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第4章 マジックボックス

 ついにR産業の黒幕が浮かび上がる。黒幕は明鏡にとって真の敵となるのか?

 R産業を舞台とする最終決戦!

 それでは、お楽しみ下さい!

 臨時株主総会の一週間後、臨時取締役会が開かれ、鷹山専務と秋山社外取締役の役員辞任申出に基づく正式な解任が決まり、二人はR産業を去った。

 そして新たな役員に推薦されることが決まり、浪川経理部長が取締役の推薦を受けた。執行役員を飛ばしての役員就任推薦であった。

 総司は取締役会で浪川人事についてこう述べた。

「この度、新たな取締役として、浪川元経理部長を迎えることに決めました。彼の皆さんご承知のとおり、鷹山元専務とのやり取りにおいて、危機管理の意識が高いところ、また、これまでの評価では経営に対する資質を持ち合わせていることが推薦した根拠になります」

 浪川が就任推薦の挨拶をした。

「取締役に推挙頂きました、経理部長の浪川秀一なみかわしゅういちと申します。私に資質があるかどうかは分かりませんし、社長に評価されていたことも、正直いって意外でした。しかしながら、皆様の一助となれるよう頑張りたいと考えております。よろしくお願い致します」

 他の取締役たちは、どうやら浪川が取締役に推薦された事に対して、あまり歓迎している感じには見えなかった。


 臨時株主総会で背任行為から解任に至った鷹山元専務は、マスコミに対する不正取引をリークをした人物であったとして認識されていた。

 一方、その真実は伏せられたまま浪川は総司社長からの過分な評価により、部長職である従業員から取締役に抜擢されることが決まった。

 この出世について役員の中では到底理解ができない特別待遇であると、陰で社長を非難するものばかりであった。

 明鏡にとっても浪川取締役の誕生は、R産業の経営に明るい材料を運んでくるようには見えなかった。

 その理由の一つは違和感である。

 ミステリー会議の地下会議室からの報告で総帥代理を演じた監査部の小林が余談で話した浪川の業務用パソコンにある幾重にもロックがかけられたフォルダタイトル「R産業の不正取引」の存在や、週刊ズーム唐田と鷹山専務のやり取りを盗聴していたことを隠していたこと。

 総司社長についても、取締役に欠員が出たとはいえ、なぜ浪川経理部長をいきなり取締役に抜擢したのかは説明がつかない。総司社長は浪川経理部長が異母弟であることに気づいていたが、これまでの経営手腕は情けに頼るようなことはなかった。慶次元副社長と羽島元常務の背任行為をとがめないことにより経営基盤を盤石ばんじゃくに変えて来たことを思えば、今回の浪川の取締役への推薦は、何某かの意図を感じずにはいられなかった。

 

 社長室に明鏡は呼ばれていた。

「朱鷺谷くん。浪川取締役候補について話しておきたいことがある。彼はR産業にとって危険人物であり、R産業に潜り込んだウイルスだと考えている。これまでに社内で起こったAI特許問題やM&Aで重要情報を握っていたが、偶然なのか? 私はそうは思えない。意図的に情報を操作して会社を危機にさらしているのではないかと思えてならない」

「私も彼の言動には違和感を持っています」

「なら話は早い。彼について調査をして欲しい」

「はい。そうですね。調べてみましょう」

「宛はあるのか?」

「ええ、まあ」

「そうか。ではよろし頼む」

 

 明鏡は浪川について『不正取引』のフォルダをパソコン内部で個人管理していることを知っている。

 このことが総司のいう『危険人物』や『ウィルス』と結びつく証拠を見つけるための調査に乗り出した。

 

 ここで総司社長がなぜ浪川取締役候補を『危険人物』とか『ウィルス』などと言いだしたのか? それを承知でなぜ取締役に推薦したのか?

 まったく分からなかった。

 その上、

「信用ならぬため調査せよ」

 というのだから。

 とはいえ明鏡は、浪川取締役候補が何者かという調査に取りかかった。


 地下会議室で報告された浪川のデスクトップ上で管理されているR産業の不正取引フォルダが、浪川をあばく唯一の手掛かりであり、これを開く方法を漠然ばくぜんと考えていた。

 フォルダにかけられた保護を解除するには、暗証番号などを知り得ない限り中を見ることはできない。

 ならば、浪川に対し、保護を解除しなければならない状況を作りだせれば解決すると着想した。

 

 その壱

 PCデスクトップ上にこのフォルダの存在が確認できる状況を作る。

 

 その弐

 そのフォルダを面前で開かざるを得ない状況を作る。

 

 もちろん、PCシステムの管理者権限による閲覧が可能であれば手間はかからないはずであったが、個人情報の閲覧を無許可で、しかも職権で実施したことが明るみにでた際、社員の会社に対する不信感をあおりかねない恐れがあるため、業務システム内とはいえ、IT企業であるR産業が、個人情報を軽んじる訳にはいかない。

 では具体的にどうすれば良いのか?


 浪川のフォルダ保護を大義を持って解除する方法

 

 その壱

 取締役背任(はいにん)行為の一件を受け、システムライセンスを持つ社員を対象とした業務システムにおける業務情報データ管理場かんりばにある個人的情報データの一斉抽出いっせいちゅうしゅつを行う。

 

 その弐

 その目的のフォルダが機密情報管理規定により管理場違反になるとAIが判断した場合、管理者に警告する。

 

 その参

 管理者は浪川に違反フォルダとして規定に基づき開示を求める。

 応じなければ聴聞会ちょうもんかいにかけられる。

 

 その四

 フォルダを開ければ中身の追及、開けなければ、規定違反で処罰を与える。

 

 明鏡には、監査業務の経験から、こんなイメージが浮かんでいた。

 そして、情報管理課に相談を行また結果、明鏡が望んだ調査が近日中に実施されることが決まったのだ。


 二週間が経過し、役員も参加する情報推進定例会が開かれた。

 情報管理課より機密情報管理規定に反すると思われる案件が報告される中で、浪川取締役候補のPCに「R産業の不正取引」とタイトルが付けられた保護のかかったフォルダがあると報告がなされた。

「このフォルダは業務システム外にあるとはいえ、個人情報保護に規定する範囲のものとは思われますが、フォルダタイトル名からして看過かんかできないものと判断されるため機密情報管理規定に基づき開示かいじを要求します」

 と情報管理課長が開示を申し入れた。

 これを受け浪川は、

「そんなタイトルのフォルダは知らない」

 と開示請求を退けた。

 浪川は更にこう話した。

「仮にそのフォルダが『R産業の不正取引』というタイトルでなかったら、機密情報管理規定に抵触しないのか?」

 と情報管理課長に詰め寄る場面があった。

 これに情報管理課長が答えた。

「仮にタイトル名が『R産業の社会貢献』であっても、業務用パソコンのデスクトップ或いはドキュメントで管理していれば、フォルダ内を確認します。情報系パソコンであれば、プライバシーポリシーの観点からフォルダは個人のモラルに任されます」

 と回答がなされた。

「どこまでパソコン内を調査をしたのか?」

 と浪川が問う。

「一年前までの削除されたデータまで調査の対象になっている」

 そう情報管理課長は答えた。

 総司はその課長に確認した後、浪川に問いかける。

「これから役員になる訳だから、クリーンにしてもらわねばならない。推薦者の私に恥をかかせないで欲しい」

「……ですから私は知りません」

 と浪川は全面的に否定をした。

 総司が情報管理課長に、

「今回ノイマンブレインを使い調査が行われたと聞いているが、浪川くんの業務用パソコンにある『R産業の不正取引』の中は確認しているのかね?」

 と聞いた。

「ノイマンブレインがフォルダを開こうとしましたが、保護がかけられており開けませんでした。その時のノイマンブレインの判断データを根拠に開示をお願いしているのです」

 課長は総司にそう説明を行った。

 総司はそのデータを確認し、その根拠が正しいと認識を持った。

 総司と浪川が激突する。

「浪川くん。あなたはシラを切り通すつもりだが、この調査結果が何よりの証拠ではないか。いい加減認めろ!」

 と強い語気で総司は浪川に当たった。

「お言葉ですが、私がもし秘密のフォルダを持っているならそんな軽率な管理はしませんよ。業務系パソコンではなく個人情報保護が配慮される情報系パソコン内での目立たないタイトルを付けたり、隠しファイルで保管するなり、子どもの使いレベルの仕事はしませんから」

「とにかく情報管理課が業務系パソコンで見つけたフォルダを開示してもらいたい」

 と総司はフォルダ開示の要求した。

 浪川はこう考えた。

 なぜそんなところに不正取引のフォルダがあるのか? 

