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「田崎が……死にました」


ここは光の家族会本部の一室。


光の家族会。


公安も目をつけている新興宗教団体だ。


上座には教祖、加平明文(かひらあきふみ)


小柄な初老男の顔は、不健康に(たる)んでいる。


その前に(かしこ)まる信徒が田崎の死を報告した。


「なんだと? 何があった?」


「勤務し始めたばかりの高校で……自決したそうです」


警察に囲まれ手首を切った田崎の最期を聞かされた加平は、


「……そういうことか……」


背もたれにドカリと体を預け、


「実はな、田崎にも使命を与えたのだ」


瞑目し、


犬共(・・)に妨害され、生贄でなく、自らの血を撒いたのか……。 田崎はよくやった。一足先に"光の世界"に入れただろう」


平伏していた信徒たちが、


「「「 おお〜っ 」」」


"光の世界"に反応し小さくどよめいた。


その反応にニマッとした加平が、


「最後の五つ目が揃ったのだ。そろそろ皆に明かしてもよいな……」


目を開け、


「これはな、"光の世界"をこの地上に引き寄せる第一歩。埋めた五つの呪符とそこで流した血はな、将門の怨霊を開放するためのものだったのだ」


突然の教祖の話しに信徒たちは当惑する。


信徒の中から選ばれた者が"使命"を与えられ、渡された"呪符"を埋めたこと、その場所に"生贄"を捧げたことは先日知らされた。


その場所、時間は、選ばれた実行者だけが直前に教えられた。


この計画が明かされたとき、選ばれなかった者は悔やしがり、選ばれた者は内心どのような功徳に預かれるか期待に胸を膨らました。


だが、誰も最終目的を聞かされていなかったこの"儀式"は、加平の口ぶりからすると"完成"したようだった。


しかし、"光の世界"と将門の怨霊に何の関係があるのだろう?


そんな信徒の顔に笑いながら、


「要はな、"光の世界"を移すにはこの世界は汚れ過ぎでいる。そうだろ?」


同意し頷く信徒達。


「だからな、先ずこの地を浄化せねばならぬ」


加平は立ち上がり、芝居がかった調子でこう続けた。


「そのための将門復活なのだ。強大な将門の怨念でこの世の不浄を一掃する。()()をぶつけ相殺(そうさい)するのだ!」


そういうことでしたか! と信徒達がどよめいた。


「ともかくここまで計画は進んだ。ご苦労だったな」


加平が実行者を労った。


頭を下げた信者に、更に言葉をかける。


「お前らの働きは必ず報われるぞ。この度、使命を果たした者はもちろん、選ばれなかった者も、だ。皆の日頃の支えがあってこそうまくいったのだ。これから来る"光の世界"に皆で残るのだ」


「「「あ、ありがとうございます!」」」


感極まる信者達。


中には泣き出すものもいた。


その中で一人、静かに頭を下げ続ける男がいる。


磯旗光雄。


陰陽課職員で潜入調査の任務に当たっている。


今回のことは加平が実行犯にだけ指示を出したので、犯行を防ぐことはできなかった。


が、首塚の封印解除のことは逆に美幸たちから知らされていたので驚きはない。


驚きはなかったが事前に調べを付けられず、多くの犠牲者を出してしまったことは痛恨事だった。


苦々しい思いで光雄がちらりと加平の顔を伺うと、


「ふむ、だが……」


顎に手を当て何か考えている。


再び椅子に腰を下ろした加平の次の言葉を待って、信徒達が静まった。


「外の様子はどうなのだ? 特にいつもと変わらぬのか?」


そう問われ、変わりはなかったと口々に応え、念の為に数名が外に出て確認するがやはりいつもと変わるところはない。


「五つ揃ったというのに何もおきぬのは解せぬな……」


誰に言うでもなく加平がそうつぶやく。


ややあって、


「蒔田」


光雄のここでの偽名が呼ばれた。


「は」


短く返事をする光雄に、


「これからあのお方(・・・・)のもとへゆく。ついてこい」


「は」


加平が供を命じる。


信徒たちは羨望の眼差しを光雄に向けるのだった。





「田崎って教師が、あそこ(・・・)で自殺したってよ」


伸治がそう言いながら入ってきた。


「え!」


驚く花とは対象的に、


「そう」


とだけ応える美幸。


「なんだよ、驚かないんだな」


「問題ないから」


一人で陰陽課戻った花は、(いつき)達と高校で何をしてきたかを報告した。


「厳君の考えでね、呪符の埋められていた所の砂利と土を少しどけてから、ビニルシートを敷いて、その上にまた土と砂利を被せておいたんだ」


先程美幸に話したことを伸治にも聞かせた。


「なある……、あそこで血を撒いても地面には吸われないってか」


だから美幸が落ち着いていたのかと伸治も合点がいった。


「そういうことよ。厳君のお手柄ね。彼を引き入れて正解だったわ」


満足気な美幸は、


「失敗に気付いたら調べに来るだろうから学校と首塚には監視カメラを設置してもらっているところ」


次の手を打っていた。


「いつまでも後手後手に回ってられないものね」


と美幸は内線を取る。


いらぬパニックを起こしたくないので、田崎の自殺は内密に処理するよう追加の指示を出すのだった。




光雄は今、加平を後部座席に乗せた車の助手席に座っていた。


運転手とは話したこともなく、名前すら知らない。


そういえば彼の声を聞いたことがない。


彼は、加平から何か言われても頷いて応えるだけなのだ。


もしかしたら声が出ないのかも知れない。


そんな事をぼーっと思いながら、光雄は後に流れてゆく車外の景色を眺めていた。


潜入捜査には光雄から志願した。


数ヶ月前、光雄は結婚を目前にしていた恋人を亡くした。


その辛さを紛らわすためにこの特命を受けたのだった。


公安が信者として把握できていなかった田崎の高校教師就任の情報は光雄がもたらした物だった。


その情報が結果的に首塚封印解除を防いだのだから、今回の一番の手柄は光雄なのかも知れない。


だが光雄にとってそのようなことはどうでもよかった。


常に緊張を強いられる潜入調査の中にあっても、死別の辛さからは逃れられずにいる。


だが淡々と任務を熟すしかない。


血の五芒星が発動していない事を教団は知った。


どう対処するのかを調べ報告せねばならない。


情報は光雄から陰陽課へだけでなく、陰陽課から光雄へももたらされる。


美幸達によって首塚の呪物が取り除かれたとの報せも受けている。


それはまだ教団の知るところではない。


これもいつ気付くか、その後どう動くか、に気を配る必要がある。


嗅ぎ回れば怪しまれるので自然と情報が入るようにしなくてはいけない。


その点、光雄は成功していると言えるだろう。


こうして加平の供をする立場にあるのだから。


車が止まった。


光雄があの方(・・・)に会うのは、これで二度目だった。

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