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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第三章

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03 無許可の理術


「――それで、状況は?」


 カーセスタ王国の紋章が掲げられた馬車は、先ほど彼女たちが乗ってきた調律院の馬車よりも立派なものだった。

 外見については、やはり目立ちすぎないことを重視している。たとえば王都で祭列に使うようなものとは全く異なり、単色で装飾もほとんどない、地味な見た目だ。だが内装はかなりしっかりしたもので、ミアンナのような指揮官相当の人物はもとより、高位の貴族や王族を乗せても問題がなさそうだった。

 こんなところで飲食をしてもいいのだろうかとリーネがそわそわしていたのを見て取ったミアンナは率先して提供された軽食を食し、理報補官とその腹を安心させた。

 そして、ナベル執務佐が絶品だと薦めるサレント産の茶を飲みながら――確かに茶はとても香り高く、ミアンナがいつものようにそれを伝えると、ナベルは嬉しそうにしていた――、改めて尋ねたところだ。


「はい、通信でお伝えしました通り、無許可の理術が検知されまして」


 理術はカーセスタ独自の技術だ。理術士が他国で使用することは原則として禁じられている。しかし、正規の理術士以外にも、理術を知る人物はいる。たとえば、わずかな差で資格試験に合格しなかった者だ。

 試験を受ける段階にまで学んできた者は驚くほど勤勉なことが多く、だいたいは合格して公務官となるのだが、たまにはちょっとした誤りによって不合格となる者もいる。

 国はそうした人物もなるべく拾い上げるが――理術を知る者は貴重であるというのがひとつ、理術を知る人物を野に放っておきたくないというのがひとつ――、どこかでは切り捨てざるを得ない。

 理術を使うのには式盤が必要で、理術士以外が手に入れることは非常に困難だが、絶対に不可能でもない。件数としては非常に少ないものの、そうした「野良の理術」が検知されたときは大きな問題になる。


「ご存知の通り、サレントの町は理術に厳しいんです。ヴァンディルガの目があるということはもちろんですが、カーセスタにもおもねりたくない」


 カーセスタのおかげでヴァンディルガの侵略から逃れているのは事実だが、自治領側には「カーセスタに擦り寄りすぎても併合されるのではないか」という懸念がある。「カーセスタにも目を配っておこう」というのは何もヴァンディルガへの口実だけではないのだ。


「どういった理術が行使されたかは判っているのか?」

「小官の立場では申し上げられませんので、応理監から直接お聞きください」


 ナベルの言葉に事態の深刻さを想像したリーネは身を固くした。


「緘口令が敷かれているという意味ではないだろう」


 それに対してミアンナがつけ加える。


「伝聞は誤りを生みやすい、というだけ」

「仰る通りです。理術に関する説明には、理術の知識が必要ですから」


 もし単純な話――たとえば、許可申請洩れであるとか――であればナベルでも答えられる。しかし少しでも込み入ったことを聞きかじりや推測で伝えれば、誤った情報を与えることになりかねない。


「差し迫った事態ということではありません。ご安心を」

「す、すみません」

「緊急報の重さを考えれば、警戒は当然」


 何もリーネの想像が過剰だった訳ではない、と理術士は肩をすくめた。


「当初の状況では規模も不明でしたので。一(トーア)でも早い伝達をいたしました」

「初動の遅れは重大事を招きかねない。たとえ誤報であったところで責める者はいない」


 厳重に確認すべきときと、速度が大きな意味を持つときがある。殊に理術を使った連絡は、誤報であればそれも素早く伝えられるのだ。第一報を遅らせる意味はない。


「小官から申し上げられることを何点かお伝えしますと、まず、少なくとも第一級――緊急特報が出るような状況にはなりませんということ。実際、小規模な理術です。それからもうひとつ。ヴァンディルガからも使者がくるということですね」

「ヴァンディルガから? 軍人の方とかですか?」

「簡単な経歴は応理監のほうへ届いている模様です」

「成程。つまりこちらの経歴も」

「ええ、先方に知らされているでしょう」

「あの、一緒に調査したりするんでしょうか?」

「向こうの出方次第ですが、おそらくそうなるかと思われます」


―*―


 ――二日前の夜、ラズト支部で緊急報を受信した統理官と副統理官、及び階下から飛んできた副理術士、この首位三人の決断は早かった。

 可及的速やかにサレント自治領へ向かう、というのがそれだ。


 まだ状況は判らなかった。位相構文を使った理術の通信では、詳報を伝えることはできないからだ。いくつかの決まった信号の組み合わせで速報が伝えられたら、あとは通信鳩や特使の到着を待つことになる。