 検討がつかないが、あるというのなら部が悪い。

 フォルダの保護を解除ができなければ、隠蔽いんぺいと見なされる。

 誰の仕業か? 

 鷹山? 

 社長? 

 分からん。

 がしかし……

 明鏡が口を開き、浪川に問いかけた。

「私はあなたが重要だとするフォルダを無防備なデスクトップ上で管理しているとは思っていません。がしかし実際あったのが間違いなければ、あなたが気づかないはずはない。どうなんですか?」

「……」

「今からあなたのパソコンをこちらに運びいれます」

 明鏡は総司社長の許可を取り、扉の向こうで待っていた監査室の明智監査役と浪川のパソコンが載った移動式テーブルを用意した小林が役員室に入室した。

「明智監査役にお越しいただいたのは、他でもない、今から明らかになる内容や、事実に対して指摘を頂くためであります。監査する立場からご助言をお願いします」

 明智は円卓えんたくで用意された席に着いた。

 明鏡は再度話を切り出した。

「続きをお尋ねしますが、このフォルダの保護を解除するための暗唱番号を教えてください」

「……私はそのフォルダを開くことができません。誰かが私を落とし入れるために仕込んだとしか思えません」

「業務系パソコンを直近で立ち上げたのはいつですか?」

「出勤日は毎日立ち上げます。デスクトップ上のアイコンが増えていたら気づくはず。気付かなかったということは、そんな事実はないということです。パソコンの中を見れば分かります」

 浪川はパソコンを立ち上げた後、固まった。明鏡もデスクトップを覗き込み、問題のフォルダを見つけるも、何か不自然さを感じた。

 総司が明鏡に声をかけた。

「朱鷺谷くん。デスクトップには問題のフォルダはあったのかね?」

「え、ええ。あるにはあるのですが……」

「何なんだ。なんか問題でもあるのか?」

「いえ、あるなしでなく、フォルダタイトルが『R産業の不正取引コピー』何です」

「コピー?」

「そうコピーです」

「コピーはまずいのか?」

「コピーがあるならこのフォルダにはオリジナルがあると思うのですが、今回のAIによる調査では、パソコン中をすべてチェックしていて、削除したデータ履歴も確認しているはずなので、オリジナルフォルダが見つかるはずなのですが、発見できません。いったい何処にあるのでしょう?」

「情報管理課長さん。お名前は?」

蒔田まきたですが……」

「蒔田課長、AIが報告してきたフォルダタイトルは『R産業の不正取引コピー』ではなく『R産業の不正取引』でしたか?」

「ええ、でもそういわれますと……この調査帳票の名称欄に表示できる文字数が、八文字までになっているという可能性はありますので、仕組みを調べて見ないと何ともいえないですが。故に今、デスクトップにあるタイトルコピーフォルダが調査で見つかったフォルダとはいい切れませんが、少なくともオリジナルとコピーがあるならば、二つは見つかっていないといけないはず」

「分かりました。調査しますがお時間を頂きたい」

 と蒔田情報管理課長は同席していた部下に指示をした。

 総司はこれに対し、

「とにかくこのフォルダがコピーであろと、中を確認するのが先決だ。浪川くん開きたまえ!」

 と語気を強くいい放った。

 浪川はフォルダの保護解除をすることなく、

「これは私が作成したものではない。ですから解除はできません」

 と弁明した。

「ということは、自身が秘密を握っていると認めることになるが、良いか? 中を見せてやましいことがないことを証明してくれ! 君を推薦した私を安心させてくれ! な!」

 と浪川に訴えた。

 明鏡が声を上げた。

「このままでは、フォルダの中身がどうなっているかを確認することができないままになりますから、別の切り口で進めようと思いますが、いかがでしょうか?」

「別の切り口?」

「はい……私がこれからフォルダの中身と目的を推理いたします。正しければ拍手でも頂ければ……」

「何をいうかと思ったら……まぁいいでしょう。君の謎解きが正しければ惜しみない拍手をしよう。ただし、条件が一つある。君、そう『鬼の明鏡』の謎解きの正否に関係なく、私が君に提起する謎『社長が黒幕』について解き明かしてもらいたい。約束してもらえないか?」

「それは一体どういうことか?」

「社長が黒幕であることを解き明かすということです」

 総司は浪川に、

「黒幕風情が私を黒幕扱いするんじぁ、ない!」

「浪川さん、分かりました。それはまた必ずお約束いたしますが、まずはこちらです」

 明鏡は浪川が出した条件の謎解きについて、とりあえず了解しながらも、フォルダの中身の推理を始めた。


「あちらのモニターを皆様もご覧ください。今映し出されてる場所でありますが、ここは鷹山元専務室の前であります。この動画は週刊ズームに内部資料が掲載された日の二日前のものです。鷹山元専務が誰かを迎え入れている場面であります」

 と解説された。

「浪川さん。間違いないですよね。では次にこの動画を見てください。映っている部屋は空室の役員室で、何か別の部屋の会話を盗聴している様子が映っています。この映像は、監査部の小林さんが、たまたま立ち寄った元常務室内の映像であり、いかにも怪しげな状況を察し、スマホで様子を録画したものであります。少し音声が聞き取りにくいかも知れませんが、ご視聴ください」

 

「……これが送り付けられた物です……」

「……ここ見てくれ。経理原簿けいりげんぼと違っているなぁ」

「お義父とおさん。これ……一之瀬を嵌めようとしている(やから)がいるんでは?」

「……まぁいい……これくらいなら。いつ出す?」

「明後日です」

「分かった」

「株価落ちますよ」

「構わん。渡りに船だ」

「任せてください」

「いっておくが、絶対あそこには知られないようにな。くれぐれもゆすりには回すなよ。ところで……娘はどうだ? この間入院したと聞いていたが?」

「……ご心配をおかけしました。今は母子共に順調ですが、大事な時期なんで……」

「そうだな。頼むぞ……」


 明鏡は動画を止めた。

「どうですか浪川さん。心当たりがありませんか?」

「……鷹山さんは週刊ズームの唐田とは義理の親子でありました」

「……」

「……そうなんです。この関係の裏は取れていますよ」 

「『鬼の明鏡』は厳格監査人という異名でなく、名探偵の異名であるといわざるを得ないな」

——厳格? 分析力、つまり実証手続に長けていただけなのですが——

 

