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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第一章

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11 力の天秤

 明日は朝からラズトの町を案内されることになっている。また多くの人物と会うだろう。調律院や理術士の実力主義に慣れている支部員たちと違って、あからさまに「こんな子供が?」という反応ばかりになるだろう。


(そうしたことは想定の内)


 王都でも近い態度は散々見せられたし、もとよりミアンナは、それに落ち込むような気質も持っていない。


(なら、何が気にかかるのか)

(――調律院や理術士そのものの信頼を損ねることか)


 「こんな子供を送ってくるなんて、国はこの町を馬鹿にしているのか」。「調律院の理術士? 子供でもなれるのか」。

 調律院が危ぶまれ、理術士が軽んじられる。それは、多くのことを受け入れ、受け流すミアンナジェーラ・クネルにとっては珍しい、「気に入らないこと」だった。

 「自分のせいで」危ぶまれ、軽んじられるのでは、という自己卑下めいた気持ちはない。何故なら、自分を選んだのは調律院であり、そして自分は理術士であるからだ。そこに不安を抱くことは、調律院を危ぶみ、理術士を軽んじること。この考えは、少なくとも彼女自身のなかでは筋が通っていて、疑問の余地はなかった。


 本部で、ミアンナの西端支部赴任に唯一反対していた専理術士ネネティノは、そうした点を案じていたのかもしれない。つまり、少女が「調律院を信じすぎている」点だ。

 「ミアンナはまだ王都や調律院以外の価値観を知らない」と言われたことは、彼女もよく覚えていた。

 ほかの専理術士たちは、それでもミアンナの能力と精神性なら問題は生じないと判断した。過剰な負荷を覚えることのないまま、経験を重ね、成長することができると。

 ミアンナ自身、そうだろうと自己判断をしている。

 天才理術士と讃えられるミアンナでも、他人が何をどう思うかなど、操れるはずはない。魔術には他人の思考を変えてしまうものもあるが「本人の価値観と全く違うこと」などは植え付けられないし、そもそもさすがの魔術師たちでも倫理にもとるとして使用しない。

 そうしたことも彼女は判っている。たとえできたとしてもやるべきではない、とも。また、調律院と理術士の評判を高めたいのであれば、自らの仕事で相手に理解させるのがいちばんよいのだとも。

 そしてこうしたことを「自分に言い聞かせる」でもなければ「誰かの受け売り」でもなく考えられる少女は確かに、慣れない地域で好ましくない反応を受け続けても遠からずそれを受け入れ、糧にしていくだろう。


(おそらく、できると思う)


 外に見せる口調と変わらず、少女は淡々と考えた。


(なのに何故、気にかかるのか。「不安」と言われる類だとは思うが、原因を理解し、現時点で可能な対策を立てていても消えないのか奇妙だ)


 まるで他人事のように、ミアンナはわずかに眉根を寄せた。


 そっと執務室の窓を開けた。ひんやりとした風が入ってくる。ほのかに土の匂いと、五恵重でも嗅いだ葵菜の清涼な香り。王都とは全く違う。

 風景は、リーネが言ったように遠くまで開けていた。夜空には雲も少ない。北を示す天空の〈ひとつ星〉ルサは、迷える者たちの指針たらんと、今宵も煌々と輝いている。


(遠く向こうにサレント自治領。更にその先にヴァンディルガ皇国)


 カーセスタ王国とヴァンディルガ皇国は隣接している部分もあるが、ほぼ未開拓の原野が広がっており、サレント自治領が実質上の国境のようなものだ。

 サレント自治領の中心部までは、ここから馬車で一日強。ヴァンディルガの端までは更に一日強。日々の営みのなかでは遠いが、決して無視できる距離ではない。

 ヴァンディルガ皇国は過去に幾度もサレント自治領を脅かし、カーセスタ王国がサレント側についてそれを退けてきた。


 とは言え、ここ三十年はそうした諍いもない。現皇帝は穏健派で有名だ。

 ただ、皇帝は老齢で、いつ何があってもおかしくない。次期皇帝はその息子で、父親の路線を受け継ぐ気質であるとされるが、周辺の意図は判らない。カーセスタ国王もその辺りを危惧し、西端支部の首位がいつまでも兼任、実質不在のままであることが問題視されるようになった。そして現在に至る訳だ。


(まだ何かが起こる気配はない。でも、そうした兆しがカーセスタに届くようになれば、そのあとはきっと早い)

(力の天秤をどちらにも……カーセスタにも偏らせないため、私たちは調律を行う)


 調律院はカーセスタ王国の機関であるから、中立の立場とはいかない。しかし、国の命令に唯々諾々と従うこともしない。

 理術は兵器に使える。戦利用を行えば、理術士は一騎当千の力を発揮する。だからこそ、従うべきではない命令が存在する。

 もっとも、平時ならばともかく、本当にヴァンディルガと戦になれば理術は必ず利用される。国を守るためならばと、積極的に協力する理術士だってきっと出てくる。

 だからこそ、そうしたことが起きないように、彼女はラズト支部から北西を見る。

 天秤の揺らぎを見逃さないために。


 ――かちゃり、と扉の開く小さな音がした。ミアンナは振り返る。すると大きな人影が執務室に入ってくるのが見えた。


「ゾラン連衛官」

「これはミアンナ殿。もうかなり遅い時間ですが」


 上級連衛官は少し驚いた様子で言うと、ちらりと式盤を見た。


「……外に何か見えますかな」


 構文も理紋も表示されていないのを確認した彼は、主理術士が仕事をしていた訳ではないと判断したようだった。


「星だけ」

「成程、平和ですな」


 戦火が見えないから、という意味だろうか。そう解釈した理術士は、軍人らしい発言だと感じた。


「気になることでも?」

「いや」

「支部員が粗相をしましたか」

「いや」


 簡素に否定を続けてから、ミアンナは謝罪の仕草をした。


「施錠をしにきたのだろう。すぐに閉める」

「調律院に入る盗賊はいませんし、雨の気配もない。星見を続けられるのであればごゆっくり――と言いたいところではあるが」


 少し顔をしかめて、男は首を振った。


「もう日も変わる。休まれるがよいかと」


 口調が副統理官のそれから「親ほど年上の人物」のものになった。ミアンナは大人しく窓を閉め、見慣れない形の錠を回した。


「ゾラン殿はいつも最後に見回りを?」

「調律院を狙う賊などいないとは言いましたが、疎かにもできませんのでね」

「明日からは私もやろう。交代制で行うのはどうか」

「しばらくはあれこれに慣れていただかなくては。次月からでいかがですか」


 そんな語らいをしながら執務室を出る頃には、処理しきれずにいた胸の内の何かは消えていた。

 話をして気が紛れたのか、それとも、知らぬ土地の香りを含んだ夜風の力だったかもしれない。


(明日のラズト視察)

(どんなものが見られるだろうか)


 ゾランに挨拶を述べて分かれると、少女はまだ慣れぬ寝台に身を横たえ、薄い金の瞳を閉じた。


[第二章へ続く]


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