難う」


 簡単にやり取りを終えてルカは戻ってきた。


(「詳しい人を知りませんか」か。なかなか巧い)


 無許可の理術について調査している、などとはっきり言えば余計に相手の警戒を誘うかもしれない。いい落としどころに見えた。


「この調子で少し聞いてみます。フロウド補官」

「えっ!?」


 思いがけず呼ばれてリーネは飛び上がりかけた。


「よければ同行してください。男ひとりだと警戒されるので」

「えっ、わ、わたしですか……?」

「失礼。いいですか、クネル専理術士」


 リーネの戸惑いに気づいたルカは、ミアンナの許可が要るのだと考えて、確認をしてきた。少しだけ的を外しているが、あながち間違いでもない。ミアンナはうなずいた。


「いい提案。ただし、私から見えないところへは行かないで」

「心得てます」


 もちろんルカはリーネを連れ去るつもりでもないし、ミアンナもそれを案じた訳ではない。彼女は天秤が釣り合う位置を探し、ルカも応じた。それだけだ。

 リーネは少し心細そうにミアンナを見た。ミアンナはうなずき、腰の携行式盤を触って見せた。それを見てリーネもほっとうなずく。


「判りました。あの、どうすればいいですか、アールニエさん」

「基本的には僕が話すので、後ろで副官みたいな顔をしててください」

「副官……」


 彼女が繰り返したのは、「ミアンナさんの副官なら嬉しいのに」という意味であるが、ルカには不安そうな響きに聞こえたのだろう。彼は「大丈夫ですよ」などと言った。

 そうして彼女たちが六番街区から七番街区へ移った頃のことだ。いくつか情報が出始めた。


「理術? 懐かしい言葉を聞くもんだ」

「懐かしい、とは?」

「カーセスタからきた理術士がいたんだ。もう死んだがね」


 住民は何の感慨もなさそうに話した。知り合いという訳でもなさそうだ。


「亡くなったのはいつ頃ですか? どの辺りに住んでいたとかは」

「あー、十年くらいは経ってんじゃねえかな。家までは知らねえ。悪ぃな」

「いえ、有難うございました」


 有力情報である、とルカはミアンナに共有し、リーネも少し嬉しそうな顔をしていた。


「ミアンナさん、サレント自治領に越された理術士の方なんて知ってます?」

「いや」

「そうですよね、十年以上前だったら直接はご存知のはずないですよねえ」

「カーセスタの理術士がいたのなら、サレント自治領庁でも把握していそうなもの。でも亡くなっているのなら、今回の事例とは無関係として伝えてこなかった可能性もある」


 十年前ならイゼリアもまだ赴任していないはずだ。応理監の不手際ではないだろう、とミアンナは判断した。


「ひとつ聞いても?」


 ルカが軽く挙手をした。ミアンナは掌を上に向け、「どうぞ」と言うようにルカの発言を促す。


「理術について最低限のことは学んできたんだが、どうもぴんとこない点がある。理術士はカーセスタの資格ということだが、才能がある者が学べば、資格を取らずとも理術が使えるのでは?」

「式盤があれば使える」


 簡単にミアンナは答えた。


「それじゃ、無許可の使用者が理術士とは限らないのでは」

その通り(アレイス)。だがそもそも、もっと大きい誤解がある」


 ミアンナはうなずき、それから続けた。


「理術は理術士、または知識や能力がある者でなければ使えないが、構文の書き込まれた式盤は誰でも使える。それをして『理術』と言うこともある」

「……うん?」


 理解しづらかったと見え、ルカは首をひねった。


「ええと、いいですか?」


 今度はリーネが挙手をした。ミアンナは先ほどと同じようにリーネに発言を譲る。


「理術は特殊な能力がなければ使えませんが、その力を込めた式盤は、使い方さえ判っていれば誰でも使える道具です。もちろん、誰でも使えるように理術士が構文を書けば、ではありますけど」


 理報補官はまずそう言って、考えながら言葉を続ける。


「絵の具と絵筆に例えられることがあります。理術士はさまざまな色を自在に作り出しますが、その色を吸わせた絵筆を持てば、誰でもその色を塗ることができる」


 簡単な切り替えで明かりをつけたり消したり。水をきれいにしたり。構文が刻み込まれた式盤を使うというのは「渡された絵筆で色を塗ること」で、色を作れなくても可能だ。

 上手に濃淡を出すだとか、色に色を重ねて立体感を出すだとか、そうした段になっていくと「誰でも」とはいかない。やはり絵描き――ではない、構文を理解できている理術士が直接行うことで成される理術ももちろん多々ある。


「何となく……判ったようにも思う」


 曖昧にルカは言った。


「絵筆のたとえは、理術士には評判が悪い」

「えっ、あっ、ごめんなさい!」


 ミアンナの言葉に、リーネは慌てて謝った。


「そうじゃない。理術士はそのたとえに首をかしげるが、理術士ではない者は納得する。それならば巧いたとえなんだろう」

「当事者だけが納得していない、というのは少々面白い」


 言葉の通りにルカは笑った。そうすると少年めいて見える。


「しかしそうなると『無許可の理術』を行ったのは、『理術を理解している者』にすら限らない、か」


 ますます特定が難しいのでは、とルカは顔をしかめた。


「ええ、『式盤が作動した』という状況かもしれず……そうなると、理術士さんがこの近くにいたらしいことは、あんまり関係ないかもしれないですね……」

「いや」


 心配そうなリーネに、ミアンナは首を振った。


「理術士がいたということが、式盤が残っていることにつながる。そうそう出回るものでもない」

「それもそうですねえ。あ、式盤はその、作るのが難しいんです」


 少し言い方を考えながらリーネは言う。高価なものであるとか高度な技術が使われているだとか、それくらいはルカも知っているかもしれない。しかし互いの立場を考えたら「情報」を言い立てることは好ましくない、と理報補官も判断できた。


「クネル理術士。どうです、理術の痕跡は」

「最近のものも十年以上前のものもいまのところ見当たらない」

「へえ、そんな前のものまで判るんですね」

「普通は判らないと思います」


 小声でリーネが呟いた。


「あ、向こうに何か話してる住民の方がいますよ。声をかけてみます?」

「よし、じゃあ」

「待って」


 そちらに向かいかけたリーネとルカをミアンナがそっととめた。


「――角の向こうでこちらの様子を伺っている人物がいる」

「いますね」

「え」


 ひとりだけ気づいていなかったリーネは目をしばたたく。


「私が見ておく。アールニエ鋼嶺徒とリーネは、そのまま気づかないふりであちらの婦人がたに話を聞いてもらえるか」

「捕らえに飛び出すなということですね、了解です」

「はぁい……」


 ミアンナとルカが通じ合っているように見えたリーネは少々不服そうに承知した。


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