「ありがとうございます。この盗聴を仕掛けたのは浪川さんでないですか?」

「なるほど。……では、その目的をお聞きしましょう」

「……R産業の不正に関して調べ上げ、これを効果的に改ざんを加えたり、マスコミにリークしたり、盗撮盗聴により社内混乱を招き、会社が崩れ落ちる有様を見ること」

 と端的に説明しその根拠を語る。

「鷹山専務が最後まで自分がリークしたとはいわなかった理由は、先程の動画での会話内容から、鷹山元専務とズーム唐田が義理の親子であること、もう一つ、唐田は反社はんしゃと繋がっていることもあなたは知っていましたね。そして、あなたは株主総会の時、鷹山に小声で何か話しかけていましたね。鷹山専務と唐田の関係を仄めかしたのではないですか? 二人が少なくとも繋がっていることを知っていたから、鷹山専務が経理簿閲覧を求めた時、これに合わせて盗聴などを行ったのでは? また、鷹山専務がJETTY本社のあるみなとみらいに頻繁に行き来し、M&Aを企んでいることも薄々知っていましたね?」

「そんなことどうやって知り得るというのだ」

 浪川は否定した。

 明鏡はある筋から得た情報として、浪川取締役候補がJETTYの株主であることを公表した。

 これに対し浪川は、

「それがどうしたというんだ!」

 と興奮した。

「私は公認会計士であり、管理会計のプロとしてアドバイザー、つまり企業コンサルタントを生業としていることをお忘れないよう頂きたい」

 と浪川の文句を退けた。

 明鏡は更に浪川の実態に迫る。

「あなたは株式を保有するJETTYの財務諸表を調べるだけでなく、管理会計上でJETTYの企業秘密ともいえる情報:R産業のDライセンス(仮)実施年度の「割引現在価値」などのデータを保管していますね!」

 と具体的情報をいい放った。

 浪川は固まる。

 明鏡はこう詰め寄る。

「JETTYがR産業の事業の割引現在価値を調べていること自体、M&Aの準備をしているという証だ」

 と説明した。

「つまり浪川取締役候補は、JETTYがR産業をM&Aの対象としていることを割引現在価値により知っていたことになります」

 浪川は明鏡に対し、

「君は一体何者だ!」

 と疑心暗鬼ぎしんあんきに陥った。

 明鏡は続けてこう推理を説明した。

「あなたが大量株を保有するJETTYの内部情報を何らかのルートで入手し、JETTYが今後R産業をM&Aの対象企業と位置付けていることに気付いたのではないですか? 

 また、鷹山専務がJETTY本社付近にある飲食店に定期的に通っていたことを経理簿から知り、その飲食店で秋山繁社長と会食している現場を確認していましたね。あなたはJETTYが予定しているR産業のM&Aが近く現実になると認識があったのです。M&Aが効果的に進むよう株価を下げるために不正取引といえるゲームソフト販売にかかる取引き覚書と経緯報告書を週刊ズームの唐田にリークした。唐田にリークした理由は意味がありますね? 唐田は数年前にR産業の成功事業の特集を月間経済誌に掲載した記者であり、鷹山専務とその時に面識を持っていたことをあなたは知っていましたね。そのためR産業の情報を持つ唐田に不正取引をリークすれば、唐田は鷹山に接触を図ると考え、これが盗撮盗聴の準備に繋がったのではないですか? そしてリークした内容も、先代社長が指示をした事実を曲げ、当時の事業本部長であった現社長一之瀬総司が不正取引を指示したと内容を書き換えた。なぜか? 総司社長を確実におとしめ会社被害を大きくするためか、又は父である一之瀬富士男をできるだけ巻き込まないようにと配慮したつもりだったのか? 或いは改ざんによるR産業内部の混乱を楽しんでいたのか? どうなんですか? 浪川さん!」

 この謎解きに役員は騒ついた。

「そしてあなたは現在唐田が配属されていた週刊ズームに改ざんした情報をリークした。当然の如く面識のある鷹山専務に事前告知をするため、R産業に唐田は現れた。これを盗撮盗聴できたのは、リークした取引き覚書が保管される経理帳簿を閲覧したいと鷹山専務が浪川経理部長に依頼して来たからだ。これによりあなたはリークに対する手応えと、社内動向が読める状態になったはずです。あなたは経理帳簿を持参した際に盗聴器を仕込み、現在空室の常務室に機材を置いて音声を採取していましたね。その時に、唐田が鷹山専務の娘婿であることを知ったのではないですか。臨時株主総会で公表したのはあなたがこの日撮影した写真でした。

 また、あの記者会見の時、わたしと唐田のやり取りの最中、鷹山専務が黙りを決め込んでいたのは、唐田が身内であったからでしょう。唐田はあの時、事実を語らず去ったのは鷹山専務のためだったのでしょう」

「結果、株価は下がったが、R産業内の偽造などが世間に公表されずに済んだことは、今思えば不幸中の幸いだったのでしょう。そして臨時株主総会で、あの時、鷹山専務に小声で唐田との関係の口止めを行ったのではないのですか? このことについて鷹山専務から証言は頂きました」

 明鏡は少し間を置いてこう問いかけた。

「この謎解きを否定するなら、どうぞパソコン内のフォルダを開示してください」

 総司は明智監査役に尋ねた。

「このような場合には、どういった罪があるといえるのでしょうか?」

 明智監査役は浪川取締役に対し

「止水……あぁ、失礼しました朱鷺谷さんの話が事実ならば、背任行為というだけでなく、私文書しぶんしょ偽造罪ぎぞうざい虚偽きょぎ告訴罪こくそざい強要罪きょうようざいにあたるでしょう」

——ちなみに私は監査役で裁判官ではありませんがね——

 

 明智監査役は逆にこうとも言い切った。

「朱鷺谷さんの謎解きが事実ではないといわれるならば、そのフォルダ内を開示して冤罪えんざいを証明すべきでしょう。浪川取締役候補さん」

 総司は突然、とんでもないことを口にした。

「君が母違いの弟であることは知っていた。父は黙っていたようだが。だからといって私は、君を温情で取締役に抜擢した訳ではなかった。君の経営に向いた知性と行動のバランス感覚は、一之瀬一族の血を引いていると認めたからこそ取締役に取り立てた。今になって思えば、もっと早くに声をかけていれば、こんな形にならずに済んだのにな。済まなかった」

 そういって総司は頭を下げた。

 その場にいたものは、この総司が何を話していたのか理解できないまま混乱していた。

 浪川はうつむきながら両手をギュッと握り締め、涙がほほを伝い落ちた。

 

 しばらくの沈黙の後、浪川は涙をぬぐいながら顔を上げ、明鏡に向かい、この謎解きを認めた。そして、明鏡に対し拍手をした後、一つだけ内容を否定した。

 それは臨時株主総会で鷹山専務に小声でいった内容である。

「唐田との関係を話されたくなければ黙っていろ」のような口止めはしていない。

「守るものがあるなんてうらやましいですね」

 と敬意を払ったのだと申し開きをした。

 浪川はパソコンを開けることなく、謎解きを確認した後、総司に一礼し役員取締役会室を後にした。


 R産業の混乱と危機を招いた浪川は、取締役推薦を取り消されたことは勿論、私文書偽造や株価下落等の損害賠償責任を不問とする配慮を受けながらも、懲罰委員会にて懲戒解雇の処分が決定される見込みとなった。


 懲罰委員会を明日に控えた午後四時頃、浪川は監査法人室に立ち寄った。ドアをノックした後、声をかけながら浪川は入室した。

「朱鷺谷くん。ちょっとだけいいかな?」

「あっ……どうも、どうされたんですか?」

「……まぁこれで……君とも最後になるからね」

「懲罰委員会ですか?」

「明日、懲戒解雇の身の上さ。……それで先日の『社長の黒幕』にかかる謎解きについてお願いにあがったという訳です」

「あぁ、はい、あの話ですね。お聞きしましょうか?」

 明鏡は応接用ソファーを手で指し示し、浪川に腰かけるよう案内した。

「では聞かせて頂きましょうか?」

「今年に入って僕の給与振込口座に、福利厚生業者から一〇万円が振り込まれていました。特段案内は届いていなかったため、振込元を銀行で調べると我が社が契約している事業者であることが判明したため、電話で担当者に問い合わせました」

