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02 大尊敬です

 カーセスタ王国の首都カーセステスから王国の西端まで、馬車でおよそ十日。

 地図上の直線距離で言えば案外近く見えるのだが、険しい山を越えねばならず、行き来は容易ではなかった。

 ミアンナとリーネは王都近くの街から月に数度の定期便に便乗し、ここラズトの町までやってきた。着いたのはほんの先ほどで、リーネは「少し休みませんか」と提案したが、ミアンナは「規則上、遅滞なく着任するべき」と言って、旅装のままで書類を提出したという訳だ。


「お風呂も使っていいなんて、優しいですね、あの連衛官さん!」

「ここの統理官でもある私が汚れた格好で歩き回っては調律院の威厳に関わる。当然の提案」

「そ、そうかもしれませんけど。でも、さっぱりできたのはよかったです」

「否定はしない」


 ミアンナは淡々と応じながら理術士専用の執務室の検分を続けた。身ぎれいにし、制服姿になっている。


 理術士の制服は、深い青を基調に銀灰色の縁取りがされた上着と下衣の組み合わせだ。艶消しがされたボタンには調律院の紋章が刻まれている。正式な場ではマントを身につけるが、屋内ではあまり着用しない。

 一方のリーネ。理報官および理報補官の制服は少しくすんだ薄緑色をしており、上着は長めで比翼仕立てになっている。縁取りは理術士のものより濃いめの灰色だ。下衣は二種の仕様があり、どちらを選んでもかまわないが、リーネは一般的に女性がよく選ぶ方を身につけていた。


「うわあ、北方がすごくよく見渡せます」


 リーネは窓を開け、外の景色を眺めた。秋口の涼やかな風がすうっと通り、ふたつに結んだ彼女のふわふわ髪を揺らす。


「向こうがサレント自治領で合ってますよね? その向こうが皇国……あれ、こっち側、すぐ横に塔がある。見張り塔って感じじゃなさそうですけど」

「そこにあるのは支部の資料塔」

「あっ、そうでした」


 ひと通り見渡して満足したか、リーネもミアンナに倣って室内の設備を確認しはじめた。


「どんな感じですか? あの、本部の設備に慣れていると支部のものに驚くかも、なんて聞かされていましたけど」

「設置の式盤はきれい。全く欠けがない。丁重に使われていた証」

「えっ、その備え付けの式盤、きれい、なんですか?」


 好奇心を刺激されたか、リーネはミアンナの手元のぞき込み、それから栗色の目をぱちくりとさせた。


「そうは見えな……いえその、ずいぶん、古そうですけど」


 ミアンナと違ってリーネは理術を操れないが、ミアンナたち理術士が術を使う様子は見慣れているし、理報官になるための知識もある。

 理術に必要な式盤のこともある程度知っているが、王都の調律院本部に設置されていた式盤はいつもぴかぴかで、たとえ古くてもそれを感じさせなかった。ところがここの式盤ときたら、塗装はほとんど剥げていて、周縁にはひびも入っている。


「古いのは確か。百年は経ってる」

「え、博物館級じゃありません!?」

「繰り返し、修繕されている。それでも、ここまで使い込んだらたいていは修復不可能なほどに欠けて理紋が生じないか、式盤自体が割れてしまうもの」


 式盤の縁をなぞるようにしながら、ミアンナは説明をした。


「へえ……じゃあ歴代理術士の方々がみんな、理術道具を大事にするいい人たちだったんでしょうねえ」


 しみじみとリーネは言ったが、ミアンナは首をかしげた。


「ヴァンディルガ皇国との諍いは長らく起きていないとは言え、このラズト支部は国境警備の最前線と言っても過言じゃない。最新のものを導入していく方がいい」

「ええっ、そんなあ」


 「古い」と言ったことなどどこへやら、リーネは落胆するような声を出した。しかしミアンナも首を横に振る。


「いますぐ入れ替えるべきとは言っていない。使い込まれた式盤は動作が安定するという利点もある。実際、この支部は作られて三十年強。安定性を重視して、わざわざ百年級のものを運搬してきたと推測できる」

「そうかあ、それくらいだとまだ新技術も開発されてなくて……何でしたっけ、〈同期律整式〉?」

「そう」


 かつては新しい式盤には慣らし運用が必要で、理術士との「相性」もある、などと言われていた。調整が足りないと理紋が形を結ばなかったのだが、そこには個人差も大きかったためだ。

 新技術が開発されたいまでは「相性の問題」はなくなり、新品でもすぐ実働可能になった。それでもなお、使い込まれたものが安定するという事実は変わらない。


「この式盤もいつまでもは保たない。新しいものを用意し、並行して使い込んでいくことが必要」

「そ、そうか……そうですね……未来まで見据えるなんて、さすがミアンナさん、大尊敬です!」


 調律院付の専理術士に対して理報補官がそんなことを言えば、まるで媚びているようでもあっただろう。しかし目を輝かせるリーネは心から告げており、ミアンナもただ受け入れた。彼女たちが出会ってからまだひと月程度であったが、どちらもずっとこの調子である。


「まずは本部に着任の報告を入れる」


 呟くように言うと、ミアンナは式盤の上に指をかざした。


「わ、早速、理術を使うんですか」


 リーネは両の拳を握り、一歩下がってわくわくと見守るような体勢を取った。ミアンナの生み出す理紋は美しく、リーネはいつもそれに感心するのだ。


「まずは理術網につなぐのが先決。位相構文、第五級から」


 ミアンナは軽く目を閉じ、そっと息を吸って、薄い金色の瞳を再び開いた。


「では――調律を開始する」


―*―


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