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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第二章

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09 吹いてやがんな

「いや、しかし、調律院の理術士にそんなこと頼みますかね?」


 イストが釈然としないように言った。

 支援は環境補助に限る、などということを知らなくても、調律院が個人の利益のために動かないことくらいは誰でも知っていそうなものだ。


「そりゃ爺さんはあれこれやりましたけど、環境作り替えるみたいなのは、理術士なら本来やらないことなんでしょ?」

「経緯は判らない。しかし生じている結果から逆算すると、そうしたことが考えられる」

「ううん……」


 うなったのはレオニスだった。


「あのさ、いいか? 俺、ちょっと思い出したことが」


 思わせぶりな言い方に、注目が集まった。


「ハイムの爺さん、こう言ったことがあるんだ。『賭けに負けて理術を使ったことがある』……ってな」

「はあ!?」


 イストは大声を出し、ジェズルは口を開け、リーネは目を見開いた。ミアンナはただ聞いている。


「爺さん、さてはちょいワルを気取って吹いてやがんな、と思ったんだがなあ。ここにきて事実だった可能性が急浮上とは」


 カーセスタの法では、個人の間、かつ多額の金銭が絡まなければ、賭事も違法ではない。だが、あまりよいことではない、というのが世間一般の評価である。

 「調律院の理術士が賭事をした」、しかも「負けて理術で支払った」は、ちょっと強烈すぎる――とこの場の誰もが思った。


「この推論を固めるため、調査用に持ち帰ったものを少し調べよう」


 ミアンナはすっと立ち上がった。


「使っていた構文が判れば打ち消せる」

「あ、その前に式盤の点検、どうっすか」


 イストが携行式盤を開くような仕草をしながら提案した。


「どうせミアンナ女史もジェズルさんと同じで、調べ物に入ったら没頭しちまうんでしょ。用事は先に済ませちまいましょうよ」


―*―


 調律院設備技術保全棟――「技術棟」や「技術小屋」などと簡単に呼ばれることも多いその建物は、支部の裏手にある。

 一見したところ簡素な掘建て小屋だが、その本体は地下に作られた頑丈な二部屋だった。

 式盤をはじめとする理術道具の作成や修繕には危険もつきもので、些細な過ちが重大な事故を引き起こす。その被害を建物内で済ませるため、技術棟は通常、堅固な防壁で作られるのだ。もちろん、理術を使った上乗せもある。

 それだけ危険な仕事であるため、技術官の給与は理術士より高い、という噂もたびたび聞かれた。実際のところは個人の能力や任される権限によるが、並び立つ金額なのは事実だ。


「どーも、セフィーヌ女史! いま、いいっすか」

「あら、イストさん。まあ、統理官まで。どうされました?」


 歓迎会の際は瀟洒な白い一枚衣を着ていたセフィーヌだが、今日は粗い生地で作られた上下の作業服に身を包んでいる。長い髪はざっと団子状にまとめられ、差し込まれたかんざしには白花の意匠があった。


「あっとですね、まずはひとつ、お詫びしたいことが……」

「まあ。何でしょうか」

 

 イストが切り出すと、セフィーヌ技術官は上品に応対した。

 

「夏祭りに頼んだ小道具、覚えてます? 演劇で使う護符をそれっぽく作ってほしいってお願いした」

「ええ、覚えております」

「実は今日、ちょっとその話が上がって。ジェズルさんに叱られたんす。セフィーヌ女史にすごく失礼なことだって」

「まあ」


 技術官はまた言った。


「んで、言われてみたら確かにそうだなって思って……その節は、すみませんでした!」

「驚きましたわ。いいんですのよ」


 彼女は少し困ったような顔をした。


「わたくしは神殿を離れておりますので、神女まがいのことを行うのは神をも恐れぬ行為に思えます。ですが、ラズトの子供たちがあれだけ夢中になっていたお芝居のお手伝いができたのなら、神もお許しくださるかと」

「うう、子供たちの反応を見るまでは結構しんどかったってことっすよね……本当に軽率でした……」

「お忘れください」


 にっこりと元神女は言った。


「それで統理官は……イストさんの付き添いですの?」

「はは、いやまさか」


 冗談か本気か判らないセフィーヌの言葉をイストは一応否定した。


「我らが統理官が、子供の命を救うためにちょいと携行式盤に無茶をやりましてね。見ていただこうかと」

「命は大げさ」


 ミアンナの見立てでは、彼女が失敗してもジェズルの理術により、フィンは最悪で骨折、おそらくは打ち身程度、というところだった。


「人を救われたのですね。神は必ず、ご覧になっていますわ」


 こうした考えや発言はセフィーヌの習慣になっているのだろう。元神女であることを除いても、彼女は熱心な八大神殿信者である。


「それで、無茶とは?」

「蓋の上から構文を書き込んだ」

「何ですって?」

「強引にやったので、盤面に影響があるかもしれない。目視では問題ないが、念のために点検をお願いしたい」

「蓋の上から……」


 セフィーヌもまたジェズルのように呆然とした。理術面において、ミアンナの特異性を最も理解できるのはジェズルだが、セフィーヌは二番目かもしれない。


「はっ、はい、盤面ですね。確認いたします」


 それから気を取り直して技術官はミアンナの小さな式盤を受け取った。


「少々お待ちください」

「あ、作業見てても大丈夫っすか?」

「点検だけなので問題ありません」

「私はこちらで待機していよう」

「恐れ入ります」


 セフィーヌは隣室へ行き、ミアンナは技術官が一切見えない位置に移動した。

 式盤に関する技術は秘匿されている。殊に、理術士には一切開示されない。これは理術士を守るためでもある。

 仮に、式盤の作製と点検、維持のできる理術士が、たとえばヴァンディルガに拉致されたとしたら。技術は全て漏洩し、理術士も決して無事では済まないだろう。

 そのため、式盤の作製についても徹底した分業が行われている。セフィーヌは、たとえば式盤の合金に何が使われているか程度は知っているが、作り方はもとより配合も知らない。盤面のどこが理紋に影響するかは知っているが、どう影響するかは知らない。彼女は点検、維持、修繕を行う技術官だ。


「――終わりました。確かに直近の作動記録が不自然です。不完全な構文で正しく動いたように見えます」

「稼働するのに充分な書き込み強度を保ちつつ、式盤を傷つけないよう調整したためだろう」

「何を仰っているのか判りません」


 セフィーヌは首を振った。


「いえ、判りますけれど……危急の際にそれだけのことを一瞬でやってのける理術士が存在する、というのが判りません」

「何かすごいんすねぇ、我らが統理官……」


 ジェズルだけでなくセフィーヌも呆気に取られているのを見たイストは、じわじわと「すごいものを見たらしい」「すごい人が来たらしい」といった気持ちが染みてきたようだった。



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