「それはキャッシュバック見たいなことだったとか?」

「いえ、キャッシュバックではなくキックバックの意味だとサラリと返答されました。上席からの指示によるものであることが、問いただす中で分かりました。その上席である課長は、僕からキックバックを要求されたといわれるばかりで、R産業からこの上司宛にメールで指示があったことまでは突き止めました。僕が関知していない以上、これは賄賂わいろ要求をよそおった何者かによる虚偽告訴罪に繋がる蒔絵(まきえ)と考えられたため、相手に錯誤による振り込みがあったとメールを送信し、返金を済ませました」

「その犯人が、社長……ではないかと」

「お察しの通りです」

「……分かりました。真実が知りたいといわれる訳ですね」

「そうです。兄の総司が黒幕なんだと心が訴えて止まず、このままの憶測で終わらせたくないんだ。憎むならとことん憎みたい」

「うん。何となく分かります。では調べて見ます。結果は分かり次第お伝えしましょう」

「ありがとうございます」

「この調査と引き換えにといっては何ですが、一つ聞いておきたかったことがあります。いいですか?」

「先日のフォルダに関してですね」

「はい……」

「正直いって『あのフォルダ』には驚きました。なぜ僕のデスクトップに見覚えのないフォルダがあるのかと。……君らが開示を求めたフォルダには何か私に不利になる資料が入っていて、フォルダ保護の解除についても仕掛けがあったりして、例えばどんな番号でも解除できるようになっていたとか、私が暗証番号を入れた途端、関知しないとんでもない代物が飛び出してくるのではないかと思った瞬間、フォルダにはもう触れられないと意識しました。フォルダタイトルの『コピー』表示については単なるコピーという意味でなく、私のパソコンに侵入したファイルなどには目印として末尾にインデントなしで『コピー』と表示されるようパソコン内を設定してありましたので、すぐ分かりました。

 しかし、あの状況で抗っても誰も信じないでしょうし」

——この話が本当ならなんかとんでもない事が起こっているのかもしれない?——

 

「そうだったんですね」

「……正直に話しましょう。リークも改ざんも私がやりました。朱鷺谷くんの見込み通りだったよ。しかしね、パソコンフォルダについては僕は被害者だ」

 明鏡は額を触りながら、上目遣うわめづかいに浪川を見て、

「となると誰が? 仕掛けたんだろう?」

「他にも気になることがあります」

「えっ、何でしょうか?」

「今後の生活は大丈夫なんですか?」

「それは大丈夫。皮肉なもので、父から譲り受けた食うには困らない程度の株式は持ち合わせていますから」 

「そうでしたか」

「……私はこの会社を経営してきた一之瀬一族をうらんでいました。しかし、ここに来てその一族に救われたのです。偽造フォルダを仕掛けるレベルは、かなり厄介やっかいやから仕業しわざであるはずです。R産業を追い込んできた私がいうのはなんですが、ここまでする輩は放置すれば、この後脅威(きょうい)になります。この輩を見つけほおむってください」

「……分かりました」

 浪川は頭を下げて、監査法人室を離れた。


 浪川を陥れようとした輩は、偽フォルダを仕掛け易い立場にある情報管理課内部の者か、それとも情報管理課内部と内通する者か、或いは……すべてを支持できる立場にある者か。

 謎のフォルダを浪川のパソコンに仕掛ける思考はイタズラ級であるが、この仕掛け自体はメタ級かも知れない。

 

 浪川を嵌めるためにキックバックやこのフォルダ騒動をくわだてた犯人は、恐らく同一であろう。

 そして情報管理課がフォルダのコピーの存在に気付かず慌てたところからすれば、情報管理課がフォルダを仕込んだ訳ではないだろう。情報管理課は利用されているだけ。

 となると情報管理課のチェック網に引っかけ嫌疑をかけてきたとなると、考えられる流れは二つ浮かぶ。一つは情報管理課の調査日程を知るものが、これに合わせてフォルダを仕込んだ。或いはフォルダを仕込んだ後、情報管理課に作為的に調査をさせたか。

 この情報管理課の調査の意義を考えてみれば、不定期に秘密裡に実施するところが本来であり、情報管理課に作為的に調査をさせることは、内部統制の観点から不適切といわざるを得なくなるため、現実的には後者の流れはないだろう。

 つまり「情報管理課の調査日程を知るものが、これに合わせてフォルダを仕込んだ」 と見るべきだろう。

 それは総司以外には考えられないという結論に帰結きけつした。


 翌日、明鏡は裏を取るため、監査役の明智を訪ねた。

「明智さん、小林さん、先日はいろいろとありがとうございました」

「先生の謎解きに参加させてもらえて、最高な一日でした。こちらこそありがとうございます」

「実はちょっとそのことで問題があって……」

「何なんですか? 問題って?」

「昨日夕方、浪川が別れの挨拶にわざわざ来まして、あのフォルダはまったく知らない内に仕込まれたものであると話されたのですが、その他にも福利厚生事業者から根拠のないだろう金銭が浪川の銀行口座に振り込まれていたようなんです」

「……それは、業者からのキックバック的なものかも知れんな」

「鋭いですね、明智さん。浪川もそこまでは確認していたようでした」

「となるとこの謎も深いですね」

「そうなります。社長の息がかからない監査役が、今私の謎解きの協力を唯一お願いできる先で、毎度のことになってしまい心苦しいのですが……」

「安心ください。私も小林も先生の協力ができることは光栄なことであり、最善を尽くしたいと考えていますよ」

「私も、監査役と同じです。先生のためなら最大限協力します」

「ありがとうございます。……では調査をお願いする内容ですが……」

 明鏡は協力依頼の内容を次のように説明した。

「二つのカラクリを確認したいのですが、一つ目は誰がどうやって浪川のデスクトップに偽フォルダを仕込んだか。もう一つは誰の指示で福利厚生業者が浪川の銀行口座にキックバックに似せた金銭を振り込んだのかです」

「先生……一つ目の方は、私たちが機密情報管理規定の内容や運用については情報管理課で確か……半年前に内部監査で取り上げていましたので、保管資料で流れは掴めます。そこから糸口が見つかるかも知れません。二つ目の方は、どうでしょうか……キックバックは大抵担当者が(から)まずには成立しないため、誰か指示しなければ浪川に振り込まれるはずはなく、単年契約であるため入札を行う人事課の前年度担当者が恐らく鍵を握っているでしょう」

「流石です明智さん。判断力と推理力は小五郎には負けてませんね!」

「先生にいってもらえると何か嬉しいな」

 小林が自販機で買ってきたコーヒーを振る舞いながら、

「僕にも協力させてください」

「それならすぐあるぞ! 機密情報管理規定についてまとめた情報管理課の監査資料を持ってきて欲しいのと、昨年度の人事課の福利厚生担当者が誰かを知りたい」

「お安い話です。五分お待ちください」

 小林は監査役室を退出した。

「チリリリリリリーン」

 監査役用の置き電話が鳴った。

「ガチャッ……はい明智です」

「小林ですが……今さっき金田一さんが朱鷺谷さんを探しに監査課窓口に見えたのですが……来ていないと話して追い返しました。要件もいわずにただ朱鷺谷さんを尋ねられたので」

