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「どこへ連れて行くつもり? ああ、なるほど」
車椅子を建物の陰から出しさえすれば、誰かの目に留まるかもしれない。
そうなれば気を失っている生徒を病院でなく格技場裏へ運ぼうとしているのを訝しまれるだろう。
それを誤魔化すのはおそらく無理で、そうなれば警備に続きまた殺さねばならない。
一人ならよいが、二人以上いると厄介で、それも身体能力の高い運動部の生徒だとかなら、逃げられ騒がれてしまう。
瞬時にそこまで考えを巡らせた山里は、
「行かせないわよ」
車椅子のタイヤを狙って大きめの霊力弾を放つ。
式神は再びタイヤから離れて避けたが、山里の狙いは式神ではなく、
バフッ
霊力弾が弾けた勢いで車椅子が横倒しになり、咲は投げ出された。
「これでその子を運べなくなったでしょ? できることはなくなったのだから、尻尾を巻いて主のもとにお帰り。さもないと……」
山里の周りで膨大な霊力がいくつもの玉状に集中し、発光を始めた。
白狼は身構える。
「逃げないの? おバカさん。 だったら、消えなさい」
霊力弾が式神へとまっすぐ飛ぶ。
横に飛び避けた式神を霊力弾が追尾する。
建物の壁を蹴って方向を変える式神。
追尾する霊力弾のいくつかは壁に当たって弾けた。
残りは式神を追う。
着地した白狼が消えた。
その消えた地点に着弾した霊力弾は地面を抉る。
「! 地走?! 生意気ね!」
タイヤに同化したように地面に同化した式神は地表を滑るように山里へと突進する。
霊力弾を生成する間のない山里は、屈んで地面に当てた掌から直接霊力を放出。
その波を避けるように式神はぐるりと山里を回り込んで咲の方へと進んだ。
「また?!」
アナタの体じゃその子を運べないのになぜ? と振り返る山里の目に入ったのは、
「!」
いつの間に来ていた厳と花だった。
「よくやったね」
地表から出た式神の頭を撫でる花。
「アナタは、転入生の神前さん……。 式神使いを送り込んできたってわけね」
ゆっくりと立ち上がる山里は、片腕で咲の上半身を起こす厳に目を移し、瞠目した。
「それに田村くんだったわよね? あなたの霊気……普通じゃないわね。蜂騒ぎのときに気付けなかったなんて迂闊だったわ」
「あの人……保健室の……」
転入してきたばかりの花は山里をよく知らないが、理科室で厳が倒れたあの一件で顔はあわせていた。
厳の咲を抱える腕から低い唸りがしたかと思うと咲が目を覚ます。
「んん……」
ゆっくりと目を開けた咲の意識はまだハッキリとしていないのか、
「……厳 く ん?」
自分を抱える厳をぼーっと見上げる。
「咲さん、大丈夫? 起きられる?」
そう厳に訊かれ自分の状況をやっと理解した咲は、ハッとなって目を見開いたが、
「!」
体は思うように動かないらしく起き上がれない。
そんな様子に、
「あなた……何をしたの? なぜその子を目覚めさせられるの?」
驚く山里。
山里だけではない。
花も驚いている。
厳に中途半端に施されていた霊力隠蔽の術を叔母に解いてもらったのは聞いていた。
だが、霊気で活を入れるなどという芸当ができるとは思わなかった。
その厳は山里には応えず、
「霊気が見えるんですね? 山里先生、貴方は何者なのですか?」
問返された山里は、驚きから立ち直り、
「私の質問は無視? まあ、いいわ。時間がないの。終わってからゆっくり話しましょう」
予備動作もなく霊気弾を厳の顔面目掛け放ったが、
ブンッ!
厳は木刀の一振りでそれを消した。
「応えろ」
厳の声が低くなった。
花も、抱えられている咲も分かる。
厳は静かに激怒していた。
咲には見える。
厳が山里に突きつける木刀のうねるような霊気が。
どうやら山里にもそれは見えているようで、
「……アナタを甘く見ていたようね。わかったわ。教えてあげる」
山里は観念したらしく、厳達に背を向け話し始めた。
「片付きましたね」
首塚警護に当たっていた警官、それも選ばれた腕利きは、抵抗すら許されず沈黙させられた。
三人が地の大穴を挟んでこんな話をしている。
「あんなところに監視カメラがあるぜ」
「わかっていますよ。……気付いていなかったのですか?」
「俺はお前のように何でも見えるわけじゃねえ。気付いてたんならなんで放っておくんだよ?」
「カメラで見たところでどうにもできないでしょ?」
「まあな。今頃慌ててこっちに向かっても間に合わねえし……」
「間に合ったとしても返り討ちですよ」
「その方がこんなのと違って少しは楽しめるか?」
と、地面の遺体を足で転がす。
「やめろ。この人らは職務に殉じたのだ。冒涜するな。弱いのは彼らの罪じゃない。」
たしなめられ素直に、
「たしかにな。悪かった、成仏しな」
遺体を足蹴にした男は屈んでお座なりに合掌してみせる。
「それに陰陽課を舐めちゃいけない。何しろ人じゃない者もいるんだからな」
「そうかい? 俺としちゃやりあってみてえところだけどな」
「そんなことを言うもんじゃないわ。無駄な戦闘は避けるよう言われているでしょう?」
ここで地面の大穴から、
「終わった」
女が一人出てきた。
「では埋めて退散しましょう」
見えない力によって穴は埋められ、そして四人は、消えた。