 だが、第二級通信である緊急報がサレント自治領からやってきたという意味は、ラズト支部にとって非常に大きなものだ。即座に動かなくては手遅れになるかもしれない。

 はじめは、ジェズルとレオニスが自治領へ出向くという話になった。彼らはサレントへの訪問経験があったためだ。

 それから、ゾランもジェズルも口にしなかったが、ミアンナではヴァンディルガがきっと舐めてかかってくる、という考えもあっただろう。

 そのことはミアンナ自身も考えた。ヴァンディルガの常識は、レオニスですら「それは理律違背では」と言い出しそうなほど、カーセスタと異なっている。

 だからこそ彼女が出向くべきだ、という考えもあったが、それはいまではない。いまは、「成人したてで実績不明の少女」などという余計な情報のない人物のほうが適切だ。


 しかしそこに、調律院本部からも通信がきた。

 ミアンナ・クネルを派遣すべし――というのがそれだ。


「現地からの要請、ということか」


 リーネがざっとまとめた通信内容をゾランに渡すと、上級連衛官は呟くように言った。


「外交使節所長は、イゼリア殿だったな。彼女の決断は信用できる」

「ミアンナ殿が必要な事態、ということなのでしょう」

 

 ジェズルはひとつうなずくと、ミアンナとリーネを見た。

 

「では、統理官、理報補官。ひとまずおやすみください」

「……えっ!? 何でですか!?」


 思いがけない提案をされたリーネは、一瞬の沈黙のあとで素っ頓狂な声を上げた。


「支度ができたらすぐ出立することになる。それまで休んでおけということ」


 簡単にミアンナが説明する。


「各種手配と主な荷支度はこちらで行います。制服は略装でよいでしょう。あとは最低限の私的なものだけご用意ください」

「私的な……?」


 てきぱきとしたジェズルの指示に、やはりリーネは首をかしげた。そこに再び、ミアンナが簡単な説明をする。


「身支度の道具や下着類ということ」

「あっ……ハイ……」


 青年がぼかして言ったことを明瞭にさせてしまった少女は、少々赤面した。


―*―


 その後、続報によって、緊急報の内容は「無許可理術の検知」であることが伝わり、重大な事件や事故に比べたら緊急性が低いことが判明した。

 とは言え、ミアンナの出動が要請されていることに変わりはない。彼女たちは朝の早い内に――マグリタが持たせてくれた握り飯(トーイナザ)を手に――ラズト支部をあとにした。

 それから丸一日以上、途中の集落で休憩をしながらも、ほぼずっと馬車に揺られてきた訳である。王都カーセステスからラズトの町にやってきたときは十日ほどかかったことを思えばずっと近いとは言え、楽ではない。さすがのリーネも疲労で口数が少なくなり、ミアンナは時折窓の掛け布を開けては外の様子を見ていた。


(空気は穏やか)

(魔力線にも取り立てて異状は感じられない)

(大きな範囲に影響は起きていない。個人、或いはごく小さな部分に向けた理術で、規模は聞いていた通り、ごく小さい。ただ、サレント側では無視ができず、理術士による調査を要請した)

(……やめておこう。推測には材料が足りない)


 現時点の情報から大まかに形を作ることはできる。おそらく誤りではない可能性も高い。しかし、枠を作ればその内側を埋めたくなる。思索は理術士の持つ性質のようなもので、やらずにいるのは鋼の意志が必要だ。

 リーネは、そうしたときの助けにもなる。彼女の話に耳を傾け、返事をしていれば、無駄な思索をしなくて済む。ジェズルとレオニスも同様だろう。レオニスの軽口は、間違いなくジェズルの助けになっているはずだ。

 しかしいまはリーネが疲れ切ってしまっている。ラズトに向かうときもそうだった。あのときもミアンナはいろいろと、愚にもつかないことを考えてしまった。

 王都での出来事、ラズト支部についての推測、理術士になる前のこと、ヴァンディルガ皇国のこと、理術のこれからについて――。

 考えることは性に合っている。答えが出ることも、出ないことも、いくらでも考えていられる。

 ただ、答えが出ないことを考え続けるのは無意味だ。生産性がないと言ってもいい。ミアンナはそう思っていた。そうした状態に自身を置くことは好ましくない、とも。


「統理官、まもなくサレンタの町に入ります。外交使節所まではそこから数(ティム)程度となります」

「――判った」


 早く情報がほしい。

 この枠を仕上げて、埋めてしまいたい。

 無意味に急いた気持ちになる自分を抑え、ミアンナは窓の掛け布を下ろした。


―*―


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