「ガチャ」

「先生。金田一が今し方監査課に先生を探しにやって来たらしく、小林は目的が不明のため、来ていないと追い返したそうです」

「金田一さんが……僕を?」

 明智は物思いに耽るような顔をしながらこう話した。

「……金田は若い頃はもっとシャキッとした奴だった。仕事ができて鷹山専務あたりに気に入られていて、周りからは次期事業本部長と噂された時期もあったな」

「えっ……そうだったんですか?」

「確か彼はかつて浪川のライバル……」

「ババン!」

 と扉が閉まり、小林が資料を両手に抱えて立っていた。

「明智さん、お持ちしました」

「ありがとう」

「こちらを見てください! 機密情報管理規定の運用に関しての問答をした内容ですが……」

「何やら決まりことが記されているね」

「えっと……情報管理課長の説明では、システム正常確認である経常調査は毎日昼頃に行い、システム環境内のパトロールである不定期調査は週に二回程度実施していると記されていますが、ノイマンブレインによる特別調査に関しては方法や時間が一切明かされてはいません。この特別調査が今回の浪川さんのフォルダが引っかけられた調査であったようです」

「つまり、社長が対象者を好きなタイミングで調査することは不可能な話になります。かといって社長は特別調査については知る由もない」

「なるほど、では小林くん。人事の前年度の福利厚生の担当者は誰だったかね?」

「それが……金田一さんだったんです」

「小林さん、本当ですか? 本当に金田一さんが……。でもなぜ?」

「朱鷺谷くん。先程話が中途になってしまったんだが、金田一は浪川との出世競争に負けた男なんだ。恨む理由もあるにはあるはず」

「では、浪川に恨みを持っていてもおかしくない人物が福利厚生担当であった金田一ということですか? 金田一さんならキックバックを装った不正に加担しても、道理がある訳なんですね。……何となく繋がりました。金田一さんは社長に浪川との関係を見透かされていて、社長の命令により偽キックバック事件を起こした。……でも、信じられない。いや何かがおかしい!」

 と明鏡は錯乱しているようであった。

「いずれにせよ、どうやって偽フォルダを仕込んだかさえ分かれば、この事件も一之瀬社長に辿り着くのではないかと、何となく思えてきます」

「どうやって仕込まれたかが肝になるのですね?」

「はい」


 翌日、明鏡が出勤し、いつものルーティンで自動焙煎の熱めのブラックコーヒーを買い、監査法人室に入り、ネットで経済ニュースを眺めていた。

 午前九時頃、ノックと共に金田一が顔を覗かせた。

「おはようございます。今いいですか?」

「あぁ……えぇまぁ……どうぞそちらにおかけください」

「どうも、どうも。やっとお会いできました」

「どうかしましたか? 昨日私を探して見えたとか、監査課で先程伺いましたが」

——さあ、どう出る?——

 

「昨日はどちらへ?」

「ちょっと会社から出ていまして……」

「あっそうでしたか? てっきり監査役と会われているかと思いまして」

——何これ! 行動読まれてる? ——

 

「あれ、またなぜですか?」

「浪川さんがこちらに見えましたよね。偶然見かけたんですがね。情報推進定例会でえらいことになったと聞いたんで、きっと浪川さんが朱鷺谷さんに謎解きの依頼に来たとピーンと来たんです」

——なんで非公開の定例会で浪川の出した私に対する依頼を知っているのか?——

 

「あなたが頼れる方は社内で唯一中立に立つ監査役しかいないと思いましたから」

——鋭い! 何企んでんだ!——

 

「そんな目付きで見ないで欲しい。私も犠牲者なんだ!」

——何をいい出すと思ったら、被害者面ひがいしゃづらするのか!——

 

「何の話ですか?」

「浪川の偽フォルダの話ですよ」

「なぜその話を?」

「浪川があなたに何を託すのかなんて、分かりますよ。偽フォルダは賢い浪川にとっても意味が分からないはず。分からないままにしないところが彼の性分しょうぶん

「金田一さん、あなたはわざわざここに来たのは、偽フォルダの謎に私が取り組むことを読んで、その力になりたいと。そういうことですか?」

「その通りです。偽フォルダは昔、天才佐久田から私がもらった戦利品で、彼はマジックボックスっていってました」

「……マジックボックス?」

「ええ、これを知っているのは、鷹山さん、慶次さん、開発事業部の多々良課長と私の四人で、サクタAIの開発のプロジェクトメンバー内で中では遊び半分でよく使ってましたから」 

「では、あのフォルダは……」

「恐らくマジックボックスですよ。フォルダを生で見られましたか?」

「えぇ見ましたが……」

「フォルダの形が箱の蓋を開けたようなアイコンではなかったですか?」

「……あぁ……確かにフォルダの上部が蓋の形だったかも」

「あれは佐久田がいっていたのですが、遊びだから一目でわかるよう作り込んだといってました」

「ウィルスみたいなものですか?」

「いや、マジックボックスは通常PC内のファイアーウォールに引っかからない構造が組み込まれているかほか、管理権限でPC内を覗きにきても、クライアント端末から覗かない限り隠しファイルのように見つけられないんです」

「では……外部から送られて来たフォルダに何らかのマークが施された場合に、つまり、フォルダタイトルに不可変ふかへんマーク、実際は「コピー」というタグでしたが、この場合には管理権限での調査では見つかる状態になるのでしょうか?」

「見つかるでしょう。そのタグがクライアント側で設定されたセキュリティであるなら。あれですよ。佐久田から聞いた原理ですが、メモ用紙にメモを書けば、筆圧で下の紙には見えない情報が記され、ファイアーウォールでは感知されない。もしその見えない情報を見るためには、鉛筆で軽く擦れば情報が浮き出るように、デスクトップを指定された色合いに変更すればそのフォルダは浮かび上がるので、そのセキュリティも同じようなカラクリでマジックボックスだと認識しマークを付せば、当然管理者側も浮き上がったフォルダを見つけられるでしょう?」

「なるほど。ありがとう金田一さん。……ついでにもう一つ聞かせてもらってもいいかな?」

「なんですか?」

「そのマジックボックスは複製できるのですか?」

「できません。恐らくあれ一つしかないはずで、フォルダを一度開いて閉じると発信元に戻ります。保護用の暗証番号はダミーで何を入れても開く仕組みです。その訳は人の心理を読んだもので、どんな数字記号でも三回間違え表示を出し、四回目に開く仕掛けです」

「なんて凝った仕掛けなんだ。開いたフォルダは閉じた瞬間に発信元に戻るなら、そのフォルダを送った人物が分かるなら、その者が今回の黒幕といえよう」


 明鏡は以前にAI問題の解決に向け協力頂いた佐久田に連絡を取る。

「サクタプロです」

「ミンタカ監査法人の朱鷺谷と申しますが、佐久田代表にお取次頂きたいのですが……」

「お約束はございましたか?」

「いいえ」

「分かりました。では少々お待ちください…………ではお繋ぎいたします」

「佐久田ですが」

「R産業アドバイザーの朱鷺谷と申します」

「あっ、鬼の明鏡さんね。その節はどうも。それで今日はどうされました?」

「マジックボックスについてお聞きしたくて」

「……なぜ、それを?」

「業務システム内に佐久田さんが作られたマジックボックスが存在すると金田一さんから教えてもらいまして」

「金田一くんか。懐かしいな。それで?」

「マジックボックスの仕組みと発信元を割り出す方法がないか知りたいのですが?」

「……何のために?」

「……実は悪用されていまして」

「……そうでしたか。私が退職する際に消滅させておけば良かったですね。わかりました」

「ああ……ただ誰が送信したのかを突き止めたいだけなので、削除はまだ困りますが」

「勿論理解しています。それでは明日そちらにお邪魔しますので、マジックボックスが残っている端末を見たいので、準備だけお願いします」

「はい、分かりました」


 浪川のPCを確認するため、情報管理課に問い合わせた。

「アドバイザーの朱鷺谷です。唐突ですみません。経理部長席の業務PCですが、浪川さんのライセンスってまだ残してますか?」

「……確か辞令が出ていて、再来週から経理部次長が部長に昇進されるため、来週中には……あれ? 明日になってます。ちょっと待ってください……ああっ……課長案件になってる」

