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「人類全体を大きな生き物と考えると辻褄が合うような気がするのだよ」
「人類を……?」
「そうだ。例えば爪や髪には血が通っていないだろう? だからといってそれらが不必要ということにはならない。血液は霊力、髪や爪は霊力のない者と置き換えて考えれられる」
「……なるほど……」
「これが正しいとすると、こんなことも見えてくる」
心臓や脳に血流量が多いのと同じように霊力の強い者が指導者になるのが自然なのだろう。
なのにそうでなくなった為、現代社会には様々な歪みが出てきた。
「だがそれも仕方ないのかもしれないな。太古は霊力があるのが当たり前だったのでそれを操る方法も皆が知っていた。その一つ、そして最たるものが言霊だな」
「言霊? 言葉に力が宿る、というやつですか?」
「そうだ。だが、我々が思っているような"暗示"程度の力のことではない。本来は霊力によってもっと強力だったはずだ。それを為政者は利用していたのだな。だから額田王のような者の名が残っているし、勅撰和歌集なんかが重要視されたわけだ」
言葉が生まれてから万葉の時代を経て、鎌倉前期までは確かに歌に力があった。
が、今はない。
よって霊力のある者=指導的立場という図式が成り立たない不自然な構造のまま巨大化した社会は欠陥だらけなのだ。
ここまで話したところで、
「まあ、これらはただの仮説に過ぎない。こんな話をしている暇はなかったな」
興に乗ってしまった。申し訳ない。と切り上げる高橋。
もっと聞きたかった厳だが、急がねばならないのも確かなので仕方ない。
事が治まったら話を聞きに来ようと決めた。
「さ、それでだ、新子先生」
高橋が、最後に、と新子に渡したのは、
「何すか? これ」
「所謂、御守だな。だが気休めなどではないぞ。何代か前の霊力のあった宮司が描き上げた、本当に効果のある護符が入っている」
必ず役に立つから、首から下げておきなさい。と言われ新子は素直に従った。
「ありがとうございます」
「うん。我々にできるのはここまでだ。うまくゆくことを祈っている」
高橋はそう言って四人を送り出した。
鳥居まで御手洗が送ってくれる。
くぐった鳥居を振り返った厳が思案顔で見上げているのに気付いた御手洗。
「どうしました?」
「この神社の瓶森って名前……もしかして首守りが訛ったのですか?」
「おや、よく気付きましたね。そう伝わっています。これで二人目だ」
「なにがですか?」
「"瓶森"の由来に気付いたのが、ですよ」
「二人目って、一人目は?」
新子に問われ、ニコリとして御手洗は岩渕を指す。
「岩渕先生ですよ。先生は古文の先生だからまあ気付けてもおかしくはないが、田村くんはまだ高校生なのにたいしたものです」
御手洗は褒めるが、新子が茶化すように、
「二人とも本の虫ですからね」
そう笑うと、
「まあ、本好きを笑うのですか? 田村君、これは私達に対する宣戦布告よ! 断固戦いましょう!」
岩渕は憤慨し、
「シンコ先生はもっと本を読んだ方がいいですよ」
厳もやり返す。
「ありゃ、二人が組むとこええなぁ」
新子が咲に肩を竦めてみせるが、もちろん咲は新子に同調することなく、
「私も……本を読むようにします」
「西村! そっちに行くな! おかしくなるぞ!」
その新子の言い草に、岩渕が、
「おかしくなるってどういうことですか!」
またもや噛み付くのを、ハハハと御手洗が笑う。
「どんな危険が皆さんを待ち構えているのか想像も付きませんが、この調子なら大丈夫そうですね。ご武運を祈ります」
「ありがとうございます。お世話になりました」
厳達はここで御手洗と別れ、首塚へと向かった。
「見送ってまいりました」
戻った御手洗が高橋に報告する。
「ご苦労。どうした?」
なにか言いたげな御手洗に高橋が気付き尋ねると、
「……高橋様、よろしかったのですか?」
「何が?」
「あれをお渡ししなくて」
「あれ?」
「ヒヒイロカネの……」
「ああ、あれは今は必要ない」
そのことか、と高橋は小さく笑う。
「そうなのですか?」
「だってそうだろう? あれには中身がないのだから」
「そうですが……でしたらあれはどういった場合に必要とされて保管されているのでしょう?」
「わからんが、あるいは……いや、あの青年が戻ってきたときにわかるだろうな」
「なぜですか?」
「そんな気がするだけだ」
高橋の応えは曖昧なものだったが、
「そうですね。そんな気がしますね」
実は御手洗もそう感じていたのでこの話は終わりになり、
「うまく行くことを祈ろう。尤もあの少年ならうまくやってくれそうな気がするな」
「そうですね。そんな気がしますね」
御手洗が全く同じ返事をしたので二人は音もなく笑うのだった。