「課長は見えますか?」

「あっ、います、回しましょうか?」

「お願いします」

「……蒔田ですが」

「アドバイザーの朱鷺谷です。浪川さんの業務用PCのライセンスについてですが。現在残ってますか?」

「この後処理するところです」

「そのライセンスの削除を明後日まで伸ばせませんか?」

「なぜですか? 情報処理上問題でも?」

「大ありです! 浪川さんが誰かに嵌められていることの証拠を掴むのにライセンスがないとまずいのです」

「あのフォルダのお話しですか?」

「はい」

「……あのフォルダって……やはり何かあるんですね」

「やはりとは?」

「詳しくはいえませんが、人事課から私宛に即ライセンスを抹消するよういわれまして」

「それは通常の流れではないのですか?」

「通常ではありません。普通は浪川さんの退職後三日まではライセンスは抹消せずに、アクセスできないように処理して、端末内にある情報を整理して別のデータ管理システムに移し、一〇年間保存するのが運用になっています」

「では今回はなぜ急ぎで抹消するよう指示が出ているのですか?」

「それは私にも分かりません。いや、お答えできないというのが本来ですね。ですが、この指示は規定による適正なものでないと私は思ってまして、まだ抹消しかねていたところです」

「蒔田さん、その判断は正しいです。……浪川さんのフォルダの真相が分かりそうなんです」

「……開けるのですか?」

「ええまぁ、このフォルダに隠された秘密がすべて明らかになります」

「本当ですか? それは管理者として知っておくべき事案にありますね。……分かりました。ではどうすれば?」

「明日、佐久田プロの佐久田さんがお見えになりますので、蒔田さんの立ち会いの下、浪川さんの業務用ライセンスのアクセス許可をいただけないでしょうか? 部外者の佐久田さんがシステムを操作することは、コンプライアンスに反することは重々承知しますが、蒔田さんがその指示により端末内を確認する分には問題にはならないですよね」

「なるほど、では朱鷺谷さんの見える監査法人室が人目につかないと思いますので、明日そちらに端末を持参して伺います」


 翌日、監査法人室には蒔田情報管理課長、サクタプロの佐久田代表、金田一と明鏡が集まり、浪川の使用していたノートPCから浪川のライセンスで侵入した。

 蒔田が佐久田の指示でフォルダを操作する。

「このパスはどう入れますか?」

「まず、保護解除のため四桁のパスワードを『0000』と入力して下さい。エラーメッセージが出ます。この後『0000』と入れ、また『0000』と入れると同じメッセージが出ますが、ここまではどんな記号や数字を入れても挙動は同じですが、四回目は決まった記号を入力するとライセンス番号がダイヤログに表示されるようになっています」

「金田一さんはここまでの仕組みを知っていませんでしたか?」

「いや……知らなかったです。

「ここに『from』と入れてもらっていいですか?」

「入れました……出ました。従業員番号『〇〇〇三三一』から送られて来たようです」

「この番号は……多々良課長?」

 蒔田は明鏡の端末から管理者権限でシステムに入り、ライセンス番号からフォルダ送信者が開発事業部の多々良課長であることが確認された。

 明鏡は呟く。

 佐久田が蒔田に許可をとり、フォルダを開けた。

「なんだ?」

「これは……何々……金田一さんが福利厚生業者に指示して、浪川さんの口座にキックバックが振込まれるよう不正を行っている……って書いてあります!」

「いやいや、浪川さんからは、福利厚生業者から覚えのない金銭が振込まれていたと聞いていますが」 

「ということは、浪川を落とし入れるために、開発事業部の多々良課長が仕掛けたのですか?」

「蒔田さん、そう考えるのは当然だと思いますが、何かねじれていませんか?」

「……たっ確かに。浪川さんの調査を指示し……」

 蒔田は黙った。

「蒔田さん。浪川さんの調査を指示したのは社長ですね!」

 蒔田は暫くして顔を上げ、

「そうです。社長が。でもなぜ? 浪川さんを評価して役員推薦したらしいのに」

「朱鷺谷さん! 多々良課長は社長に指示されて実行したのでしょうか?」

「いや……でも、業務システムの管理者は多々良課長でしたね。……可能性は高いです」

「多々良課長が金田さんを嵌めるなんてないですよ! 今でも僕らは飲み付き合いありますから分かります」

「そうであるなら、多々良課長がシートの中を確認せずマジックボックスに忍ばせたかも知れませんし。若しくは多々良課長の弱みを握っているかも知れませんよ」

「多々良課長に聞きましょう、朱鷺谷さん」

 朱鷺谷は多々良課長に直様電話連絡を取り、先日の一件で社長との間に何があったのかを尋ね、その一件の経緯を聞き受けた。

「漸く、マジックボックスを利用するに至った流れは掴めました」

「朱鷺谷さん。どういうことか聞かせて下さい!」

「まぁ慌てないで下さい。佐久田さんにお願いしてもいいですか?」

「何をですか?」

「マジックボックスをここから社長に送りたいのですが」

「朱鷺谷さん、社長は業務パソコンのライセンスはないですよ」

「そうなんですか?」

「あっ……でも秘書課には業務システムのライセンスがあって」

「確かに社長室にはPC端末がありました。それなのかな?」

「分かりました。では送ります」


 翌日、鏡はいつもの自動焙煎機でホットコーヒーを買い、チェアーに座りながら一口飲みかけたところ、総司から社長室に来るようにと内線が入った。

 

「朱鷺谷です。入ります」

 総司は明鏡と向き合いソファーにかけた。

「呼び出して済まないね……君のこれまでの活躍は、期待以上だった」

と明鏡を賛称した。

「それはどうもご丁寧に」

 と明鏡はこれを牽制けんせいするように切り返し、そしてこう切り出した。

「あなたが私に求めていた本当の意味がここに来てようやく分かりました。あなたはR産業内に潜む問題の解消に合わせて自身に反旗をひるがえす者たちの排除を行うため、私を利用し、あなたの理想とする経営基盤を作ろうとしていたのですね?」

「何をいうかと思いきや……藪から棒に」

「私が知る限り、あなたは浪川が異母兄弟であり、一之瀬一族への強い憎しみを抱き、R産業崩壊を企んでいたことも知っており、今回、会社から排除するため、次の罠を仕掛けていましたね」

「何を根拠に?」

「社長は、人事課で昨年度の福利厚生業務の担当であった金田一さんから挙げられた凛議書で、次年度の入札予定価格情報を知り、あろうことか、現在契約している福利厚生業者に予定価格を流し、代わりにキックバックを受け入れる口座として、浪川経理部長の給与口座を指定し、振り込ませた。

 おおよそ、こんな感じじゃないですか?

 そして、浪川さんは振り込んできた福利厚生業者に理由を聞いても、キャッシュバックキャンペーンだとか理由をつけてケムに巻かれたようです。

 あなたは、浪川さんが不正取引した状況証拠を強引に作り上げた。

 いかがですか?」

 明鏡は総司に迫った。

「君は俺のために働いてくれていたのではなかったのい? 

 君がそうやってみ付くことに、俺はストレスを感じるよ」

——何を言ってるんだ、このM野郎!——

「勘違いしないで下さい。私はこれまでこの会社のために精一杯働いてきたのであって、あなたのためではない!」

「なるほど……フフッ、そのことについては一応、礼を言っておこう。本当によくやってくれたよ。ありがとさん」

 とクビをかしげるように笑みをこぼして見せた。

「もう一つ、言わせて下さい。あなたは多々良課長を利用して浪川さんのPC端末に『R産業の不正取引』と名前を付けたフォルダを送らせましたね?」

「ん? 何のことかな? そんなことは内部メールにて送ることができるんじゃないのか? 君のいうように、仮に、俺がデータを送ろうとするならば、わざわざ、多々良くんにそんなことを頼んだりはしないよ?」

「あなたはこのフォルダの中身を伏せて、多々良課長に外部媒体であるUSBメモリを渡したんです。

 何ならあちらのPC端末で外部媒体への書き出し処理を確認致しましょうか?」

「フッフッフッ……君はどうやら面白い発想が十八番(おはこ)のようだね」

「どうやら、そうらしいですね。今になって気付きましたよ」

「……よろしい。じゃあ、聞いてあげるよ。君の謎解きを!」

 ——こいつ、やっぱり悪党だ!——

 

「では開幕しましょう……あなたが仕掛けた裏切り劇を!」

 明鏡はムクっと立ち上がり、胸ポケットから万年筆を取り出し、額に当てながら語り出した。

「浪川経理部長はあなたに取ってどういう存在なのか? 初めは分かりませんでした。でも……今なら分かります。一言でいえば邪魔な存在、だったのですね。あなたにとっては、そう、最後の人員整理だったのでしょう」

「……それで?」

「はい……浪川経理部長は最近R産業内で起こる問題になぜか影が映るのを、私が感じたようにあなたも感じていたはず」

「なるほど……続けて」

「あなたの父である先代は、浪川さんを入社させる時に、浪川さんから条件としてあなた方との関係を伏ておくよういわれたそうです。浪川さんは一之瀬一族をとても恨んでましたから、同族と見られることが嫌だったのでしょう。浪川さんはそんな一之瀬一族を破綻させるためにR産業に入った。彼は経理部門に配属されてからは社内に潜む不正取引を調べていたようです」

「ほう……それで?」

「以前、社長の許可をもらいAI特許にかかる調査を経理部でした際、浪川部長は、あなたが私に指示した極秘の調査目的について、あなたからの電話で察しがついたといっていました。また、二十年分の資料を見せるようあなたからいわれたので、保管するすべてをチェックさせたのです。しかし、あなたはそんなことは一言もいわなかった。そうですよね」

「勿論調査目的をいうはずはないでしょうし、保存年限以前のものは見せたくなかった。違いますか?」

 と足を組み、胸ポケットから電子タバコを取り出した総司に問いかけ、また、話を続けた。

「浪川さんはおそらくその時点であなたの意図を絡め取っていましたよ……おそらく。私にはあなたがあの時点で浪川さんに極秘の調査目的を明かしたとは思えませんでしたし、保存年限を超えた調査はコンプライアンスを遵守するあなたなら求めないはずですから。

 あなたが触れられたくない何かが保存年限以前の資料にあり、浪川さんはそれに気付いていたから、二十年分の経理簿を持ち出された。

 あいにく、私がそれに気付くことはありませんでしたがね。

 その後、調査に行き詰まった私に、浪川さんから調査の鍵となるヒントが渡された。これがSSEでした。私にこのAI特許の真相をたくして、R産業を崩壊させたかったのでしょうね」

「複雑だな」と言って明鏡に向けて煙を吐いた。

 明鏡はそんな悪びれた態度の総司を細目で見ながらこう続けた。

「また、あなたは既に浪川さんを危険視していましたね。それは福利厚生業者からのキックバックが仕掛けられていた時期が、私の赴任する半年以上前の話でしたから」

「ふん……」と鼻で答えながら、保温庫から缶コーヒーを取り出し、蓋を開け一口飲み終わるのを待ち、また、明鏡は話を続けた。

「次に、R産業にとって触れられたら困る問題ケースのリーク事件が起こりました。それはこともあろうに資料が改竄されており、非常に面倒な状況になっていたことから、アドバイザー契約にはうたわれていない内容にも関わらず、私を巻き込んだ。

 なぜか?

 恐らく狙いは二つ。

 一つは、私が鬼の明鏡であり、明るみに出てしまったこの問題を上手く処理しなければ、R産業の存続にも大きく影響するとあなたは考えたためだ。

 もう一つは、この改竄リークの犯人が浪川さんであろうと宛を付けていたあなたは、事件を処理する中で私なら彼を裏切者として会社から追放できると考えたからだ。違いますか?」

「……あははは、面白くない話ね、明鏡くん、ほんとに」

 と大きく背伸びをしてみせた。

——話聞くつもりあるんですか? まったく——

「そう、あなたにとっては面白くない結果でしたね。あの臨時株主総会で、改竄リークしたのが鷹山であるとあの場にいた誰もが信じたあの時瞬間、私が一人腑に落ちていなかったにも関わらず、真相追及をやめてしまったことが。

 あなたは、あの総会の休憩時間に私が話した()()()についても、それが改竄リークの容疑者の尋問であることをあなたは分かっていた。そうですよね?」

「なるほど」といいながら、テーブルに読みかけていた経済誌をパラパラとめくり、缶コーヒーを二口飲んだ。

——なめてんのか? いや、なんか違う気がする。何か、そわそわしてるのか?——

 そう思いつつ、謎解きを続けた。

「そしてあなたは、あの不正取引フォルダを仕掛け、再度、私にチャンスを与えた。今になって思えば、彼を取締役に推挙したのも、会社の経営陣に取り込んでしまった方が事を荒立あらだやすく、また、面前めんぜんさらしながら会社からほおむることができると考えたからではないのですか?」

「よく考えたものだ」と一言いって、ソファーにもたれかかり、また、タバコを吸い始めた。

「このフォルダの中身を見て驚きました。金田一さんが浪川さんと結託して福利厚生業者からキックバックを受けていると書かれていました。おかしくないですか? 二人は友好な関係にはなく、出世争いをした関係ですから。この話をでっち上げた犯人は、二人の関係を勘違いしていた、或いは、分かっていて金田一さんをえて不正取引に巻き込もうとしたのか? 金田一さんはあなたにとってR産業内の動きを知る、言わばスパイであり、寝首ねくびをかくかもしれない存在。だから、フォルダ内のあのデータは、金田一さんの排除も兼ねた浪川殺しの仕掛けだったのですね?」

 再びタバコの煙を明鏡に吹きかけるように、

「君の妄想には脱帽だ」

 とふざけた。

 そんな総司の態度をにらみつけながらも、我慢しながら続けた。

「多々良課長は、あなたから指示されたデータの中身をもし見ていたら、あなたの指示を断っていたかも知れなかったでしょう。多々良課長は金田一さんが不正を働くような人ではないことを知っていましたから」

「ほぅ、果たしてそうかな?」

「そうに決まってます!」

「君は甘ちゃんだね!」

「なに!」

 明鏡は心乱しかけたが、ぐっとこらえた。

「では、社長がフォルダ事件でも黒幕である証明を順を追って説明します」

 と明鏡は大きく深呼吸をして、総司に向かいこう語り続けた。

「多々良課長は、社長からあるデータを浪川部長に送るよう頼まれたと言っています。そのデータは外部媒体に入ったものであり、かつ、閲覧を禁じられたこと、更には安全性は社長が責任を持つといわれたそうですね。結果、多々良課長はこの依頼を受けてしまった。システム責任者であった多々良課長は、外部から持ち込まれるデータは恐らく取り込んだ段階でシステムに弾かれることを懸念しました。そこで一つ目、たまたまシステム内に潜んでいる『マジックボックス』なるツールを使えば、システム内への取り込み、ウィルスの削除、セキュリティ突破も可能とし、しかも指定したデスクトップに貼り付けることまでできることを思い出し、これを使ったのです。

 二つ目は、浪川さんはセキュリティ対策として、自分が新規で作成したフォルダやシート以外には、『タイトル末尾にインデントなしでコピー』という形式のタグ表示がされる『ブロッカー』という仕掛けを端末内に自作して設定していたようです。そしてこの『ブロッカー』の存在を誰も知らなかったこと。

 三つ目は、あなたが多々良課長に送らせたフォルダのアイコン図柄が、マジックボックスの場合、フォルダではなく()()()()になっていることを知らなかったことです。そのため、あの定例会であなたは、調査で見つかった不正取引データのタイトル名が自分が付けた『R産業の不正取引』であったため、オリジナルかコピーかどうかを問題としなかったこと。 

 最後は、このマジックボックスの送信元は、仕組まれたフォルダから調べられること。今、あなたがいつも見ているPC端末に浪川さんの端末からマジックボックスが届いているはず」

「どういうことなんだ?」

「分かりませんか? あなたがこれらを予測しきれなかったこと、つまり確かめなかったため、あなたの仕掛けた悪事が周りにさとられたということです」

 明鏡は部屋を歩きながらこう話を続けた。

「あなたは前回の情報推進定例会では、情報管理課に自身が指名した浪川さんを機密情報管理規定による調査対象とするよう仕向けた。調査AIが見つけたフォルダの名称を『R産業の不正取引』と思い込んでいたため、浪川経理部長のPCデスクトップ上にあったフォルダを直接見た私が『タイトル末尾にコピーと表記されている』と伝えると、あなたは『コピーはまずいのか?』といわれましたね。その意味は、コピーであろうが仕込んだフォルダだから開けば同じという意思であったのでしょう。それを知らない私たちは、オリジナルにこだわった。

 しかし、ここでのコピーの表示はセキュリティ対策のフラグであった訳ですが、このフォルダは特殊な性格を持つ、利用者間ではマジックボックスといって、送信相手のデスクトップに直接フォルダを送り込めるアイテムで、ローカルメールなどと違い、表面上送受信記録が残らないのです。あなたが先程、『そんなことは内部メールにて送ることができる……』といわれた時にピンときました。確かに自分が黒幕であるなら、わざわざ多々良課長に頼まなくてもフォルダを送りつける方法は別にある訳だから。そしてその送りつけた痕跡こんせきがない以上社長を黒幕と言えず、内部メールのやり取りを調べれば、多々良課長が黒幕になる想定だったんですよね。システム管理者の多々良課長がマジックボックスを使っていたことを知らないあなたにとっては。その意図から、あなたが多々良課長に渡したデータは外部媒体から取り込んだという手口にも考えが及びました」

「つまり私は君に、私の犯行の手口のヒントを与えたというのだな」

「ええ……そしてマジックボックスは送り主を確認することができ、今あなたのPC端末のデスクトップ上にある……これです、あなたも知らなかったこのマジックボックスが……ほら、一度開こうとした状態がありますね……このフォルダがあなたが多々良課長に指示したことにより使われたフォルダなのです」

「そのフォルダが浪川の端末にあったマジックボックスだというのなら、証明して見ろ!」

往生際おおじょうぎわが悪い方だ……では、このフォルダの保護解除パスワードに『from』と入れると……見て下さい、職員番号が表示されました。これは浪川さんの職員番号であり、彼のPCから送信されたと表示されているのです。この写真を見て下さい。浪川さんのPCデスクトップ上のマジックボックスを写したものです。そして送信元のダイヤログには、多々良課長の職員番号が表示されています。このことは勿論多々良課長にも証言を取っております。つまり、これらがあなたを黒幕と認める証拠です。非常に残念ですが……」

「トゥルルルル……トゥルルルル……」

 明鏡はスマホに気付き手をかけ、送信相手がミンタカ監査法人からであることを確認し、視線を総司に向ける。

「どうぞ」

 と総司は右手のひらを差し出した。

 明鏡は総司に視線を集めたまま、

「はい、朱鷺谷です……」

「お前さんクビだそうだ!」

「えっ?」

「先方さんから契約解除の通告があったんだよ。何かしでかしたのか?」

「なるほど……そうなるんですね」

「契約は本日付けで終了だそうだ」

「はい……分かりました」

 総司はふくわらいをしながらこう聞いた。

「どうしたかね?」

「本日付けで企業アドバイザー契約は解除され、私は監査法人に戻ることになりました」

「悪かったねぇ。君にはとても感謝しているよ。フッ。ありがとう」

 呪縛(じゅばく)から解き放たれたような気分であった明鏡は、総司に自身の気持ちを伝えた。

「……まぁ。色々ありました。社長のその優れた経営感覚と手腕は認めるに値すると思いますし。最後はこんな感じになりましたが、これも社会で生き残るためには当然あり得る話だとも思いますし。……短い間でしたがお世話になりました」

「君にはとても助けられたよ。そして鬼が鬼らしく役割をまっとうできるように退路を用意させて貰ったよ。これが私からの朱鷺谷くんへの敬意さ」

 

 明鏡は部屋に戻り机の前で大きく息を吐いた。仕上がっていたR産業のホールディングス化に向けたスキームを眺めた。ふと、コーヒーカップに手を伸ばしてみたが、冷えたコーヒーを飲む気になれず手を戻した。

 先代の富士男が明鏡に依頼した総司社長の相談役としての仕事は、十分やり切ったと自分を落とし込んだ。

 総司から頼まれたホールディングス化のスキームは秘書課に預けた。


 明鏡は監査法人室で集めたの書類をシュレッダーにかけていた際、部屋をのぞきに来た金田一に事情を話した。そして金田一の言葉に甘え、後を任せて部屋を後にした。

 

 明鏡は監査室に立ち寄り、お世話になった明智監査役と小林に挨拶をして会社を後にした。

 

 そして、本社ビルを出た後、冷たく吹き抜ける北風に背中を押されるように、明鏡は芝公園を歩いた。そして、見つけたベンチに腰掛け、手を突っ込んだポケットを内に寄せるようにコートで膝を(おお)い、天を仰ぎながらしばし目を閉じた。

 R産業に赴任してからこれまでが、走馬灯そうまとうのように流れた。

 顔に吹き付け風を避けるように横を向き、風が通り過ぎて目を開けたその先に、今まで気づきもしなかった自販機が見えた。思わず立ち上がり、その前に立ち、ホットコーヒーを探した。

 そして私は缶コーヒーを手に取り、再び歩き出した。

 スマホの着信を知らせる振動に気付き、ながらではあったが電話に出た。

「はい」

光月(みつき)よ」

「あぁ……どうした?」

「今日ね、とってもいい知らせがあるの。ビックニュースなんだから。驚くわよ!」

「何だよ、気になるじゃん」

「ん〜、どうしよっかな〜。やっぱ帰ってきたら話すよ」

「そぅ」

「もしもし、明鏡くん? どうかした?」

「いや……また、帰ってから話すよ」

「そう。あのさ……」

 歩きながら地下鉄への入り口階段に差し掛かった瞬間、明鏡は何者かに背中を押された。

「うわぁ……」

「もしもし、明鏡くん? どうかしたの? ねぇ、返事してよ明鏡くん!……」

 

「バタバタバタバタ、バタッ」

 明鏡は長い階段を勢いよく転がり落ちた。

 階段を転がり落ちたところからわずかな意識のなか目で追った階段の先に、頭を掻きながら去って行くシルエットがぼんやり映った。

 薄れる意識の中、明鏡は呟いた。

「あなたなのか……なぜ?……」

 

 読了、ありがとうございました。

 

 朱鷺谷明鏡を見かけましたら、また、声をかけてあげて下さい。


                 止水明鏡 より

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